バルトと彩花の恋の行方は……
いつの間に帰って来たのか、アイリスたちが扉の所に立っていた。
「アイリス、お帰り」
「ただいま、ユーリ!」
「所で、そちらのお嬢さんって……」
アイリスやバルトが一緒に居る事からこの娘が何者か予想が付くけど、念の為に聞いてみた。
「依頼主の彩花ちゃんだよ。話を聞いてる内に彩音だと気付いたみたいだから連れてきたんだ」
「やはりか。それで、いつから見てたんだ?」
「え〜っと……首筋ペロペロ?」
「つまり、匂いフェチの奇行は全部見た訳か……?」
「うん。そうなるね」
俺は、彩花の方へと視線を移した。
彼女は、四つん這いになりながらブツブツと何かを呟いている。それ程までに彩音の奇行が衝撃的だったらしい。
「彩花さん!気をしっかり持って!」
「ばっ、バルトさん〜〜っ!」
彩花は、バルトを見て一瞬安心したものの、現実を受け入れられず奴の胸に顔を埋めて泣き出した。
このやり取りで、2人が短期間の内に信頼し合える関係になった事が伺えた。
ちなみに彩音はと言うと、相変わらず俺のシャツに顔を埋めて、ハァハァしてる。どうやら彼女は、完全に自分の世界へトリップしてるらしい。
「お〜い、彩音。現実に帰って来〜い!」
「あぁ〜っ、いけずぅうう〜っ!」
俺がシャツを取り上げると彩音は駄々をこねたが、問答無用で回収した。今は、それよりも優先する事があるからだ。
「彩音。君にお客さんだよ?」
「はい? 私にお客様ですか? 和国ならいざ知らず、この様な場所に……あら、アレは彩花では有りませんか?」
「そうだよ。わざわざ、君に会いに来たみたいなんだ」
「まぁ! それは、大変でしたね。ここまで来るのに苦労したでしょう、彩花?」
「グズッ……彩音姉様……」
彩音が声を掛けると少しは落ち着きを取り戻した様だ。涙目ではあるが、会話の出来るレベルにある。
「アイリス。とりあえず、談話室……来賓室の方が良いな。そっちに2人を案内してくれないか?」
「ok。任せて」
アイリスに連れられて、2人は部屋をあとにした。
その後、彩音を着替えさせてから貴賓室に向かった。
部屋に入るとミズキが紅茶やお菓子を2人に振る舞っていた。それらを堪能した彩花は、先程とはうって代わり元気な姿を見せていた。
「先程は、お見苦しい所を見せて申し訳有りません。あまりの事に正気が保てませんでした」
「いや、まぁ、知らないとそうかもね」
「人の性癖にとやかく言うつもりは有りませんが、その……。彩音姉様を信頼していた分、反動が凄くて……」
先程の光景を思い出したのか、彩花はげんなりしていた。
彼女とは軽く話してみたが、素直で良い子の様である。ただ、少し思い込みが激しい気がする。
「まさか、彩音姉様の方から迫っただなんて……」
「うふふっ、ユーリさんは私に取って運命の人なんですよ」
「………」
そんなに臭いのかなと思い、自分の服を嗅いでしまった。
しかし、特に臭いと思う事は無く。良かったと安心出来た。
「そういえば、2人の関係って何なの?」
姉と慕い名前も近いが、血縁で無いことは確かだ。
何故なら彩音の親族たちには、和国で行われたお披露目を兼ねた席で全員会っているからだ。その席で彼女を見た記憶はない。
「彩花は、代々宮仕えしている家の娘なんです。だから、名前の一部をあやかる事も。彼女に出逢ったのは、私が物心付いた時ですね。年の近い子として連れて来られました。それからは、姉妹の様に育っていたのですが……」
「私が彩音姉様を護る剣に成りたくて修行の旅に出たんです」
それは、覚悟を決めた人の真剣な眼差しだった。そこに少女の面影は消えていた。
「それまでは、私の後を付いて回る子でしたのにね」
「何かあったのか?」
彩花の感じから何かがあった気がする俺は、彩音に聞いて見る事にした。本人からは言い辛いだろうと思ったからだ。
「恐らくピクニックに出掛けた後ですかね? 丁度その時に魔物から襲われたんですよ。まぁ、護衛の者達が見事倒してくれましたので、被害は有りませんでしたが、その時から変わった気がします」
「姉様は、ちゃんと見ていて下さったのです」
彩花は、理由を言おうかと悩んでいた様だが、彩音の言葉を聞いて決めた様だ。
「私、情けなかったんです。本来なら直ぐに動いて、姉様の前に立たないといけないのに怖くて動けずにいました。
なのに姉様は、その事に全く気にもせず隣で大丈夫と諭してくれるんです。それが、とても情けなくて……逃げました」
「あら、そんな事を思ってたのね」
「……はい。だから、今度は護れる存在になろうと逃げる様に修行の旅へ出ました。強くなれば、面と向かって会える気がして。でも……」
そこからは、皆が知ってる話だった。
和国で起きた魔物騒動にクーデター。それらを遠くで耳にした彩花は気が気でなかったらしい。
なので、急いで帰ったら全ての問題は解決済みだった。
しかし、変わった事もあった。それは、彩音が政略結婚と言う事で解決者の元へ嫁いだ事。更に、街で聞こえてきた俺の女性問題の悪評。
そして、今度こそは救ってみせると意気込んで来たという流れ。
「だと言うのに、姉様は意気揚々と嫁いでるわ。妊娠してるわ。匂いフェチだわ。……私の葛藤や苦労は?」
「その……ドンマイ」
もう、これしか言えない。それ程までに残念な結末だった。
「まぁ、終わった事は仕方ない! 明るい話をしようじゃないか!」
暗い話は止めよう。明るい話をして気分を変えようじゃないか。
「彩花さんは、この後どうするんだい? 君の覚悟ならここに来た時点で示せてると思うけど」
俺が隣に座る彩音に目を向けた。彼女は、それで察した様に微笑んで後押しする。
「ええ、立派な忠臣に成長していると思いますよ。私としては、これからは隣で仕えて欲しいくらいです」
「ねっ、姉様!? こんな私でも良いんですか!?」
「私も可愛い妹には側に居て欲しいですから」
彩音は、立ち上がると彩花の側へ行き抱き締めた。それが決め手となり、彼女は号泣し始める。
それからバルトの方を向き言い放った。
「バルトさん、私の妹をよろしくお願いします」
「「「えっ?」」」
その言葉に一同驚いて彩音の方を向いた。
何故ならバルトが彩花を狙っているとか、そういう事を話していないからだ。
しかも、今の言葉は妹を任せると言った様に聞こえた。
「ねっ、姉様!?」
彩花も驚いて彩音の方を見た。まさか、姉がそう言うとは思わなかったのだろう。
「あら? どれ程の期間か知らないけど、バルトさんにはしっかりと気を許している様に見えたからてっきりそういう仲かと……」
「姉様!? 確かにバルトさんは良い方ですが! 私なんかだとバルトさんの迷惑ーー」
「ならない! むしろ、嫁に来てくれ!」
顔を真っ赤にして姉に否定する彩花の言葉をバルトが遮った。
これは、面白くなってきた! だから、他人の恋愛事は見ていて楽しいのだ!
そんなゲスな事を思いながら2人を見詰める俺だった。
「正直に言う。俺は、彩花さんに一目惚れして、このクエストを受けたんだ!」
「ええっ!? それじゃあ、家に呼んだのは……?」
「それは違う!本当は少しずつ距離詰めていく筈だった! でも、彩花さんの現状を知った時に、居ても立っても居られずに言ってしまったんだ……!」
「あぁ、それは本当だよ。俺も相談されたし。だから、もしバルトの家が無理な場合を想定して、俺の管理してる建物の空き部屋とかを教えたんだけど……」
「私は、あっさり了承しましたね。バルトさんの好意で、誓約書も書いてくれると聞いたので」
「そして、一緒に暮らす内に更に惹かれたんだ。だから、俺の嫁になって下さい」
バルトは、彩花の前に片膝を付いて手を差し出した。
その手には1つの木箱が置かれ、開いた口からは綺麗な音色が聞こえてきた。
「……本気なんですね」
「あぁ! 俺のオルゴールを受け取ってくれ!」
実は、最近知った事なんだが、この世界のプロポーズではオルゴールをプレゼントするのが定番らしい。
だから、結婚指輪の反応が微妙だったらしい。まぁ、こっちの方が無くす事がないものな。
「私は……」
そして、彩花は選択した。




