ベルの婚約者(仮)
アルスマグナ魔法学校の公開日に参加した俺たちは、あまりの人の多さに驚いた。
「凄い〜、こんなに人が来るんだね」
「話には聞いていたが、多過ぎだな」
かの名台詞、人がゴミの様だと言いたくなる位の人混み。
その理由は、生徒の保護者だけでなく、入学希望者も見学に来ているからだった。
また、よく見るとそれだけでないようだ。貴族出身者だろう人を異常に多く見かける。
「一応、貴族の社交場としても使われるからみたいですよ」
「なるほどな」
「それより、ベルちゃんの件は大丈夫なの?」
「ああ、ちゃんと根回ししたよ」
それは、数日前の出来事だ。
俺は、ある情報を持ってアディさんの所を訪ねた。
「アディさん。少し頼みがある」
「あら? ユーリ君が私にお願いするなんて珍しいわね? 娘じゃ満足出来なくて抱きにきた?」
アディさんから見ても俺は性欲の化身だとか思ってるのかな? それともこれがアディさんのデフォなのか?
絶対に後者だと思いたい。
そもそも、この人こそが性欲の化身だと思う。男好きも程々にしましょうね。
「安心して下さい。娘さんとはかなりラブラブです」
「やるならローシュ君が出かけている今がチャンスよ」
ローシュよ。この人で本当に大丈夫なのか?
俺は、君の将来が心配で仕方ないよ。
「さっき、エロースの介抱ついでにしてきたので結構です」
血塗れのエロースの身体を洗う事になったからその流れでね。
「それでお願いってのは、この男をハニートラップにハメて貰いたいんです」
アディさんに男の映った写真を見せる。
この男の名は、エルヴァス。
ベルの婚約者で、なかなかの浮気男だった。これが面白い事に調べれば調べる程に浮気情報がボロボロ出てくる。
現在、三股中。
誰も彼もエルヴァスより下の家柄の子だった。遊ぶだけ遊んで切り捨てても問題にならないレベルの家柄。
しかし、こんなに問題がある男なのに女性が寄って来るとは……顔か!? 顔なのな!? かなりレベルの高いイケメンだしな!
それか、危険な恋ほど燃えて惹かれるのかもしれない。
よし、確実に地獄に落とそう。
「あら、なかなかに良い男ね。でも、性格が悪そうだわ」
「あっ、そういうのは分かるんですね」
「それだけ、色んな男の人を見てきたからね。彼なら直ぐに誘惑に乗ると思うわよ」
やはり、俺の目に狂いはなかった様だ。
「今度学校で行われるイベントに彼が来るんですよ。それまでに、身分を隠して彼を釣って下さい」
「それだけで良いの?」
「ええ、ベルの家族とルイさんに見せ付けるだけなので」
ベルの家族にエルヴァスの悪行を見せつけて、彼が言い訳した所をアディさんの恋人を見定めにきたルイさんが介入する流れだ。
さすがに、権威ある竜種の話なら信じるだろう。
というか、ここまで酷い男に何故嫁がせようと思うのか分からない。
幼少時から我が子の様にベルと一緒に育てたからかな?
「そういう訳なんで、よろしくお願いします。もし、達成して頂ければ……」
俺は、自分の懐から出したカードを広げて見せた。
「この半ズボンを履いたショタたちのブロマイドを進呈します」
一応言うけど盗撮じゃないよ。ちゃんとお金も払ったよ。
映っているのは、孤児院の男の子たちだ。
彼らにお願いしたら、金を払うなら良いって言われた。商魂逞しい子供たちだったよ。
「ほっ、ホントなの!?」
「ホントです」
「分かったわ、全力を尽くします!」
「更に、ローシュの許可が取れたので、2人だけで行く一泊二日の温泉旅館をプレゼントします」
「資料を頂戴!直ぐに作戦を練るから!!」
「はい、どうぞ。これが資料です。後、前払いで1枚どうぞ」
「おおぉぉーー!やるわよぉおおー!」
その後、2日でエルヴァスを籠絡したアディさんだった。
「なんで、今はベルの家族とエルヴァスが来るのを待ち中。ちなみに、餌役のアディさんは、他の人たちがエルヴァスを調べたくなる様に散策しながら誘惑してる。さっき、数人が後を追いかけていた」
その内、倍の人数に増えるだろう。
そんな彼らが、エルヴァスの噂を知ろうものなら、アディさんが近付かない様に悪評を広げる事が予想される。
「ちなみに、奥の手も考えてある」
「奥の手?」
「ここの生徒たちが、イベントステージを利用して、俺とベルの結婚式を執り行う。そこで、ラグス王国と竜王国の両王の名において、友好の架け橋となる為に両者の結婚を認めると宣言すれば周囲の貴族は祝福すると思う。
ちなみに、ラグス王国の王様からはちゃんと承認を貰った。ガイアス爺さんの方は、見もせずに許可をくれたよ」
重要書類を見もせずにポンと押すとは、それだけ信頼しているのかな? それとも適当に押したとか?
「あっ、だから、この前までラグス王国に何度も行ってたんだね」
「ああ、カトレアたちが竜王国に移ったから高難易度のクエストが溜まってるんだって。それをある程度解決したら許可を出すって言われたから頑張ってきた」
まぁ、殆どが討伐系だった事と訪れた経験があったので直ぐに終わらせる事が出来た。
「それ、奥の手とかじゃなくて、決定事項じゃない? 王様が認めてる訳だしさ」
「まぁ、そうなんだけど。ベルにも含めて秘密にしてて……知ってるのは王様だけなんだ」
もし、ベルに振られた際のことも考えて保留の様な状態にしているのだ。
「なら、後はベルちゃん次第なんだね。そうと分かれば、合流して説明しないと」
「そうだな。ベルは教室でホームルームをしてる筈だから行けば会えると思う。俺たちが気付いてないだけで、家族が来てるかもしれないからなるべく急ごう」
俺たちは、ベルと合流する為に教室へと向かった。
「あっ、師匠!」
教室の扉を開けると教壇に立つベルの姿があった。
ベルが笑顔になり近付いてくる。
「おっ、ユーリ先生が来たぞ!」
「マジでっ!? 何処に!?」
ベルの声を受けて、生徒たちが騒ぎ出した。以前のダンジョン攻略の件があってからは結構人気者なのだ。
しかも、たまに薬草学の特別講師として授業をしているので、生徒で知らない人はいないと思いたい。
「今の所、変な事は起こってない?」
「はい、大丈夫です。お手数をお掛けしてすみません」
「この後、どうする? 今日は、教師の仕事はないだろ?」
「そうですね。一応、一般人が多く来るので、学内の見回りが有るのですが、校長が免除してくれたんですよね」
「だったら、もう帰らない?」
「そうしたい所ですけど、免除されたとはいえ新人教師がイベントに参加しないのはマズいので……」
「なら、俺たちと一緒に周ろうよ。何かあったら直ぐに動けるしさ」
「はい、喜んで!」
「なら、まずはーー」
部活棟にでも行こうぜと言おうとしたら、けたたましく教室の扉が開いた。
そして、入って来た人が叫ぶ。
「ベルフォート先生、婚約者が危篤だそうです! 至急、先生の新居へお帰り下さい!!」
「「「はい?」」」
どうやら、ベルの婚約者は来ない様だ。
そして、何故かベルの新居を指定された。
でも、ベルは実家以外に家を持っていない。
これは、どういう事だと俺達は困惑を深めるのだった。




