猫は何で箱が好きなんだろう?
竜王国の最大の港町ベレチア。
ここを拠点に海上貿易を行っている為、倉庫街には多数のコンテナが置かれている。
「あれ? コンテナの蓋が……?」
最初に気付いたのは、明日積載予定のコンテナ数を確認していた若手の船乗りだった。
彼は、そのコンテナの前に立ち、内部を覗き込むと硬直した。
「お〜い。そんな所で立ち止まってどうしたんだ?」
コンテナの前で固まっている若手を心配した熟練の船乗りが声を掛ける。
「………」
しかし、若手の船乗りは無言のまま動こうとしない。
「おいおい、さすがに聞こえてるんだろ? 同じ船なんだから無視するのは勘弁な? それに、オジさんのハートはガラスだから脆いんだよぉ〜」
「………」
自分をネタにしても反応しない若手に、流石の熟練の船乗りも心配になり隣までやって来た。
「なんでぃ? コンテナが空いてるじゃねぇか? 全く、今回の積み荷は布団とかだから湿気ったらどう……」
熟練の船乗りもコンテナを覗き込んで硬直するのだった。
ここで若手も動き出す。
「あっ、あの〜っ、積み荷は布団なん……」
「シッ! 大っきな声を出すな!」
熟練の船乗りが、若手の口を塞ぎ小声で語りかける。
「いいか! このまま黙ってゆっくりと後退するだ! 絶対に物音を立てるんじゃないぞ!!」
その言葉にコクコクと頷く若手。
「いっ、行くぞ!」
2人は、ゆっくりとコンテナから離れて行き、見え難い位置まで移動した。
「おやっさん。アレは……」
「おい。離れたとはいえ小声で話せ。魔物の聴覚なら気付かれてもおかしくねぇ」
「うっ、うす」
「お前は、今から冒険者ギルドに走れ。俺は、詰め所に行って会社や他の船乗りたちに連絡するからよ」
「わっ、分かりました。おやっさんも気を付けて」
「おう。お前もな」
若手は、直ぐに冒険者ギルドへと駆け込んだ。
それを受けて、冒険者ギルドは倉庫街を一時封鎖する流れとなる。
その後、情報は直ぐに首都ペンドラゴンの冒険者ギルドへと共有され、ギルドマスターの耳に届くのだった。
「はぁ〜……今は、中央に行く準備で忙しいというのに……」
ギルフォードの眉間に皺が寄る。
「お疲れ様です。各ギルドにも相性が有るから推薦者の選抜は大変ですしね」
「ホントだよ。Sランク冒険者からしたらAランク冒険者なんて、似たり寄ったりだというのにな」
「それでも中央に行ったと言う事は最高の自慢になりますからね」
「いっそ少数精鋭で挑むかな?」
「でしたら、ユーリさんたちと殴り合って貰い、その結果から選抜しては? 弱い者が強い者に従うのは世の常ですからね」
「最悪、それで行こう。それで、ベレチアの対応はどうなっている? 相手は、猫型の魔物なのだろ?」
「はい。近くにいた竜種の鑑定によりますとSランクの魔物だそうです。更に、国内での目撃情報が有り、エンキと呼ばれる個体である可能性が浮上しました」
「エンキ……」
ギルフォードの頭には、可愛い妹とその友達の元スライムの姿が浮かぶのだった。
「妖精の箱庭に行って、マリーたちに行かせてくれ。ユーリの転移なら直ぐだろう」
「分かりました」
ビリーはギルドマスター室を後にして、妖精の箱庭へと向かうのだった。
**************
どうして毎度朝食時に厄介事が舞い込むのだろう?
ユーリは、食事しながらそう思わずにいられなかった。
「朝早くに申し訳有りません。魔物騒動の為、至急ユーリさんのお力をお借りしたい案件が有り参りました。時に、マリアナ様とアイリスさんはいらっしゃいますか?」
ギルさんがここの所忙しいのは知っていたし、ビリーさんがカトレア抜きでやってきた時点で厄介事だと思った。
「すみません。2人は、まだ寝てるもんで」
昨日、いつも通りにハッスルした結果だから仕方ない。
でも、おかしくない?
絞られた方は起きていて、絞った方は寝てるという。
「そうですか。なら、少し待たせて貰っても?」
「どうぞどうぞ」
とりあえず来賓室に通し、ビリーさんには待って貰おう。
数十分後。
2人を急いで起こし連れて行った。
「それで、魔物騒動とは?」
「はい。港町ベレチアの倉庫街でコンテナの中から猫型の魔物が発見されました。それに伴い、現在倉庫街を封鎖しています」
「「………(ピクッ)」」
今、アイリスたちが猫と聞いて反応した気がした。
「実は、その魔物なんですが、エンキと呼ばれる個体の可能性があると報告を受けています」
「エンキ?」
「「やっぱりかぁ……」」
アイリスたちを見ると呆れた顔になっていた。どうやら、2人の知り合いらしい。
「ユーリ。ベレチアに行ってくるね」
「アイリス。私もお願いします」
「分かった」
2人は椅子から立ち上がると直ぐに転移で消えた。
「……えっ?」
一瞬の出来事だったので、俺は完全に置いて行かれてしまった。
なので、ビリーさんに詳しく聞く事にした。
なんせ、アイリスたちの行動を見ながら彼は苦笑いを浮かべていたから事情を知っているのだろう。
「ねぇ、ビリーさん。エンキとアイリスたちの関係って?」
「友達ですね。親友と行っても良いくらいのレベルです」
「それって、昔つるんでたっていう?」
「はい。私は、ギルさんからそう聞いてます」
俺もアイリスたちの友達が気になってきた。
「ビリーさん。俺もベレチアに行くので進展があったら連絡します」
「ええ、お願いします」
俺もベレチアに転移するのだった。
「おい、聞いたかよ! 倉庫街にSランクの魔物が住み着いたんだとよ!!」
俺がベレチアに着いた頃には、既に街で噂となっていた。
さっそく冒険者ギルドに赴き、詳細を聞く。
どうやら依然として、その魔物はコンテナで寝ているらしい。
「猫っていえばマタタビだよな」
俺は、近くのペットショップで、マタタビを探す。
しかし、現物は乾燥したものすら無かったので、代わりにマタタビドリンクなる物を購入した。何かに使えるだろう。
ちなみに、この店は小型の魔物も売っていた。
エリーが縁日で欲しがっていたのを思い出し、購入する事にした。
「胸ポケットに入れると人形みたいにジッとしますよ」
店員にそう言われたので、試してみたらヌイグルミかってくらいに動かなくなった。
そのまま指定された場所へと向かう。
「思いの外デカッ……!?」
そこに合ったのは、魔物体のギンカといい勝負が出来るサイズの雌猫の姿だった。
何故雌猫だと分かるのかというと横向きに寝ている為、お腹と股がしっかりと確認出来るからだ。
しかも、器用な事に万歳した状態でコンテナに入り、手をコンテナから出していた。
「………」
俺の目の前には、巨大な肉球が存在する。
この誘惑に耐えられる人は少ないと思うね。
「先に出掛けたアイリスたちがいない理由が気になるけど、いないなら仕方ないよね? 俺が対応するしかないよね?」
俺は、好奇心に対する言い訳をしながら、呼び鈴を押すかの如く肉球をぷにゅとした。




