先に行った筈のアイリスとマリー
ユーリが、エンキの肉球を押す少し前。
港町ベレチアの門前にアイリスの叫びが響いた。
「しまった! 私のカードは、ユーリが持ってるんだったぁああ!!」
アイリスは、通行許可証を見せる段階になって、冒険者カードをユーリのアイテムボックスに入れている事を思い出したのだ。
「あっ、やっぱりですか。アイリスの手続きが遅いからそんな気がしてましたよ」
門の向こうからは、既に手続きを終えたマリーの姿がある。
「ごめん! ちょっと取ってくる!」
「大丈夫ですか? 私が身分保障すれば、入れなくは無いですけど?」
「大丈夫!直ぐに取って来るから!」
アイリスは、マリーを置いて屋敷の貴賓室へと転移した。
しかし、既に解散していた為、そこにユーリたちの姿はない。
「まさか……入れ違い?」
アイリスは、給仕してくれたエルフたちにユーリの居場所を聞くと、既にベレチアへ立った事を知る。
なので、再びベレチアへと転移するのだった。
「ごめん。マリーが、何処に行ったか知らない? ついさっき、ここのゲートを通過した竜種の女の子」
アイリスは、マリーの行方を自分たちの対応をしていた守衛に尋ねる事にした。
「マリー? もしかして、マリアナ様の事ですか?」
「うん。そうだよ」
「でしたら、貴方様の名前を伺っても?」
「アイリスって名前だよ」
「なるほど。特徴とも一致しますね。あの方から伝言が御座います」
「伝言?」
「待ち合わせ場所を決めていないので、冒険者ギルド横の喫茶店に居ます。朝食がまだだったので先に食べてますね。ユーリさんとゆっくり来て下さい。との事です」
「………」
アイリスは、自分のミスを呪った。
これじゃあ、素直に通常ゲートを通るしかないじゃん!
通常ゲートには、朝だというのに長蛇の列が出来ており、全然進む様子が見受けられない。
「素直に並ぶしかないのねぇ……」
アイリスは項垂れながら、通常ゲートの列に並ぶ事を選択した。
転移によって街の内部に入る事は可能である。
しかし、都市を護る結界の影響で外部からの転移は攻撃だと認定される為、大きな騒ぎへと発展するので止める事にしたのだ。
アイリスが並ぶ事、約1時間。
「疲れた。お腹空いた。放置して帰りたい……」
1時間近くも並び、アイリスはどうにか街に入る事が出来たのだが、テンションはだだ下がりしていた。
「とりあえず、喫茶店に行こう」
アイリスが店に入ると直ぐにマリーの姿を確認出来た。
「あら、遅かったですね」
優雅に紅茶を飲みつつ、クッキーを食べていた。
「すみません。リッチサンドのセットをお願いします」
アイリスは店員にメニューを告げつつ、マリーと同じテーブルに着いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
店員は、直ぐに注文されたメニューをテーブルに持って来る。
出されたメニューは、紅茶とサンドイッチのセットメニュー。
定番のベーコン、レタス、トマトを挟んだBLTサンドとこの店自慢の甘い厚焼き玉子を挟んだものだ。
「結局、ユーリとすれ違いになっちゃって、通常ゲートから入って来たよ」
「だから、遅かったんですね。と言う事は、ユーリさんは既に?」
「来てるんじゃないかな? 冒険者ギルドにはいないみたいだけど……もぐもぐ」
魔力感知で隣の建物を探りつつ、出されたサンドイッチを頬張る。
「相変わらず、このメニューは正解だね」
まず最初に手を付けたのは、定番のBLTサンド。
カリカリに焼いたベーコンと特製ソースの塩味が食欲をそそる。
一緒に挟まれたレタスはシャキシャキと新鮮さを感じさせ、厚切りのトマトは果実の様な食感を与えてくれる。
「ではでは、次は本命だね」
次に手を掛けたのは、タマゴサンド。
このメニューは、単品でも頼めるが、新鮮な卵を使う事もあり、個数限定で料金も高い。
その為、隣の冒険者ギルドに所属する者たちの間で、気軽に注文出来る様になってこそ、一流冒険者だと言われていたりする。
とはいえ、普通の人が頼んでも全く問題はない。
むしろ、一般人。特に女性からの人気は高いので、デートの際に使われる事の方が多い。
「美味しかった。ご馳走さま」
ユーリを真似た結果、当たり前となった合掌をしてアイリスは食事を終えた。
「美味しいですよね、それ。私もそれにしましたよ。でも、ユーリさんのタマゴサンドも良いですよね」
「あっ、分かる。マヨネーズを使ったやつでしょ? ユーリにとっては、アレが当たり前だったから出された時にびっくりしたよ」
マヨネーズの文化がない以上、タマゴサンドが厚焼きになるのは必然だったのである。
「さて、アイリスも食べ終わった様ですし、この後の話をしましょう?」
「とりあえず、ユーリの居場所だよね? もう、倉庫街に行ってるんじゃないの?」
「でしたら、火柱の1つでも上がりそうですけど」
「まぁ、そうだよね。ユーリもエンキの逆鱗に触れそうだもん」
「知らないとそんなもんですよ。それに、無防備に寝ているエンキが悪いんです」
「そうそう。まるで、押してくれと言わんばかりに手を突き出すしね」
2人は、共通の友人であるエンキについて盛り上がった。
「とりあえず、火柱が上がったらそこに行くで良くない?」
「そうですね。街中を探すより効率が良さそうです」
「よし、決定。それで行こう!」
流石に、街で火柱が上がれば騒ぎになるだろうと2人はティータイムを続けるのだった。
それから数分後。
冒険者ギルドが騒がしくなり、隣の喫茶店にまで響いてきた。
「おっ、動きがあったみたいだね」
隣から聞こえる喧騒に「火柱が何本も……!?」と混じっている。
「では、行くとしましょう。彼女に会うのは何年振りですかね?」
「私たちと行動を別にしてから10年くらい?」
「そんな昔でしたっけ? ユーリさんに出逢ってから時間の流れが速いんですよね」
「それ分かる。昔と違い、退屈しない日々だもんね」
「ですので、エンキを宥めに行きましょうか」
「まぁ、ユーリが負ける気はしないけどね!」
「確かに!」
2人は、笑いながら会計を済ませ、倉庫街を目指して歩き出した。




