母親を怒らせるのは止めましょう
今日までバルトと彩花絡みやります。明日から和国でのクエストモノを書きたいので。次は、マーメイドです。期待して下さい。
バルトと彩花が夫婦になって数日後、俺は嫁たちを連れて和国を訪れた。それというのも彩花の両親を説得する為だ。
我が子が可愛いのは当然だ。まして、それが娘なら尚更だろう。
ご両親は、彩花が修行の旅に出てからというもの常に心配していたそうだ。
なのに、そんな我が子がある日突然相談も無く結婚すれば反対もするってもんでしょ。そんな訳で目下争い中なのだ。
「娘はやらん!」
「絶対に俺の嫁にしてみせる!」
彩花の父親は予想通りというか当然の事だが、鬼人族特有の高身長と屈強な身体を持ち合わせていた。バルトがまるで子供の様に見える。
「怖気づかぬのか、小僧?」
「兄貴たちの異常さに比べたらただデカいだけだろうが!」
おいおい。俺たちが異常って酷くないか?
ちょっと上級魔法を連発出来たり、一瞬で家を作れたり、ダンジョンを踏破したくらいだろ?
「バルト〜っ、頑張って!」
「父に対する応援は無いのか、彩花!?」
「そりゃあ、娘の結婚を反対すれば嫌われるわな。ズズッ……というか、ここで争わないでくれる? ズズッ……蕎麦が落ち着いて食えないんだけど」
「すっ、すみません。兄貴!」
「そう言うが君は既に3枚目では無いかね?」
「それが何か?」
「いっ、いえ、なんでもない!」
軽く覇気を出しながら睨むと彩花の父親はバルトと共に外へと出ていった。それから金属音が聞こえる様になったから戦い始めたのだろう。
「確かに3枚だが……ズズッ。美味いんだから仕方ない。食べてる側から別腹も起動してるのが分かるよ」
「ユーリさんたらお蕎麦が好きなんですね」
「ああ、好きだ。しかも、今は懐かしさも感じる」
異世界に来て蕎麦の様なものは自分で作らない限り食うことは出来ないと思っていたが、和国には存在してたのだ。蕎麦自体は既存していたのであり得たが、今回まで見る事が無かったのだ。
前回知っていれば、絶対に行っていたと思う。
「彩音たちの場所選びは相変わらず最高だな。めっちゃ美味いし、感謝もしてる。ありがとう」
「……如月。話し合いの場をここにして正解でしたね」
「そうですね。ユーリさんが嬉しそうで良かったです」
「姉様方、無理を承知で予約したかいが有りましたね♪」
和国でバルトたちの為に話し合いの場を俺たちが設ける事にした。
しかし、日本に似ていると言っても和国の事は知らない。だから、彩音や如月、卯月に相談した。そしたら妊娠してるにも関わらず積極的に協力してくれたのだ。
そして、俺の要望も受け入れて店を探し出し、店側に頼み込んで予約を取ってくれたのだ。
これは、後日何かで埋め合わせさせて貰おう。
「後で、好きなものを考えておいてね。大抵のお願いなら聞いてあげれるから」
「だったら、訓練で汗だくになったシャツを下さい!」
「さっそく無茶振りがきたよ……。ミズキと相談して下さい。汗シミはなかなか落ちないからね」
「え〜っ……」
ミズキの名前が出た瞬間、非常に残念そうな顔をする彩音だった。
「だったら……ズズッ。彼に鬼人族の男性服でも着せれば? ズズッ……そしたらブカブカな筈だから彩音ちゃんも入れるわよ」
蕎麦を啜りながら、彩音や彩花よりも若くみえる鬼人族の女性が提案してきた。それを聞いた彩音は目から鱗といった様子で驚きの表情を浮かべていた。
「さすがはオバ様、天才です!それならユーリさんをずっと堪能していられます!」
いや、それは無理でしょ。だって、俺が抜け出したらただの大きな服になる訳だしな。それに数日離れたら匂いが消えるはずだ。
「今日の夜にも実践します」
「そう言って貰えると嬉しいわね」
そう言って微笑むこの女性は彩花の母親である牡丹さんだ。彩花同様綺麗な黒髪をした鬼人族なのだが、一児の母とは思えぬ程に若々しい姿をしている。
何故、俺の知り合いの母親は皆してこうも若々しいのだろうか?
だから、夫居ないと手を出すのかもしれないね!
「良くある話ですけど、母は鬼人族にしては魔力が多い方なので成長が遅いんです。そもそも鬼人族の女性は小柄な方が多いですからね。何度私の妹に見られたことか。
でも、怒ったら凄く怖いんですよ。なんせ、父を倒して旦那にする様な人ですからね」
「「「「はい?」」」」
彩音たちも初耳だったらしく凄く驚いている。当然皆の視線は牡丹さんに向けられた。
「そんなに見詰められると恥ずかしいわぁ〜。昔、ちょっとやんちゃしていただけなのよ」
彼女は、顔を赤らめて恥ずかしがる。その感じは、成人した女性とは見えないくらいに幼かった。
「ほっ、ほら、皆さん。締めの餡蜜が届きましたよ。ここのは絶品なんです。私も大好きで足しげく通うーー」
テーブルに美味しそうな餡蜜が並べられた。牡丹さんは、あまり突かれたくないのか。店員が持って来たデザートで誤魔化す事にしたらしい。皆も詮索する気はないのか餡蜜を受け取ろうとした。
しかし、その瞬間に何かが飛んできて"カン!"という甲高い音と共に皆の餡蜜が吹き飛ばされた。
『………』
皆の視線がテーブルに突き刺さったものに向けられる。それは、彩花の父親が持っていた武器だろう。バルトの物にしては大き過ぎる。
恐らく戦いの末にバルトが吹き飛ばしたと思われる。奴はそれだけの技量を身に付けているからだ。
「………皆さん、ちょっとお暇を頂きます。私、少し旦那と大事な話がありますので……その間に新しい餡蜜を頼んでいて下さい。あっ、代金は旦那が持ちますのでご遠慮なく」
笑顔の牡丹さんはそう言うとバルトたちが戦っているだろう場所へと向かっていった。
それから少しして外から男女の喧騒が聞こえてきた。
「私の餡蜜を返せぇええーーっ!」
「あっ、餡蜜!? いっ、一体……ぐはっ!?」
それを最後に外は静かになった。……だというのに牡丹さんは帰って来ない。彼女の餡蜜ももう届いているのたが。
俺たちはおかしいなと思っていると真っ青になったバルトが先に帰ってきた。
「何かあったのか?」
「兄貴。絶対に彩花を泣かせないと心に決めましたぜ。じゃないと俺が死ぬ……」
「えっ、うん。当然だな。頑張れ!……というか、何があった!? 何故、泣いてる!?」
「何も……何も有りませんでしたぜ!ただ、兄貴を見て安堵しただけです」
バルトが泣くほどとは一体何が向こうで行われたのだろうか?
そう思っていたら数分後に理解した。なんと牡丹さんの手が血で真っ赤に染まっているのだ。滴る血がそのヤバさを強調する。
「餡蜜届きました?」
だと言うのに、笑顔で餡蜜を要求する牡丹さんはマジで怖かった。この人がお義母さんでなくて良かったよ。
こんな危険人物は、1人いれば十分なのだ。
「うっ、うん!届いてるよ!」
「母さん、バルトさんはどうでした?」
「あぁ、バルト君ね。行った時にはお父さんに勝ってたわよ。だから、良いんじゃないかしら? 私は元々反対してないし、可愛い孫を期待してるからね」
「あっ、ありがとう。母さん」
「でも、出来れば年一で帰ってきて欲しいわね……」
そんなやり取りを見ていて俺たちは少し和んだ。
でも、手が血で染まってなければ完璧だったのにと思ったのは俺たちの秘密だ。
「定期的にうちから和国への門を開いてるからその時に一緒に帰ると良いんじゃないか?」
「良いんですか!? 助かります!」
これでこの夫婦の悩みは殆ど解消した筈だ。俺が巻き込まれる事もないだろう。今後の二人に幸多からんことを。
さて、今日はこの後から嫁さんたちと和国を満喫しよう。そう思いながら店を出るのだった。




