彩花
私は、朝早くから竜王国の首都にある冒険者ギルドを訪れた。ここに来た目的は、姉と慕っていた人を探す為だ。
私は彼女の守人になる為、諸国を旅していた。
しかし、その間に和国の首都では封印された魔物が目覚めたり、クーデターが起きたりしたそうだ。
あの方は、和国の姫君なので、私は気が気ではなかった。
だから、急いで戻ったのだけど、駆け付け時には何もかもが終わりを向かえ、平和が戻っていた。
私は、安心したと共に直ぐにあの方の元へと赴いた。
そして、その先で知る事になる。あの方が嫁いでしまわれた事を……。
しかも、その相手は、女性を何人も侍らせる様なスケコマシと聞いた時は殺意が湧いてきた。
だから、あの方を取り戻す為にここへ来たのだ!
「あっ、よくいらっしゃいました! 貴方のクエストを受けてくれる方が見つかりましたよ!」
「ホントですか!?」
私は、受付嬢の言葉に驚いた。私にとってのなけなしの金を出したとはいえ、通常の日常クエストよりも安いのだ。
だから、今回は半ば諦めており、冒険者として稼いだらもう一度依頼しようと考えていたのだ。
「はい、本当ですよ。しかも、Aランクの冒険者さんが受けてくれました」
「そんな高ランクな方がどうして?」
低ランクな者が受けるならまだしもここまで高ランクな者だとは思わなかった。
私の身体が目的かしら?
周囲が向ける好気の目線や旅で襲われかけた経験が合わさって、そんな思いが私の中を駆け抜けた。
「気になるのでしたらお会いしては如何ですか? 委託するのはその後でも構いませんよ?」
「そうですね。……そうさせて貰います」
少し考えた後、私はその冒険者と会ってみる事にした。
「では、来たらご連絡致しますので、空き部屋をお使い下さい。一応、Aランク冒険者さんが受けますので」
「助かります」
通された空き部屋の机に着くこと数時間。受付嬢がやって来て、かの冒険者が来てくれた事を知らせてくれた。
それから居住まいを正して大人しく待っているとドアがノックされた。
「どうぞ」
返信を返すと一人の冒険者が部屋へと入ってきた。
「お邪魔するよ」
「あっ、貴方はっ!?」
部屋にやってきた冒険者を見て、またもや驚いてしまった。でも、仕方ないと思う。
見知らぬはずの冒険者。その顔に見覚えがあったのだ。
「確か昨日、私が町でぶつかった……!」
「バルトだ。昨日は済まなかったな」
彼は、人族にしては怖い分類の顔で苦笑いしながら謝罪してくれた。その様子からこの人が良い人なのだと理解した。
「どうした? 俺の顔をマジマジと見て。俺の悪人顔が気になるのか?」
「いえ、特には。鬼人族の男性はもっと怖い顔をしていますから」
「あははっ、そう言って貰えると嬉しいぜ!」
嬉しそうに笑う彼に気が緩む。安心感も出てきたので、この人なら依頼を任せても良いかもと思えてきた。
「あの、バルトさん? どうして、私のクエストを受けてくれる気になったんですか?」
「うん? あぁ、アンタの事が気になってな。竜王国でも鬼人族は珍しいし、困ってるみたいだったから。それに……」
「それに?」
「いや、何でもないよ。忘れてくれ」
彼は、顔を赤らめて誤魔化した。私は、何故か今それを追求すべきでない気がして聞き流す事にした。
「それで俺は嬢ちゃんの依頼を受けようと思うんだ。だから、名前を聞かせてくれないか?」
「あっ、まだでしたね!すみません! 私は、彩花と言います」
「彩花か。いい名前だな。よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。それではさっそく依頼内容なんですが……」
お願いするクエストは、1つ。
この国に所属する鬼人族の女性と結婚した男性を探すこと。
この多種族国家でさえも珍しい鬼人族の女性を娶っている者など殆どいないだろう。
だから、鬼人族の女性を探すよりも男性をメインに探した方が確実だと思ったのだ。
「なるほどなぁ〜、確かに彩花さんの言う通りだ。鬼人族の女性を探したら数人は見付かるだろうからな。なんせ、俺にだって知り合いがいるくらいだし」
「ええ、だから、男性の方を探して欲しいのです」
「分かったよ、任せな!」
「ありがとうございます!」
「それで、情報は逐一知らせようと思うだが、宿は何処に泊まってるんだ?」
「………」
私は、その質問に言葉が詰まってしまった。何故なら正直一番聞かれたくない質問だったのだ。
理由は、ここに来るまでの旅費。それから依頼金。
それが原因で昨日の夜から野宿をしているのだ。食料は、一応だが携帯があったので昨日は困らなかった。
「うん? どうしたんだ? そんな困った顔をして? まさか、金欠で野宿してたり……」
「ギクッ…………」
「図星なのかよ……」
バルトさんは、凄く呆れた表情で私を見てきた。
「いや、一応は携帯食料が有りますし。それに……焚き火の側なら温かいから夜を乗り越えたらギルドで過ごします!」
夜は徹夜して、昼間はギルドのテーブルを借りて寝る計画なのだ。
これなら、食料が尽きるまではなんとかなる筈だ!
「アホか! この時期の夜は、季節の変わり目が原因で一時的に冬並みに気温が下がるんだぞ!」
確かに、昨日の夜は焚き火をしていてもあまり温まらずにキツい思いをした。
「でも、お金が……」
「〜〜〜っ!」
バルトさんは、凄く困った顔をしていた。それから顔に手を当てて、考え始めた様だ。たまに、ブツブツと単語が聞こえて来ていた。
そして、数分経ったくらいである提案をされた。
「彩花さん。俺の家で暮らさないか?」
「バルトさんの家で!?」
「驚くのも無理はない。でも、俺としては、彩花さんを寒空の下に放り出す事なんてしたくないんだ。心配なら誓約も結ぼう。彩花さんの様な美しい人と1つ屋根の下で暮らすと俺が手を出すかもしれないという理由もある。どうだろうか?」
バルトさんは、本気で自分の事を心配しているのが、よく伝わってきた。
「だけど、そんな事をすれば、バルトさんの評判に傷が……」
「大丈夫だ。そこについて、もう一つ提案がある」
「もう一つの提案?」
「うちで家事をして貰えないだろうか?」
「家事ですか?」
「あぁ、俺は家事が苦手でな。周りからも高ランク冒険者な訳だし、家政婦でも雇ったらどうかと言われていた。だから、少ないが給金も出すからどうだろうか?」
「それは……」
凄く魅力的な提案だった。もし、それを受けるならば、雨風を凌げる家だけでなく、金も得る事が出来るのだ。
しかも、制約によって私の身も心配してくれる様だ。
「もし、それでも嫌なら他を紹介ーー」
「お受けします!」
私は、バルトさんの好意に甘えることにした。1日とはいえ、それ程に辛かったのだ。
「良いのか!?」
「はい、外で生活するよりは助かります。それにちゃんとサインして頂けるですよね?」
少し甘える様に言ってみた。あの方も誰かにお願いする時は甘える様にすると良いと言っていたのを思い出したからだ。
「あぁ、勿論だ!直ぐに持ってくる!」
バルトさんは、直ぐに部屋を飛び出すと契約書を持って帰ってきた。私は、それに要件を記入して、バルトさんにサインを貰う。
サインが終わると無事に施行したらしく、契約書が光輝いた。
私は、それを受け取り、懐にしまってからバルトさんに告げた。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
こうして、バルトさんの家での生活が決まったのだ。




