爵位って正直面倒くさいよね
「テオドール。お前が俺と言い争う事がどういう事か分かっているのか?」
「さぁね? お前みたいに上から目線でマウントを取るしか能がない奴の考えなんて僕には分からないよ。君のお兄さんは立派なのに弟がこれじゃあねぇ……」
ベルベットの家が宮中伯になったのも最近のこと。それまではテオドールの家と同じくらいだった。
伯爵家の中でも少し上になったのは家督を継いだ彼の兄が優秀な人物だからに他ならない。
彼は王や同僚だけでなく領民からも信頼が厚く出世街道をまっしぐらに進んでいる。その結果が今の地位なのだ。
そして、それで気分を良くしたのが弟のベルベットだ。
何かに付けてうちの家の方が偉いと威張る様になっていた。
「なんだとてめぇ!?」
「図星を付かれて頭に来たかい? 同じ様に伯爵家で有り学校のよしみがなきゃこんな事は言わないさ」
「ハッ! 同じ伯爵家? 外にいる伯爵家と宮仕えしている伯爵家を同列に語るなよ」
宮中伯と普通の伯爵家。
大まかな違いが有るとすれば、中央にいるか外にいるかの違いだろうか?
本来ならばそれは大きな違いとなって伯爵位の中でも身分差が生まれるだろう。
しかし、ここは竜王国である。
長命で寛容、身分や立場、種族をあまり気にしない竜たちが治める国だ。彼らにとって宮中伯も普通の伯爵家も同じ伯爵位の認識でしかない。
「あの〜、お2人共。少し落ち着かれてはどうですか?」
伯爵家同士の言い争いに困り果てたアリシアが待ったをかけてくれた。
「すみません。少し熱くなり過ぎました」
アリシアの顔を見て、冷静さを取り戻すテオドールだった。
「あぁ、なるほどな……」
しかし、相手も冷静になるとは限らない。
ベルベットは嫌らしい笑みを浮かべながらアリシアの横に"ドスン"と荒々しく腰掛けた。
「なぁ、テオドール。お前はこの子に気が有るから見栄を貼ってるんだろう?」
「………」
その問いを受けたテオドールの身体かピクッと反応した。それをベルベットは見逃さない。
「あははっ! ビンゴか! だが、お前はこれを知るまい?」
そう言ってベルベットはアリシアの肩へと手を回したのだ。
「「!?」」
突然のベルベットの行動に思考が止まる2人。
「うちには数多くの縁談が舞い込むんだが、その中にはコイツの家からの申込みもあったんだよ。なんでこんな下の家の女をって思ってたから断ろうと考えたが気が変わった。受ける事にしてやるよ」
「はぁ?」
傍から見ていた者たちはテオドールの額に青筋が浮かぶのがしっかりと見えた。
「コイツの家。実は事業に失敗し没落しかけててな。金持ちの家にあっちこっち見合いを申し込んでいるのさ。うちは裕福だからな。来るのは当然さ」
「なんでその事を知って……いや、その前に縁談って……?」
アリシアもこの話は知らない様だ。目を白黒させて驚いていた。
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テオドールたちの側で聞いていて、ふっと思った。
「ベルベットとアリシアの結婚って有りなの? 家督は兄が継いでるから弟のベルベットは婿だろ?」
つまり伯爵家の人間が下の爵位である男爵家に入る事になる。
「今回は特殊なんですよ。彼のお兄さんは宮仕えですからね。領地の管理にまで手を回すのは一苦労でしょう。そこで弟に管理させようって事なんだと思いますよ」
「なるほどね」
結局は男爵家の人間が伯爵家に嫁ぐのと同じ訳か。
「ふむふむ、テオドールはあの娘が好きみたいですね。あんなに強気に喋る姿はあまり見ませんので」
「そういえば、彼女の家からの縁談は来なかったんですか?」
「とんと数ヶ月前までは没落しかけてましたからね。お陰で息子への縁談は何処からも止まってましたよ」
「そうなんですか。なら、今なら大丈夫そうですか?」
「ええ、もう大丈夫です。先月くらいに全て元に戻りました。むしろ縁談の数は増えてますよ。ユーリさんの店のおかげもあって領地の経済成長には期待を持てると周りも思った様です」
「つまり、後はテオドール次第という訳か」
「でも、良いのですか? 下の家に縁談を申し込んでも?」
マリーがコーリス伯爵に心配して聞くと笑いながら伯爵は答えた。
「私の領地は色々有りましたからね。昔ならいざ知らず、今は身分に関係なく好きな人と一緒になってくれればと思っていますよ」
「よし! なら、テオドールを応援しよう」
俺たちは再び3人の話に耳を傾けるのだった。
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「彼女も知らない様だが?」
「娘に知らせず親が勝手に進めるのはよく有る話だろ?」
親が娘を政略結婚の道具にするのは彼の言う様によく有る話だ。
「確かにそうだな。でも、今はまだ正式に記録を交わしていないんだろ?」
他の国なら口約束からお披露目と進んで決まる事だが、竜王国では国民記録への記載がされて初めて結婚が決まった事になる。
これは多種族国家故に国民を正確に把握する為の手続きの一環であったが、いつしか結婚した証となり認知されている。
「まぁ、確かにそうだが結局は一緒だろ?」
「ベルベット。手続きが済んでいないならその汚い腕を引っ込めろ。お前は彼女に馴れ馴れし過ぎる。彼女が可愛そうだ。それに彼女も嫌がっているのが分からないのか?」
誰がどう見てもアリシアは嫌がっている様にしか見えない。
「あんだと? だったら、この女のドレスをこの場で裂いて晒し者にしてやろうか? 非難されたら俺が事故だって言えばいい。この場にいる連中は商人か俺たちより下の家しかいないだろ? だから、しぶしぶ信じるだろうさ」
確かに違うと分かっていても伯爵家がそう言えばしぶしぶ納得する者も出てくるだろう。
しかし、それはベルベットの言った様な連中だけの場合の話である。
「っ!?」
ベルベットがアリシアに回した腕で服を掴んだ事で、彼女の身体が恐怖で震え出した。
それを受けて、テオドールの我慢が限界を迎える。
「………」
テオドールはアリシアに回された腕に手を伸ばすと思いっきり抓ってやった。
「痛っ!?」
ベルベットは慌てて手を引っ込める。その後、激情に駆られたベルベットがテオドールへと掴みかかった。
「てめぇ!」
「ふん!」
そして、ベルベットの身体が宙を舞う。
テオドールは、ベルベットの勢いを利用して投げ飛ばしたのだ。
「ぐはっ!?」
「自分の身を護る為護身術を学ぶのは貴族の務めだ。まぁ、実際に人を投げたのは初めてだけどね。常日頃から基礎を怠っていなくて良かったよ」
そう言って居住まいを正すテオドール。周囲では自分たちの騒ぎに気付き静まり返っていた。当然演奏も中断している。
「アリシアさん。嫌な思いをさせて本当にすみません。もうこれ以上、コイツを近付けさせませんのでご安心下さい」
「えっ? ええっ、ありがとう……」
アリシア自身は今起こった事に混乱しているのか、お礼の言葉が身内に話す様な自然なものになっていた。
「いててっ、お前! 本当に覚悟出来てるんだろうな! 後悔しても知らねぇぞ!!」
テオドールに捲し立てるベルベット。それをテオドールはアッサリ受け流す。
「ベルベット。後悔するのは君だよ。王族すら居るこの場所で騒ぎを起こす時点で間違ってる。まぁ、大騒ぎにしたのは自分だけど」
「王族だ? そんな奴がこの場にいる訳無いだろ? 頭湧いてんのか?」
「無知は罪って言うけど……知らないって怖いね。あの人たちは女の子への嫌がらせとか凄く嫌いな人たちだよ。特に僕が勝手に兄の様に慕っているユーリさんならキレるかもね」
そう言ってベルベットに現状のヤバさを伝えたて諭すテオドール。
「だから、王族なんて何処ーー」
「ここに居るよ」
テオドールは声のした方を振り代えるとそこには既に近くに来ていたユーリさんとマリーさん。それから父親の姿があった。
「兄の様に思われてるユリシーズ・ヴァーミリオンだ。弟が世話になったな」
「彼の妻でマリアナ・ヴァーミリオンです。テオドール君が弟なら私はお姉さんですかね?」
どうやら一部始終聞かれていた様だ。
テオドールは、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうなくらい真っ赤になった。
「………」
それに対してベルベットの表情は石の様に硬直していた。
それから現状を悟ったらしく怒りで真っ赤だった顔は血の気が引き、青褪めた顔わらわらと震え出し謝罪を始めた。
「もっ、申し訳有りません!まさか、王族の方たちがこの様な場にいるとは!?」
「へぇ〜。なら、王族とか上の爵位とかがいなかったらさっきみたいな偉そうで無礼な態度を取るんだ」
「そっ、それは!?」
「言い訳は要らないよ。途中からずっと見てたんだから」
「………」
ベルベットはユーリさんの言葉に何も言えず口をパクパクさせていた。それからユーリさんたちの軽いお説教がベルベットへとされるのだった。
そして、最後にはこう言って締める。
「追って何かしらの話が家に行くと思うから覚悟すること。問題を起こした以上、パーティーへの出席は認めません。カリスさんに謝罪した後に今日は家へと即刻帰りなさい!」
「はい……」
ベルベットはしょんぼりしながら部屋を後にした。そして……。
「テオドール。なかなかやるじゃないか!」
ユーリさんに頭をワシャワシャと乱暴に撫でられた。
「でも、騒ぎを起こしてパーティーを中断した責任は取らないといけないよな?」
「っ!?」
確かに僕も騒ぎを起こした元凶である。周囲を見渡すと多くのパーティー客が僕らの事を見ていた。
「パーティーを再開するには何かしらの目玉が必要なんだよな? そう例えばさぁ……」
ユーリさんは僕の身体の向きをアリシアさんの方へと向けた。
「一組だけのダンスとかね」
ユーリさんの顔を見やると視線で合図を送っていた。その相手はこのパーティーの主催者であるカリスさんだった。
彼女は演奏家たちの所に移動して指示を出している。
「本気ですか!?」
「出来るよな?」
ユーリさんはとても面白そうに笑っていた。
「はい!」
僕は覚悟を決めて返事をした。
そして、アリシアさんにお辞儀をし手を差し出す。
「アリシアさん! お疲れの所恐縮ですが僕と踊って下さい!」
「はっ、はい! 喜んで!!」
彼女は笑顔で僕を受け入れてくれた。僕は緊張しながらも彼女の手を取り中央へと進む。
着くと同時に演奏が始まり、2人だけのダンスが行われた。
「ごめんなさい。こんな事に付き合わせて。踊り難くない?」
「いいえ。むしろ助けて下さりありがとうございました。それとダンスは凄く踊り易くて安心出来ます」
「そう? なら、良かった」
僕たちは2人だけの世界で楽しいお喋りをしながらダンスは終了した。周囲の拍手がとても心地良い。
それが引き金となりパーティーは無事に再開し他の人たちもダンスを踊り始めた。
それからパーティーが終わるまで問題なく続いていた。
後日談。
パーティーが終わった翌日から色々と有った。
まずは、ベルベットの兄が彼だけでなく両親も同伴で謝罪に来た。今回の件はそれだけ不味いと思ったらしい。
罰としてベルベットは改心させる為に教会で奉仕活動させるそうだ。期限は無期限だそうで今後の彼次第だ。
その上アリシアにも干渉しない旨を伝えて去っていった。
更に翌日。
僕は男爵家を訪れた。アリシアさんの両親に説明と謝罪をする為だ。でも、メインはそれではない。
「娘さんを僕に下さい! お金なら僕が何とかしますから!!」
そう言った結果、婚約と相成った。
アリシアさんが嫌がって無かった事とユーリさんから渡された袋を渡した事が決め手となった。
それから更に翌日。
今度はユーリさんの経営するセリシールへと向かう。そこの経理を行う奥さんたちの前で挨拶する。
「今日から頑張りますので、宜しくお願いします」
そうここで一時働く事になったのだ。理由はユーリさんから渡された袋にある。
アレには男爵家が安定出来る程の大金が入っていた。
「タダでやっても良いけど、それじゃあ意味がないよな?」
自分でもそう思う。なので、ユーリさんの薦めた場所で働く事にした。
「さて、バリバリ働くぞ!」
書類の山を前にして、僕は気合いを入れ直すのだった。
結局、めっちゃ長くなってしまった。分けるにしては、中途半端だったのですみません。




