禍罪の犬
「シューーーーッ!!」
星樹殿の扉を破り現れた化け物は俺たちに向かって声にならない風切り声を上げて向かってきた。
「ファイヤーショット!」
先に動いたのはアイリスだ。聖錬銃から放たられる火の魔法が化け物を襲う。その弾速は速く化け物は避ける事すら出来ずに直撃するのだった。
「ヤッター!」
「っ!? 結界!!」
爆炎と煙に包まれた化け物を見て倒したと浮かれるアイリス。その横で違和感を感じた俺は直ぐに障壁を展開して皆を包み込んだ。
その判断は正しかった。化け物は爆煙の中から無傷の状態で現れて再び襲って来た。
しかし、俺が張った障壁によって防がれる。もし張っていなかったと思うとゾッする程に最悪の結果を招いたかもしれない。
「シューーーッ!」
「嘘っ!? 直撃したのにっ!?」
「魔力耐性持ちの可能性が高いな。鑑定!!」
鑑定魔法を使い俺たちは各自で化け物の正体を調べた。
名称:禍罪の犬
危険度:未定
説明:穢れ神の眷族。厄災を振り撒くモノ。
能力:神気攻撃以外無効化
………神気?
聖属性かと思ったが説明を見ると違うらしい。神気とは神の系統の持つ魔力を指し示すと書かれていた。
そして、その魔力を使った攻撃でないとダメージを与えられないらしい。
「お兄ちゃん!魔法銃が全然効いてないよ!!」
「まるで透明の壁が有るみたいです!!」
その証拠にモカやミズキの攻撃を受けても化け物はやはりダメージを負っているふしがなかった。
「神気!? それなら私の攻撃は効くかも!!」
鑑定結果を見たエロースが前に立つと化け物に向かって手を翳し、自身の魔法を発動させた。
彼女の周囲に白く輝く槍が何本も現れて矛先が化け物に狙いを付ける。
「ホーリーランス!!」
「!?」
エロースの白い槍たちがミサイルの様に化け物へと飛んで行った。
化け物は白い槍を見るとさきほどまでの余裕とはうって変わり逃げ出した。
しかし、逃げる化け物より槍の方が速かった。
あっという間に化け物へと追い付き串刺しにする。それで機動力が落ちた所を残りの槍も刺さると化け物の身体は霧散した。
そして、"ゴトッ!"と音を立てて頭の獣骨だけが残ったのだが、それも形を保っていたのも一瞬の事で灰となり崩れ去ってしまった。
「やっぱり効くと思ったのよ!私は天使だし!!」
「エロースの魔力は神気なのか?」
「天使だからそうだと思ったのよ。というか、ユーリ君なら確実じゃないかな? 半神な訳だし」
「俺は試して無いから分からないけど神の系統といえばそうだな」
神の系統というか、神様の一柱の成りかけみたいな感じかな?
でも、エロースがそうなら俺もそうなのかもしれないな。
詳しくは専門家さんに聞いてみるとしよう。恐らく夜にでも会いに来てくれる気がする。
「エロース先生、凄い!私たちが倒せないのを倒しちゃった!!」
「あっ……」
倒した達成感からかテンションの上がったモカが凄く良い笑顔でエロースに抱き着いた。
「かわゆっ!!」
ドサッ。ドクドク……。
うん。分かってた。
血溜まりを生み出す幸せそうなエロースを見てそう思うのだった。
「一体何の騒ぎですじゃ!? なっ!?」
戦闘音を聞きつけたのだろう。慌ててやって来たカウレスたちがエロースを見て驚いている。
「酷い!急いで止血せねば!! 一体何が起こったというのです!?」
言えない。美少女に抱き着かれて鼻血を吹いたなんて。
「突然星樹殿から化け物が現れて交戦したのです。その後色々あったのです」
「……なるほど。破壊された地面といい、破壊された扉といい激戦だったのでしょう。その結果名誉の負傷をされたと」
マリーが事実を言わずにフォローするとカウレスは勝手に勘違いをしていた。本当は不名誉な負傷だが、ここはそういう事にしておこう。
俺はエロースを治療しようとした医師と代わり治療しながらことの経緯をカウレスたちに聞いた。
「ーーという訳だ。それであの化け物は一体なんなんだ?」
「分かりかねますじゃ」
「分からない?」
「ここは神聖な場所で我々は今回入るのが初めてになりますのじゃ。フィロ様なら何かご存知かもしれませんが……」
「つまりフィロが帰って来るまで待つ必要が有る訳だな」
カウレスたちより先に来ると思ったがフィロは未だに来てはいない。それだけに上層部との交渉は長引いているのかもしれない。
「とりあえず、重篤患者を1箇所に集めて寝かせてくれ。話は俺たちが付けるよ」
今更患者を再度移動させるのは時間がかかるし、場所もないそうなので大変だろう。
「また、あの化け物が現れないとも限らない。一応皆は注意しててくれ。ヤバそうなら俺たちが引きつけるからその間に逃げてくれ」
「分かりましたのじゃ」
化け物は倒したばかりで大丈夫だと思うが一応注意しておいた。これなら多少の心構えは出来るだろう。
それから俺たちは患者の治療を試みる。
「話に聞いてたけどエリクサーは本当にダメみたいね」
「ああ、治ったと思っても元に戻るな」
患者にエリクサーを飲ませた瞬間は蔓の紋様も消えて呼吸も安定するのだが、数分も経たない内に紋様は発現し各種症状も元に戻った。
「血液を調べても普通の血液と変わらないのよね……」
患者から採取した血液を試験キットに垂らして見るが変化は見られなかった。更に血液自体を鑑定すると正常で純粋な血液だと判明する始末だった。
「……ねぇ、さっきの化け物が関与してたりしないかな?」
色々試すも結果が出ないので感染手段などの原因を調べる事に切り替えた時、フッとあの化け物が頭に浮かんだ。
「神気?」
「うん。それによる回復魔法はどうだろう?」
今まではポーションによる治療ばかりで直接的な魔法治療は行っていなかった。
「エロースは聖属性の浄化魔法や回復魔法が使えるって言って無かったか?」
「私? 使えるよ」
「ちょっとどっちも試してみてくれないか?」
回復魔法なら肉体ダメージで、浄化魔法なら魂レベルの精神汚染。つまりは呪いの治療が行える。
俺は浄化魔法を習得していないのでエロースに願いする事にした。
「回復魔法は……効かないみたいね。浄化魔法は……イケるかも!」
エロースが浄化魔法を続けた結果患者の容態は完治した。
エリクサーの様に時間が経過しても再発する兆しは見えないので成功と言えるだろう。
「浄化魔法ですか? 我々にも使える者は居ますが効果は出ませんでしたが……」
「なら、神気による浄化魔法で無いとダメなのかもしれませんね」
浄化魔法自体はカウレスたちも試していた様だ。違いが有るとすればやはり神気が関係している事くらいだ。
「それなら天使の皆を集めれば全員を救えるかも!」
「転移門が有るから移動は直ぐに行えるな。交渉はルイさんにお願いしよう」
『おぉーーっ!』
治療の兆しが見えた事で皆は歓喜に湧いた。
しかし、それを打ち破る知らせが届くのだった。
「たっ、大変です!フィロ様がっ!!」
星樹殿に数人が駆け込んできたと思ったらその後ろには担架に乗せられたフィロの姿があった。その身体には紅い蔓紋様が発現していたのだった。




