裏口入社
学校に復帰してから数日経った頃、昼休みが終わり教室へ帰って来たボクの元に何故か母親がやって来た。
「ライムちゃん」
「母さん!? どうしてここに!?」
「今日の放課後先生たちと大事な話をするから残っていて頂戴ね」
「えっ? え〜っと、はい。分かりました」
「それじゃあ放課後迎えに来るわね」
ボクは母さんが去った後、急いでシズさんの所へと戻った。何故なら母さんとシズさんが鉢合わせしてしまうと副業で家庭教師をしていたのがバレるからだ。
「シズさん!学校に母さんが………なっ!?」
ボクが駆け込んだ用務員室では、ちょうどシズさんが最後のテーブルをアイテムボックスに収納している所だった。
「おっ、ライムじゃん。午後の授業は良いのか?」
時計を見ると既に午後の授業が始まっていた。
でも、今はそれよりも大事な事がある。
「シズさん! 用務員を止めるの!?」
「ああ、だから片付けているよ」
「まさか!? 母さんが他の先生に家庭教師の話をしたから!?」
「いや、それは違う。元々……」
「ボクが何とかする! シズさんが辞めなくて良いように! 母さんにお願いして家庭教師になったのは用務員になる前と言わせるから!!」
「えっ? ちょっ、待って! ライム!!」
ボクはシズさんの制止も聞かずに用務員室を飛び出した。
「母さんが居るとすれば……」
来賓室もしくは会議室だろう。教師たちと話し合いを行うと言っていたから。
ボクはまず来賓室を訪れた。しかし、そこに母親の姿は無かった。
そして、次に向かった会議室。そこから母親の声が聞こえてきたのだ。
「母さん!!」
会議室に入ると母親と副校長を筆頭とした先生たちの姿があった。その中には担任の先生も混じっていた。
「あら、ライムちゃん。今は授業中じゃないの?」
「今はそれよりも母さんに大事な話が有るの!だから、授業も抜けて来た!お願い!ボクの話を聞いて!!」
「なら、ちょうど良いわ。先生たちとの話合いを早めましょう。それが終わったらどんな話でも聞いてあげるわ」
「……本当に?」
「ええ、例えばシズ先生の話だとしてもね」
「っ!?」
「まさかのママも騙されたわ。シズさんがまさか……用務員さんだなんてね。書類は偽装で五重詠唱師なのは幻でも見せられたのかしら? まぁ、少し考えれば分かることよね? だってそんな人は伝記だけの存在ですもの」
「かっ、母さん!それは違うよ。シズさんはーー」
「あっ。でも、感謝はしてるのよ? 貴方を短期間で二重にしてくれたのは事実ですもの」
「だっ、だったら!」
「でも、それはそれでこれはこれ。ただ今から行う先生たちとの話次第ではシズさんのクビを回避出来るかもよ」
「………」
ママの提案は針に糸を通す様な僅かな可能性だった。
でも、可能性が有るなら提案を受けるべきだと思った。笑っているシズさんを思い出し、ボクは覚悟を決めた。
「………分かったよ。今からやろう」
「ライムちゃんが良い子で良かったわ」
そして、ボクは先生たちとの話し合いに参加する事になった。
副校長がニコニコしながら話し始めた。ボクを舐め回す様に見る先生たちの視線に吐き気がしてきた。
「ライムさんの成績ならそちらのリストにある場所なら何処でも紹介可能です」
「まぁ、凄い!こんな場所にまで!!」
渡されたリストには国営の機関が色々と記されていた。どれも一筋縄で就職出来ない場所だった。
「ただし、紹介するにあたっては教師たちの推薦が必要です。最低でもこの場にいる人数分は必要でしょう。私共としましては直ぐにでもあげたい所ですが、ライムさんの事を担任ではないので成績くらいでしか判断出来かねます」
確かにこの場にいる先生の中では担任としか絡みは無かった。
「なので、以前話した通りライムさんと一晩語り明かしたいと考えています」
「ええ、聞いています。母としてはこの子に推薦を頂けるのなら内密に致します」
「一体何の話を……?」
まるで母さんの口振りはボクを先生に売るような感じだった。
「交渉は成立ですね。お母様は翌日お迎えに来て下さい。ライムさんの為の馬車はこちらで用意しておきましょう」
「ええ、お願いします。後、ライムちゃんはその日お休みさせて貰いますわね。それではライムちゃん。先生の言う事を聞いて良い子にするのよ」
母さんが笑顔で部屋を出て行くと先生が部屋の鍵を掛けた。
そして、ボクに近付いてきた先生がニヤニヤしながら肩を叩いた。
「ライム。母親に売られたな。可愛がってやるよ」
「立派に奉仕出来たら推薦をやろう」
「くうぅ〜っ、この時を楽しみにしてたぜ!」
先生たちはボクを逃さない様に四方から近付いてきている。完全に囲まれるのは時間の問題だろう。
ボクは一か八か先生たちの間にある僅かな隙間を狙って駆け出した。
「逃がすか!」
「ウォーターボール!サンダースパーク!」
「うわっ!?」
「っつ!?」
シズさんとの練習の成果がここで出た。詠唱破棄で同時に発動させた魔法が掴もうとしてきた先生たちを押し退け、ボクは入口へと辿り着いた。
「鍵をっ……開かない!?」
扉の錠は外したが"ガチャガチャ"と鳴るだけで開かない。まるで外側からつっかえ棒でもされたかの様だ。
「鍵を掛けると同時に結界を張って認識阻害をかけたから逃げるのも助けを呼ぶのも無理だよ」
「えっ?……きゃっ!?」
「チッ!優しくしてやろうと思ったのに噛み付きやがって滅茶苦茶にしてやる!」
ボクは雷魔法で攻撃した先生から首元を掴まれて投げ飛ばされて机にぶつかった。置かれていた飲み物が溢れて頭にかかった。
「っ!?……ああっ!?」
身体の痛みと濡れた服で気持ち悪い。しかも立ち上がりたいが恐怖で足が震えて力が入らない。
もうボクには何も出来ないのか? その思いがボクの中を埋め尽くす。
せっかくシズさんに色々教わったのにこの人数だと役に立たなそうだ。
「シズさん……」
初めてはシズさんみたいな人が良かったな……。
「呼んだか?」
「えっ?」
『なっ!?』
ボクの横で紅いコートが舞った。着ている人の横顔は見間違うことない。シズさんだった。
「シズさん。どうやってここに? ここは結界に囲まれている筈じゃ」
「魔法ごと斬った。ほれ。というか、ボロボロだな。助けに来るのが遅くなってすまん」
シズさんが示した方を見ると部屋の壁が切り刻まれて大穴が開けられていた。
「ライム。さっさと終わらせるからちょっと待ってな」
「おい!ただの用務員がこの人数を相手にする気か!!」
「舐めるな!」
ボクから離れたシズさんの元に先生たちが殺到する。とても危機的状況だ。
しかし、シズさんは散歩にいく感覚なのか欠伸をしながら手を振った。それと同士に無詠唱で現れる六つの魔法。
『えっ?』
「相手が悪かったな。俺は六重詠唱師だ!」
『があぁ!?』
閃光と爆音が部屋を埋め尽くした。それが収まった後にはボロボロの部屋と倒れ付した先生たちの姿があった。
「ライム。人が集まってくる。コレを羽織ってろ」
シズさんが着ていたコートを脱いで頭から被せてくれた。
「ユーリ。こっちの根回しは終わったよ。レギアスさん、今から来るって」
「さすがは、アイリス。グッジョブ」
「えっ? 貴方は確か?」
いきなり外から部屋に入ってくる人がいた。その人は路地裏で見た青髪のお姉さんだった。
「アイリス。ついでに頼まれてくれねぇ? この子をリリィと一緒に治療して着替えさせてくれ」
「了解。それじゃあ、ライムちゃん。一緒に行こうか?」
「えっ? えっ?」
ボクは混乱している中、アイリスと呼ばれるお姉さんに連れられて部屋を後にした。




