トリスの異変
妖精の箱庭では、大抵のモノが自給自足で賄えている。
野菜や果実は、初期からやっていた事で立派なモノがある。
肉に関しては、周囲の魔物を狩れば十分に確保出来る。
一応、狩りは危険が伴うのだが、何度も狩った事で効率化されたみたいだ。
この前同行してみたら、Sランクの魔物も普通に狩ってたよ。
解体は、今だに俺とアイリスの仕事だ。
殆どの部位が食べれるロックバードや数の多い魔物は、解体出来る人も増えてきたけど、それ以外は知識や経験がいるからまだ時間が掛かりそうだ。
調味料は、自生している物や栽培している物でなんとかなっている。たまに、買う物も有るけどね。
そんな感じに敷地内で採取すれば大抵のモノが手に入るんだけど、他から分けて貰うモノが有る。
フィーネのミルクみたいにね。
それ以外だとハチミツとかだ。
パドラの配下の兵隊蜂たちが集めた物を分けて貰っている。
だから、今日もパドラに分けて貰いに来たのだが……。
「降参します。さすがに、これは気持ち悪い」
現在、俺はパドラの配下に周囲を囲まれている。
見渡す限り、蜂、蜂、蜂!
周りの景色も見えやしない。
尻尾の針もこちらに狙いを定めている。距離が近いので、少しでも動けば刺さりそうだ。
「ねぇ、パドラ。俺が何かした? 心当たりがないんだけど?」
「聞きたいのはこっちよ!」
そう言って、俺に凄んで見せるパドラ。
どうやら、何か聞きたい事があるらしい。
「話は聞くから開放してくれない?」
俺としてはさっさと逃げたい所だが、転移する時の効果範囲内に蜂を巻き込む。
その為、逃げてもついてくるから無理なのだ。
「貴方、トリスに何をしたのよ!」
「トリス?」
トリスは、パドラが住み着いている木の主で、ドライアド四姉妹の末っ子だ。
「彼女に何かあったのか?」
「貴方が他の娘たちみたいに犯したでしょ!」
「えっ?」
パドラからなんとも的外れな事を言われた。
「いやいや、トリスと寝たこと無いぞ」
断言しよう。
トリスには、手を出していない! トリスには!
「嘘よ!」
パドラの怒りに反応して蜂たちの包囲網が更に狭まる。
「嘘じゃなくて真実だって!そもそも、何でそう思ったのさ!」
さすがに、はやく誤解を解かないとマジで刺さる。
「それは、トリスが恋する乙女の様に貴方の事をぼぉ〜っと見詰める事が増えたから……」
「えっ、マジで?」
トリスからそんな視線を向けられていた事に気が付かなった。
「本人に聞いたのか?」
「まだよ。でも、私が見ていない時だから、夜に何かをしたとしか考えられない!」
「パドラは、夜が苦手だもんな」
常にトリスと行動しているが、夜は苦手で日が落ちると直ぐに寝てしまう。
「この際だ、ハッキリと言おう。俺が手を出した記憶はない!だから、本人に聞いてみないか?」
このままでは、どう転んでも話が進むとは思えない。
せいぜい、蜂たちに刺される運命は有るかもしれないけどね。
「でも、さすがにトリスへ直接ーー」
「ねぇ、ユーリを囲んで何をしてるのかな?」
「ヒィイイッ!?」
声が聞こえた瞬間、パドラの悲鳴と共に周囲の蜂たちが四散した。
「おっ、アイリス」
どうやら声の主は、パドラの天敵であるアイリスらしい。
「ねぇ、本当に何をしてたのかな? ユーリに何かあったら私だけでなく、皆が承知しないよ?」
「あっ……あのっ……」
いつも通りの愛嬌のある笑顔を浮かべたアイリス。
俺が本当にどうにかなると思ってないのか、本気で怒ってる感じがしない。
それに対してパドラは青褪め、ぶるぶる震えていた。
どうやら彼女のトラウマが再発した様だ。
「なんか、パドラ曰く、トリスの様子が変らしいんだけど。アイリスは、何か知らないか?」
「トリスちゃん?」
う〜んっと考え込むアイリス。
俺が分からないからアイリスも分からないかもしれない。
「心当たりが無くは無いよ」
「「マジで!?」」
「うん。この前、聞かれた事が原因かも?」
「何を聞かれたのか教えて下さい!」
アイリスだと下手に出るんだよな。他の人には、当たりが強いのに。
「なんかね。セリシールに行って大丈夫か?って聞かれたよ。魔物騒ぎになるから止めた方がいいって言ったら落ち込んでた」
「店に? 何で?」
「なんか、食べたいお菓子が有るんだって」
「だから、俺を見てたのかな?」
うちの店のお菓子は、俺が作れるモノを置いてるしね。
「そんな話。私は知らない」
「夜に相談されたからね。パドラが知らないのも仕方ないよ」
アイリスからそう言われて、パドラは肩を落として落ち込んだ。
「とりあえず、そのお菓子をパドラが用意すれば喜ぶんじゃないか?」
「!?」
今度は、希望が見えてきたのか、ぱぁ〜と笑顔になりだし。
「ちょっと聞いてくる!」
「行ってらぁ〜」
俺は、立ち去るパドラを見送った後、如月の所へ行く事にした。
ちょっとした提案を彼女にする為だ。
それから1時間後、パドラが俺の元へやってきた。
「ハニートーストを作って!」
開口一番にそう告げられた。
トリスの求めるモノは、ハニートーストだったらしい。
かなり甘いし、ハチミツをけっこう使うからうちではあまり作らないのだ。
「ハチミツをかなり使うんだが……」
「直ぐに用意するわ!」
そう返答すると一瞬退席。樽を2つ持って帰ってきた。
中には、大量のハチミツが入っている。正直、こんなに要らない。
「これで良いでしょ!」
「これだけ有れば十分過ぎるけど、自分で作れよ」
「何で!?」
「何でって、超簡単だから」
ただ作るだけなら、本当に単純なのだ。
まず、パンに切込みを入れた後、バターを塗って焼く。
それからハチミツをたっぷりかける。以上。
「うちの店みたいにアイスを乗せたモノでないならそれで完成だ」
レシピをパドラに教えて上げる。これなら彼女でも作れるだろう。
「ラズリたちに言えば、厨房の一部を貸してくれるから作ってくるといい。困ったら彼女たちに聞くと良い。彼女たちには教えてるしね」
「やっぱり、私が作らないとダメなの? 私、料理した事ないんだけど……」
「何、子供でも出来るレベルだ。自信を持て」
リリスたちと同じレベルでなければ大丈夫な筈だ。
………大丈夫だよね? 少し自信が無くなる。
「分かった!作ってくる!」
「おっ、おう。頑張ってこい。何かあったらラズリたちに相談するんだぞ」
「分かったわ!」
まるで、台風の様に騒ぐだけ騒いでパドラは去って行った。
その後、美味しいハニートーストを作れた様だ。
なんせ、おやつタイムに俺だけハニートーストだった。
どうやら、お礼に用意してくれたらしい。本人は、否定するかもしれないけどね。
「甘くて美味しいな」
初めてなのに良く出来ていた。
あまりの美味しさに一口分けたくなる程だったよ。
翌日、ある計画を実行した。
「ねぇ、私が昨日作る必要無かったんじゃない?」
「パドラ。とても美味しかったよ」
少し怒っているパドラとニコニコ顔のトリス。
彼女たちが居るのは、セリシールの店内だ。
「店の用心棒を増やしたかったんだよね。客が増えた事もあって、本来の子たちはスタッフに回っているし」
ドライアドは、人に友好的な事もあって敵認定され難い。だから、可能かもと相談して回ったのだ。
彼女たちなら実力に問題は無いから十分務められるだろう。
「代金は、店の好きなメニューを好きに頼んで良い権利だ。ただし、同じメニューは1日1品ね」
魔物の為、2人はお金に関心がない。だから、これで契約出来た。
「了解です♪ しっかりと守護しましょう!」
「トリスが一緒なら頑張るわ」
これで、うちの店は安泰だろう。
「私たちは?」
「………」
妖精の箱庭に帰ったらトレミーたちに言われた。
「農作物の管理は?」
それが彼女たちの本来の仕事なんだけど。
「それはそれ。これはこれです」
トレミーの話に頷く姉妹たち。
カリスさんから分店を出す話が来てたし、これは本気で考えた方が良いかも知れないと思った。




