人工天使
ゲンチアナにあった地下通路。
住居スペースの様な2階層を降りて、マジックエレベーターで降りた3階層は、また変わった場所だった。
「こっちは、研究スペースなのか?」
魔物の骨が転がる鉄格子の檻、古くてダメになっている薬品が置かれた薬品部屋、フラスコや試験管が置かれた机の並ぶ部屋など。
軽く見て回っただけでも研究所だったのかもしれないと思う場所だった。
だからだろうか、当然この部屋もあった。
「おっ、レアな本を大量に見っけ!古い薬草学か!!」
「こっちも見て下さい!禁呪を記した本ですよ!」
「凄い数の禁書ね。状態も意外といいし」
俺たちは、図書室だろう場所で本を漁りまくった。
「研究資料もあるみたいですね。でも、古代文字らしく読めません。それとも私が知らないだけでしょうか?」
イナホが、本棚からファイルを取り、俺たちに見せてきた。
「古代文字で多分間違い有りませんよ。私も読めませんし」
マリーは、王族な事もあって公務などで使われる種族言語を殆ど知っているが、この文字は知らないらしい。
「私も無理ね。ユーリ君は?」
「普通に読めるぞ。しかし、タイトルを読む限り、ヤバそうな研究が書かれてるみたいだな」
タナトス様のおかげで普通に、この文字を解読する事が出来る。
俺は、イナホからファイルを受け取り中を読み進める。そして、その残忍さに怒りを覚えはじめた。
「何が書いてあるんですか?」
「……天使の人工製作研究」
その内容を簡単に言うと、年端も行かない少女の肉体に天使の死体から回収した羽根を移植し、人工的な天使を生み出す研究だった。
天使の羽根は、魔力の塊で出来ている為、普通なら消えるのだが天使の場合は違う。死因によっては、羽根が残る事が有るのだ。
例えば、羽根を出した状態で突然死んだ場合とかだ。
天使は、神の使いとして神聖視される事がよくあるからそれが原因だろう。
「なるほど。ここでも、そんな研究が行われていたのね」
「ここでも?」
エロースの口ぶりから何かを知ってそうだったので尋ねてみた。
「過去の大戦でね。戦力増強を視野に入れて行われてたのよ」
大戦。たまに聞く言葉だが、それが起こった時、世界の半分が滅んだらしい。ガイアス爺さんが酒を飲みながら語っていた。
「でも、全て中止……というか廃止されたそうよ。なんせ、全天使を敵にまわしたのだから」
「そりゃあ、そうだろうな。天使の死体から取った羽根を使うんだもん」
「羽根ならまだ良いのよ」
「羽根なら良いんだ……」
「問題は、血や肉、骨を使った事ね。それが、虎の尾を踏む原因になったって、死んだお婆ちゃんが言ってたわ」
大戦時には、ホント色々あったんだな……。
「なら、この本はどうしよう? こんなヤバい研究書でも貴重な資料だしな」
「ユーリ君が持っておくなら良いんじゃない?」
「良いのか?」
「古代文字を読める人自体が少ないし。それに、ユーリ君はそれを悪用すると思わないからね。そもそも女の子を傷付けるの凄く嫌いでしょ?」
「分かった。それなら貰うよ」
俺は、研究書をアイテムボックスに封印する事にした。
それから探索を続け、アイリスが言っていた領域へと辿り着いた。
「……何も無くねぇ?」
そこは、ただの広い部屋だった。中には何も物が無い。
「(そこの中央に認識出来ない領域が有るんだよ)」
俺たちは、アイリスの念話通りに中央へと進む。
「「えっ?」」
そこで、変化が起きた。横にいた筈のマリーとイナホが、突然消えたのだ。
「トラップ!?」
「いや、違うぞ! 多分、領域内だ!!」
俺達の周囲には、白衣を着た死骸が大量に転がっていた。
「確かにそれなら納得が……ユーリ君!あれ!!」
エロースが指差した方を向くと死骸の山の中に、剣で磔にされた漆黒の羽根を持つ天使がいた。
「惨い……」
その少女の掌や太もも、胸には、白い剣が刺されている。
「生きてるの……?」
しかし、俺たち関心はそこではない。エロースからも漏れた様に、俺も当然そう思った。
何故なら、磔にされた彼女からは僅かだが生気を感じるのだ。身体の方も一切朽ちた様子が見当たらない。
「この剣。聖魔力の楔だな」
剣から妙な魔力を感じるので鑑定した結果、聖属性の魔力を固めて作った事が分かった。
しかし、ついでに見た彼女からは何も分からなかった。
マリーたちも認める俺の鑑定が役に立たなかったのは、初めての経験だ。
「なるほど。その剣で、彼女を封印したのね」
「抜けば起きるかな?」
「難しいかも……剣を握る死骸を見るに剣の1本に対して1つの命で作られてると思う」
エロースの見解は正しい。鑑定から結果でも、そう書いてあった。
5人がかりで封印したという事か……。
「とりあえず、放っておけないから助けよう」
「暴走するかもよ?」
「その時は、2人で抑えるか逃げれば良いさ」
「それもそうね」
俺たちは、覚悟を決めて剣へと触れる。
しかし、その瞬間に剣が全て忽然と姿を消したのだ。
その結果、漆黒の天使が磔から落ちて倒れかかってきた。
「おわっ!?」
俺は、咄嗟に支えようと前に出たものの、死骸で足を滑らせて……。
「んんっ!?」
「………」
漆黒の羽根を持つ天使とキスをした。
「ユーリ君……」
エロースの呆れた表情がとても印象的だった。そして……。
「んん……っ」
もう一人の天使の目がゆっくりと開き始めて……。
「かふっ!?」
何処から出したのか、漆黒の剣に腹を刺された。
「ユーリ君!?」
「っ!?」
俺は、追撃の剣を躱し、距離を取った。刺された場所は、凄く熱くてかなり痛む。
「よくもよくもよくもよくもぉおおーー!!」
そんな中、彼女の絶叫が響き渡った。
「どうして、どうして、どうして!!」
彼女は、完全に暴走している様だった。
「エロース。彼女を止める。手を貸してくれないか?」
「当然貸すわ。その代わり、帰ったら美味しいお菓子をお願いね♪」
「あぁ、飛びっきりのを用意してやるよ」
こうして、俺たちは暴走した少女を助ける為に立ち向かう事にしたのだった。




