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調教

「なんで……なんで……」


 ユーリは、あまりのショックに絶望し、がっくりと跪いた。


「なんで、この肉球は硬いんだぁああーー!?」


 なんとユーリが触ったエンキの肉球は、硬かった。


 その硬さは、忘れた筈の両親との思い出。熊本の動物園で触ったサイの皮膚を思い出す程の衝撃だった。


「言い残す事はそれで良いかい?」


「えっ?」


 顔を上げた俺の目に巨大な猫の手が迫ってきていた。


「うおっ!?」


 俺は、先程の硬さが頭をよぎり急いで避けると、元居た場所に蜘蛛の巣状の亀裂が生み出された。


「何するんだ! 当たったら死ぬじゃん!?」


「殺すつもりで殺ったんだ。当然さね」


「というか、何でそんなに硬いんだよ!? 期待を裏切られたこの気持ちが分かるか!?」


「あ゛っ? 人の肉球に触っておいて良く言うよ」


 そう言うとエンキはコンテナから姿を現した。


 そして、改めて全身を観察すると身体の節々に炎を纏っていた。


 なるほど。エンキって、そういう事なのね。


 俺は、納得しつつ、彼女に語りかけた。


「いや、目の前に柔らかそうな肉球を見せるの方が悪い。しかも、アンタがコンテナに入り込んだせいで、このエリアが封鎖されたんですけど」


「煩いね。ニャンでアタイが人様のルールに従わなきゃならんのさ?」


「出たよ。お猫様」


 俺は、今回の件で学んだね。


 気まぐれお猫様は小さいから良いのであって、このサイズになると厄介きまわり無いと。


「そもそも、どうしてコンテナに入ったんだ?」


「そりゃあ、羽毛のいい匂いが漂っていてよぉ。空けてみりゃあ大量の布団さね。寝るに決まっているよ。猫の睡眠時間舐めんなよ?」


 コイツ、羽毛の匂いに釣られてここまで来たらしい。


 ………どうやって倉庫街まで来たんだ、コイツ?


「アンタ、どうやってベルチアに侵入したんだ?」


 流石に壁を飛び超えれば気付かれると思うのだが。


「ニャンだい? そんな事も分からないのかい? 海だよ。海から入ったのさ」


「飛脚術か何か?」


「そんな所さね」


 飛脚術は、文字通り空を駆ける魔法だ。魔物体のギンカも使える様だが、転移に比べてかなり非効率らしい。


「さて、寝た事で腹も空いたし食事にしよう」


「えっ? 人間食べるの?」


 アイリスたちは、人間を食べないからコイツも食べないと思っていたので警戒する。


「誰がそんな不味そうな物を食うさね。ポケットにいる鳥だよ」


 どうやら、ヌイグルミと化してる鳥が目当てらしい。人じゃなくて良かったよ。


「そうだ。それを寄越すならーー」


「あっ、お断りします。子供へのプレゼントなんで」


「………」


「………」


 無言で見詰め合う俺たち。


「気が変わった! アンタも燃やしてやるよ!!」


「おおっ、なかなか派手だな!」


 俺の足元から炎の柱が立ち昇った。足元に魔力が収束する気配に気付き、あっさり回避が出来た。


「逃げんじゃニャイよ!」


「いや、避けるなって方がおかしいから。それに、火力は凄いけど、単純過ぎて避け易いし」


「舐めんな!」


 どんどんと立ち昇っていく炎の柱。それを避けながら、俺はコンテナたちに結界を張る。


 流石に、他のコンテナの方が心配になって来たので、そっちの保護に魔力を回す事にした。


「人の分際でちょろちょろとーー」


「は~い!そこまで!!」


 突然降ってきた声に、戦闘が一時中断する。


 声の方を振り返るとコンテナの上に立つアイリスとマリーの姿があった。


「全く。エンキは、相変わらずだね?」


「ええ、単純というか、火力バカというか?」


「あん? そこに居るのは、マリーじゃないかい? なら、隣は青丸かい? 前より人らしくなってる様だけど」


「そうだよ。あっ、今はアイリスって名前があるからそっちで」


「それに結婚ってかい? 魔物なのに?」


 流石のエンキも魔物と人の結婚には疑問を抱くらしい。


 俺も最初は大丈夫かなと思ったけど、悪いものじゃないよ。


「ええ、貴方と別れてから、そこの彼に2人で嫁ぎましたよ。今は、可愛い子供たちに囲まれて居ます」


「2人共って、マリーもかい? 呆れたね。こんな冴えない男に嫁ぐなんてよぉ。しかも、子供だって? こんなどうしようない男に股を開くとは思わなかったよ。産まれた子供も旦那に似てるなら可哀想だ」


 流石に、子供は言い過ぎだと思った。言い返さないが、アイリスたちも怒っている雰囲気がする。


「「………」」


 俺も少しイラってきたけどアイリスたちの友人だし、怒りを抑えて軽く言い返すだけにした。


「何気に酷くない? 子供は関係ないだろ?」


「事実さ。だって、アンタ。何処からどう見ても……」


「貧相。弱さそう。バカそうって所か?」


「良く分かってるじゃないか」


 最近言われなくなったけど、昔はかなり言われたからね。


「ユーリ。ギンカにお願いして、持って来て貰ったよ」


「これなら2人共、好きに暴れられますよね? エンキに気を使う必要も有りませんし」


 突然、笑顔のアイリスたちが、俺たちの前に何かを置いた。


 よく見るとそれは屋敷に置いてある狂乱の小世界(カオスコスモス)だった。


 俺は、事情を察したので2人に尋ねる。


「友人を攻撃して良いの?」


「馬鹿は死なないと治らないって言うからね。一回死ねば、彼女も賢くなると思うの。人は見掛けに寄らないってね」


「子供まで馬鹿にしたんです。それにユーリさんも少し怒ってたみたいですから発散するべきですよ。とりあえず、子供と私たち、ユーリさんの分で5回死んだら出れる様に設定しておきましたよ」


 うちの奥さんたちは、容赦ないな。ガチで殺れとおっしゃるよ。


 さすがの俺も少し引いてしまった。


「エンキ。貴方が本気で暴れても大丈夫な所を用意したよ。ユーリに可愛がって貰うと良いんじゃないかな?」


「ユーリさんは、優しいからハンデまでくれるそうですよ。良かったですね」


 2人は、エンキを挑発し始めた。


「調子に乗っているね! ワタシがアンタらの旦那に負けると言いたいのかい!? アンタらの旦那が死んでも知らないよ!」


「大丈夫。簡単に死なないから。それに、さっきからユーリが勝つと言ってるよ。分からなかった? あっ、ユーリのハンデは、いつも通りの武器なしだよ」


 俺のハンデは、武器なしらしい。


 正直、俺としては武器を持った方がハンデになる気がするんだけど。


「分かった。それで行こう」


 俺が同意を示したので、エンキと2人で移動した。


 ちなみに、鳥はアイリスたちに預けたよ。エンキが食べそうだったし。


 それより気になる事がある。アイリスたちが触れたら、死んだ振りをしていたよ。何故かな?


「弱い者イジメは好きじゃないのさ。アンタのタイミングで始めてくれよ。降参なら楽に殺してやるよ」


 中央の広場に移動してルールを説明した。


 復活地点はランダムになっているので面白くなりそうだ。


「分かった。行くぞ」


 俺は、手に魔力を集中して破壊力アップさせる。竜種とやった組手の成果を今試そう。


「相手が魔物型で良かったよ。女の子を殴るのは嫌いでさ」


「なら、良かったね。ワタシは、生態変化(クリエイト)ができないからね。まぁ、せいぜい本気を……ごばっ!?」


「………えっ?」


 一撃で終了した。エンキの頭部は、地面にメリ込んでいる。


 その結果に惚けていると、彼女の身体は光の粒子となって復活地点に転移し始めた。


「いや、油断したんだよ。きっとね!」


 あまりにもあっさりと決着がついたのでびっくりした。


 でも、ここからが本番だ。何処から襲って来るか分からない。


「さて、本気を出しますか」


 その後、一方的に5回殺した所で、マリーの無慈悲な宣告が響き渡った。


「すみませ〜ん。設定を間違えていたみたいで、5回を5()0()回にしてました〜♪」


 俺は、使える魔法を全部試してみる事にした。


 エンキはそれを聞いて青褪める。俺は、途中から逃げ隠れする様になったエンキを笑顔で追いかける事にした。


「待て〜♪」


「ひぃいいーー!?」


 数十分後。


「ごめんなさい。ワタシが悪かったです。子供を貶したのも謝ります。赦して下さい。後、肉球も好きに触って良いです。だから、最後は優しくお願いします」


 俺の前には、ひっくり返りお腹を見せるエンキの姿があった。


 凄く怯えた表情で俺の顔色を伺っている。どうやらやり過ぎたのかもしれない。


「アイリスたちにもちゃんと謝るなら許すよ」


「ありがとうございます! ありがとうございます!ありがとうございます!」


 その後、狂乱の小世界(カオスコスモス)から出て謝罪させたのだった。

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