家庭教師シズ
母親に見つかってからというものボクは自室に拘束された。
食事は常にこの部屋でのみ。扉の前には監視が置かれてトイレなどで離れる際は常に同行してきた。
部屋を訪れるのは母親と各種先生たち。嫌でなかった勉強も苦行に感じる息苦しさだった。
1週間経った頃、急に母親から客間へと呼び出された。
ボクは呼ばれた瞬間凄く嫌な気分になった。それというのもボクに食事を運ぶメイドの話で新しい家庭教師が来る事を知っていたからだ。
「失礼します、母さん」
執事の開ける扉を潜り客間に入ると母親が一人だけ座っていた。
「来たのならこっちに座りなさい。今から新しい先生がお見えするからね」
「何の先生?」
「魔法の先生よ。他の先生たちから知識は申し分無いと聞いたから魔法に重きを置くことにしたの。今度の先生は今までと一味違うから他の先生には違う所を推薦して辞めて貰ったわ」
先生が減るのは素直に嬉しい。
でも、母親がここまでする相手とはどんな人なのだろうか?
「どんな人なんですか?」
「レギアス様が紹介してくれた人なの。卒業はアルスマグナ魔法学校で卒業証書も見せて貰ったわ」
アルスマグナ魔法学校といえばこの大陸一と呼ばれる魔法学校だ。
入試は当然だが大変難しい。その上落第する事も良く有ると聞く。
しかし、その一方で無事に卒業すれば魔導師としての未来は約束されたものになると聞いたことがある。
「後ね。事前に審査として魔法を見せて貰ったけど五重は確定よ。しかもまだ上かも……?」
「フィフス!?」
母親が興奮して話すのも無理はない。この国でも五重で魔法を使える者はそうそういないのだ。
「さすがはレギアス様の紹介よね。凄い人だわ。早く会いたいわよね?」
「………そうですね」
確かにそんな凄い人なら会ってみたい気持ちは有るが、ボクはクラスの友達に一番会いたい。
でも、それを言ってしまうと拘束が長くなりそうだから話を合わせることにした。
「奥様。お客様が到着致しました」
「直ぐに通して頂戴」
そして、やって来た人を見て。
「家庭教師のシズです!よろしくね!」
「ぶはっ!?」
「らっ、ライムちゃん!?」
ボクは飲みかけの紅茶を吹くという初めての経験をした。
それもそのはず、やって来たのは用務員のシズさんだったからだ。
「ちょっとライムちゃん!先生に失礼でしょう!?」
「ごっ、ごめんなさい」
「全く貴方という子はーー」
「マダム」
怒る母親との間にシズさんが割って入る。
その時見た顔はボクの知る用務員さんの顔でなく、作り笑顔を浮かべる詐欺師の様だった。
「貴方からの依頼は1週間ライム様に魔法の教育をする事で間違い有りませんか?」
「えっ? ええっ、そうです」
「私にはその1週間でライム様を二重詠唱師にするプランがございます」
「「ダブル!?」」
「ですので、早急に授業を執り行いたくございます。付きましては、ライム様と2人っきりになりたいのですが宜しいでしょうか?
まずは、2日程で成果をお見せしましょう」
「まぁ、分かりました。では、直ぐにライムちゃんの部屋に案内させますわ」
そして、ボクは部屋へと戻された。
「内容は秘匿の為、部屋には誰も近付かせないで下さい。また、念の為に部屋に結界を張るのでご了承下さい」
「分かりました」
母親や従者たちが去って行き、シズさんが結界を張った。
「これで自由に喋っても問題ないな。よう、元気してたか?」
振り返ったシズさんはボクの知る優しい用務員さんの顔に戻っていた。
「シズ! 何で? どうして? 仕事は良いんですか!?」
「仕事は一通り終わらせたのさ。後は現場を押さえるだけってね」
「現場?」
「悪い。こっちの話だ。それよりクラスの友達たちが心配してたぞ」
「本当!?」
「ああ、本当だ。ここに行くと伝えたら「帰ってごめん」って謝っといてと頼まれたぞ」
「みんな……」
胸の奥がぽかぽかして荒んでいた気持ちが晴れていく気がした。
「それじゃあ、魔法の練習を始めるか」
「そうだった。1週間でタブルって!? シズさんはそんな事が出来るの?」
「うん? 1週間じゃないぞ」
「だよね」
本当に1週間でダブルに成れるのなら誰も苦労はしない筈だ。
おそらくシズさんがボクを自由にさせる為の口実だろう。
「2日で習得させる」
「………」
おかしい。今凄く変な言葉を聞いた気がする。
習得が難しい多詠唱を2日で習得させると聞こえた気がした。
「とりあえず、1日目は同時発動に重きを置いて、2日目は安定させる形でいくぞ」
「いや、おかしいでしょ!? ダブルだよ!? ダブル!?」
「何がおかしいんだ?」
「だって、多重詠唱者は大人でも少ないのだよ!だから、習得するのは難しいと言われるのに」
「実はシングルからタブルってのは意外と簡単になれるもんなんだよ。いい機会だから分かりやすく説明してあげる。ついでに出来る証明にもなるし」
「えっ? 証明出来るの?」
「ああ、出来るぞ。ライムは今から俺の言うことをやってくれ。まずは、右手を上げて」
「うっ、うん」
よく分からないがボクは言われるままに手を上げた。
「右手を上げたまま左手を上げる」
「左手……」
ボクをバンザイした格好になった。
「一度下ろしてから両手を上げる。出来るよな?」
「はい? 当然出来たけど?」
ボクはシズさんの真意が分からずにいた。
「右手と左手。両手を上げる行為は、本来は別々に動かす動作を同時にするにする事だ。それを魔法に置き換えると……?」
「ダブルっ!?」
「正解」
シズはそう言うと右手に炎を出して見せてきた。
「これが右手を上げた様なもの。そして、これが左手を上げた様なもの」
今度は左手を出すとそこには小さな水の竜巻が巻き起こった。当然右手の炎はそのままだった。
「これが下ろす。そして、これが再び上げた状態」
シズさんが手を握ると魔法は消えた。そして、再び手を開いて少しすると炎と水が元の様に左右で立ち昇っていた。
「分かった?」
「なっ、なんとなく」
シズさんが言いたい事は分かった。
でも、ボクにそれが出来るだろうか?
「そんなに気負うなって。要は難しく考えるなって事さ。シングルはいくつか出来るだろう?」
「うん。シズさんみたいに詠唱破棄じゃないけど」
「なら、大丈夫。詠唱して発動中に別の詠唱をしてもう一つ発動するだけだから」
「ボクに出来るかな?」
「出来る出来る。まずは、あまり意識しなくても安定して発動出来る魔法選びから始めようか」
こうしてボクの魔法講習は始まったのだ。




