人魚の歌
俺たちが逃げ帰った翌日。禁止区画イドラでの戦闘が始まった。
部隊は2組に分けられて二面作戦を行う。
一組は、森にてアイスドレオを討伐し封印する組。目的は敵の注意を惹き付ける為だ。
もう一組は、洞窟攻略組。奥にいるだろう元凶を倒すのが目的だ。当然俺たちはこちらに組み込まれた。
「さぁ、準備は良いか? 行くぞ!」
遠くから聞こえる戦闘音をBGMに俺たちは洞窟へと足を踏み入れた。
内部は全体的に結晶が露出しておりゴツゴツしているが、所々に生えた光苔が照明の役割を果たしてくれていた。
また、道中における魔物襲撃を警戒していたがそれも起きず順調な滑り出しとなった。
「…………………っ!………………っ!!」
「待って!」
「どうしたの? ユーリ」
「今声が……聞こえなかったか?」
俺は洞窟の奥から聞こえて来た声に歩みを止めた。それから皆にも声が聞こえるか確認する様に促した。
そして、見えない洞窟の奥を凝視して俺たちは耳を澄ましてした。
「タ………っ!……ケ……っ!………サ…っ!」
「ほら、やっぱり聞こえた!誰かが奥で囚われてる!」
言葉が完全に聞こえた訳ではないが、「助けて!」と言っている気がした。俺は同意を得ようと皆の方を振り返った。
「………聞こえた?」
「いえ、私には何も……」
「私も聞こえません……」
「俺もだ……」
「私も……」
「……えっ?」
俺は皆の反応を見て驚いた。何故ならこの場にはうちの子たちを含めて20人近くいる。だというのに誰一人と聞こえたと答える者がいなかったからだ。
「ユーリさんの気のせいでは?」
「そんな筈は……」
「……ス………っ!タ……………っ!…………ク……イっ!!」
「気のせいじゃない!また聞こえたよ!?」
俺がそう言うが皆は顔を見合わせ困惑した表情を浮かべていた。
「ユーリ。とりあえず、奥に行こう。私たちには聞こえないけど奥に行けば何か分かるかもしれない」
「………そうだな。進行を続けよう」
アイリスの言う通り俺は再び歩き出した。何故俺だけに聞こえているのか分からないが、きっと意味のある事だと信じて進む。
それから数十分後、開けた場所に出た。目の前には三つの道が存在している。
「一体どっちが正解何でしょう?」
「う〜ん、ダメ!やっぱり奥まで見通せないや」
「………」
「ユーリ?」
俺の足取りはフラフラと1つの道を選んだ。不審に思ったアイリスが俺の事を心配して近付いてきた。
「……こっちから歌が聞こえる」
「歌?」
優しく綺麗な声に耳を傾けながらアイリスに答えた。先程までは聞こえていた助けを求める声は何時しか俺を導く歌へと変わっていたのだ。
「メンバーを均等に分けましょう。順番に調べる時間は有りません。しかし、だからと言って放置する事もできません。元凶が逃げる可能性が有るからです」
出口が他にもあるのか分からないが、少なくともこの道が1本なのは確実だ。
「確かにそうですね。うちは俺が分けるので、他の冒険者はお願いします」
ここまで同行していた牡丹さんの意見に賛同してメンバーを分ける事にした。
「アイリスにマリー。さらにイナホちゃんまで……。ユーリ君、その奥に何かあるの?」
「多分ここが正解な気がするから」
とは言ったものの本当に自信がある訳ではない。だから、少数でかつ力の有るメンバーで構成した。他の子たちには別のグループの援護をお願いする形となる。
「それじゃあ、そっちはお願いします」
「行ってくるね〜」
「皆さんも気を付けて」
「また、会いましょう!」
俺たちはグループから離脱して通路を進む。このルートには光苔がなく暗闇が続いていた。光の魔法を照明に進んでいく。
本来なら火を焚きたい所だが洞窟でしようした場合、酸欠になることも有るので控える必要がある。
「ここから下に降って行くから足下に気を付けてね」
「あぁ、分かったよ。転ばない様に手を繋ごう」
先頭から順に俺、アイリス、イナホ、マリーと並び坂を降る。思いの外傾斜がキツくゆっくり降りないと転がり落ちそうだ。
「〜〜〜♪〜〜〜♪」
「歌が強くなってきたな」
「あっ、本当だ!私にも聞こえる様になった!」
「女性の声ですね!まるで、私たちを呼んでいるみたいです!」
「この声は……いえ、そんな筈は………」
どうやら近くなった事でアイリスたちにも聞こえる様になったみたいだ。
しかし、そんな中マリーだけは険しい表情をしていた。
「マリー、何か気になる事でもあった? 実は声の主が知り合いとか?」
「いえ、それはないです。ただ……この声が特徴的なので少し思う所があっただけです」
「特徴?」
聞こえてくる声は透き通る様な綺麗な声で聞いていて気分が良い。
「綺麗な声だよね」
「凄く癒やされます」
「それに心なしか力が湧いてくる気がするな」
「……彼らの声には"鼓舞"という効果が乗るそうですからね」
「「「彼ら?」」」
「私たちにも聞こえたという事はそう遠くない筈です。ユーリさんたちはその目で確かめては如何ですか? 見れば直ぐに分かりますよ?」
そう言って悪戯っぽく笑うマリーは、知っているけど教える気は無い様だ。
気になった俺たちは少し早足に奥へと進むのだった。
そのかいもあって数分後には開けた空間に出た。そこは大小様々な魔力結晶に埋め尽くされた場所だった。
「だから、奥に行くほど見えなかったんだね」
「これだけの魔力を一体何処から……?」
この場にある魔力結晶は、救助者たちから吸収した魔力にしては多過ぎる。もし彼らの魔力でこれを作るなら倍の人数でも足りないだろう。
「それは彼女から吸収したからだと思います。竜種に継ぐ高魔力保持者で海上の歌姫と呼ばれる存在……」
マリーが指差す先には、氷に閉じ込められた人魚族の少女の姿があった。声の主は彼女らしい。
どういう原理なのか分からないが、氷の中から歌声が聞こえきていた。
「人魚族。彼らの歌声は他者を活性化させます」
「なるほど。アイスドレオを維持する魔力は彼女から得ていたんだな。
そして、彼女の生命を維持する為に冒険者たちの魔力を使っていたと?」
「おそらくそうですね」
「何故そんな遠回りを? 一人の魔力で完結しないのですか?」
イナホの疑問も尤もだ。
「指示の問題だな。おそらく干渉して魔力をコントロールしてる奴は一方向にしか指示出来ないんだ。
もし、人魚の魔力に回復を指示してしまうとそこだけでに集中して、アイスドレオの方には一切回らないんだと思う」
だから、アイスドレオに他者を襲わせて、その魔力で彼女を維持していたのだろう。
「さて、お話はこれくらいだな。黒幕さんの登場だから」
ズルズルズルズルッ!
人魚の背後から結晶同士を擦り合わせた様な音が近付いてきた。
そして、顔を出したのは結晶で出来たかの様な大蛇の顔だった。




