ユグドラシル
俺たちは、ソルシエールに無事辿り着いた。目と鼻の先に緑に包まれた街並みが肉眼で見える。
ここからは、直ぐに上陸するのかと思いきや島を半周する事になった。
その理由は、街との間が浅瀬の為、船を進める事が出来なかったのだ。見えている部分が元々内陸なのだから当然といえば当然だ。
島を半周すると絶壁の下に港が存在した。そこに船を着けて上陸を行う事になった。
「ここが調査拠点なのか」
港には、調査隊が休む為の寄宿舎など簡易な建物がいくつか建てられていた。
ただ、どれも初期から使われている様で嵐が来たら一発で壊れるのではないかと言う程にボロボロだった。
「ユーリさん。ギルマスからの伝言です。調査拠点の建て替えを頼むだそうです」
「えっ?」
俺の前にどんどんと建築用の木材や石材が大量に積まれていく。
何故、こんなに有るのだろうと思っていたら、こういう理由だったらしい。
流石に、あのボロ屋には住みたくない。
それに長期間使用する訳だからちゃんとした物を作ろう。
数分後。
「出来た……」
『おおぉーー!!』
いつも通り、空間魔法を利用して立派な家を組み建てた。
作ったのは、調査隊の研究棟、物資格納棟、それから三階建の寄宿舎だ。
それから寄宿舎の横にもう一つ。とっておきの物を作り出した。
「我ながら良い出来だ!」
「まさか、温泉まで作るとは……」
近くで見ていたケリュオンに呆れられた。
「いや、風呂は重要だろ?」
汗を流し、日々の疲れを取る為には重要だ。
そして、イチャついた後の為に作るべきだと俺の本能が告げている。
「風呂……温泉が有るのは衛生面でも良いだろう。だが、この温泉は少し変じゃないか?」
「何処が?」
俺は、改めて自分の作った温泉を見渡した。
お湯の色は、薄い緑がっており薬湯の様に思える。
湯気には、淡い光が混じり立ち昇っている。
そして、手を付けると温かさと共に指にあったかすり傷が癒えていった。
「…………何コレ?」
「いや、お前が作ったんだろ!」
「俺はただエリスに温泉はないかと聞いた結果なんだけど!?」
建物を作るにあたって、温泉が欲しいと思った俺。
エリスに頼んで、水脈を把握して貰った。
その結果湧いたのが、この温泉なのだ。
「なぁ、エリス!この温泉何!?」
「何って、霊泉だけど?」
『霊泉!?』
霊泉とは、この世の神秘。浴びたり飲んだりすると不思議な効き目がある温泉をいう。
異世界では、稀に魔力や肉体が本当の意味で回復する物が存在すると言われていた。
「こっ、これが霊泉……!?」
「その温泉は、あの木。ユグドラシルが濾過した水から生まれているのよ。だから、回復効果があるの」
この大陸を覆う巨大樹であるユグドラシルは、回復ポーションの材料として使われる事がある。
しかし、あの木から回復成分を抽出するのは大変難しい。
その為、別の生成法が生み出されて今に至る。
「つまり、天然の抽出法により生み出されたという事なのか!?」
「すっ、素晴らしいぞ! この温泉を調べるべきだ!」
学者たちの関心が魔法都市から霊泉に向いてしまった。
「温泉は、何時でも調べられるでしょ? 街に行くよ!」
無理やり学者たちを引きずって街へ向かった。
街へ向かう方法は、絶壁に作られたトンネルを抜ける事で辿り着いた。
初期に辿り着いた者たちが時間をかけてトンネルを作ってくれたらしい。
先人たちの努力が忍ばれる。
「すっ、凄ぇ!!」
トンネルを抜けて目に入った光景に思わず声が出る。
人の手が入っていない事で、その街は自然に呑み込まれていた。
ベースとなった建物たちは石造りで出来ている。
そこに蔦や木の根が絡み付き、果ては窓から木が生えていた。
以前、ダフネが似たような光景を生み出していたが、街全体で見るとその光景に圧巻される。
「「グルル………」」
どうやら、早速魔物のお出ましの様だ。
声がした方を見ると建物の上に2頭の頭を持つ獅子が立っていた。
その目は獰猛に見開かれこちらを威嚇し、口からは火が漏れている。
名称:???
種族:人工生命
危険度:???
説明:魔女の秘術によって産まれた人工生命体が魔物との交配の末に生み出した存在。交配した魔物の性質を持ち合わせている。
この魔物は、俺の鑑定を持ってしてもあまり情報がないらしい。
「コイツは危険だ。仲間を呼ぶかもしれない。直ぐにーーっ!?」
狩ろうと言おうとした瞬間、周囲が激しく揺れた。
いや、激しい揺れが音と共にこちらへ向かって来ている。
「「グルッ!?」」
こちらへ来る物が見えたのか、魔物は逃げる様に姿を消した。
その後、近くの建物が倒壊し、ヤツと入れ替わる様に別の魔物が姿を現した。
名称:テンタクルハバリー
種族:アンデット
危険度:S
説明:魔女の秘術によって生み出された魔獣。その身に纏う触手は、触れた物を溶解させる。
現れた魔物は、も○のけ姫にでも出るのではないかという大猪だった。
身体には触手が蠢き、触れた物が腐り落ちていた。
「危険には変わりないが……」
今度は、先程の魔物とは違い、鑑定による詳細が確認出来た。
そのアドバンテージは大きい。直ぐ様、聖属性の魔法を装填して攻撃を行った。
結果、この魔物は骨だけを残し、溶けて消えていった。
「私が斬っても良かったのに」
「剣が使いものにならなくなる可能性があった。遠距離攻撃に切り替えた方が良い」
セレナの剣には聖属性がついているので、魔力を纏わせて攻撃すると自然に聖属性を乗せる事が可能だ。
それは、彼女の放つ魔力の斬撃に関しても同じだった。
「まぁ、折れたら治すからセレナも遠距離でサポートを頼む」
「分かったわ。でも、貴方も気をつけてね」
「ああ、分かった」
「それじゃあ皆、街のセーフポイントまで急ごう」
そこから急いで街にあるダンジョン前までやってきた。
元は要塞なのか、所々から大砲が突き出していた。
「ここからは、別行動だ。俺たちは今から潜る。だから、2週間して戻らなければ船を出してくれ」
『了解しました』
こうして、ダンジョンに足を踏み入れた。
「やっぱりダメ。魔力感知が阻害される」
入ってそうそうにトラブルが発生した。
なんとアイリスの魔力感知でダンジョン内を把握出来ないのだ。自分の周囲は少し見える様だが。
それは、俺も同じ様な状態だった。だからこそ、問題が起きたのだろう。
カチッという音と共に床の一部が抜け、セレナが落ちる。
「ーーっ!?」
「セレナ!!」
俺は、手を伸ばしてなんとか彼女の腕を掴み取った。
「たっ、助かった」
「大丈夫か。今あげるからーー」
再び、カチッという音が響き、今度は俺の足元が抜けた。
「ユーリ!?」
アイリスが、声と共に手を伸ばして来たが、俺は掴めずにセレナと落下する事になった。




