観光都市ゲンチアナ
竜王国の西に位置する丘陵地帯にあるゲンチアナ。
そこは、特別自然美観地域とされており、豊かに広がる田園と小さな村といった風景を推している。
そして、何より有名なのは丘陵を活かして植えられた月光華だ。
この花は、月の光をその身に宿し、淡い緑に発光しながら夜の間に白い花を咲かせる事で有名だ。
また、この花は幸運の代名詞として例えられる。
何故なら、この花の開花を見られるのは、春の間のごく一期間のみなのだ。それもあって、『見たら幸運になれる』と言われている。
そして、この花の生息域なのだが、これまたこの地域のみなのだ。
それらが重なった結果、その稀少性と幻想的な光景を一目見たさに各地から多くの人がここを訪れる様になった。
その観光客による収益は、一都市の年間予算に匹敵する程の額に登るそうだ。
だからだろう。街全体の力の入れようも相当なものだ。所狭しと色々な露店が建ち並ぶ。
月光華が開花している間は、街を上げて祭りとなるそうだ。
「ユーリ、ユーリ! こっちに面白そうな屋台があったよ!」
「ユーリさん!そこの宝石探しゲームやって来て良いですか!」
「射的ですか? 少し荒らしてきましょう」
「良いですね。では、姉さん。勝負しませんか? 勝った方が1回だけ命令出来るって事で」
「あっ、私もやりますよ。リリア姉さんやリディア姉さんをぎゃふんと言わせてみせます」
「「望む所です」
皆、うきうきと建ち並ぶ露店に目を輝かせている。
「遊びに行くのは良いけど、宿に荷物を降ろしてからにしような。これだけ人が多いから置き引きとかも起こるらしいしね」
『は〜い!』
「ユーリさん、大丈夫です。その時は、犯人に地獄を見せますから」
「とりあえず、埋めましょう」
「その上で説教ですね」
リリアたちは、犯人に容赦無いなと改めて思った。
「その時は、程々で……」
という訳で、俺たちは、今日から宿泊する宿へと移動した。
街を流れる河沿いを歩き、月光華が植えられた丘から10分程の所にある宿『妖精の雫亭』。
木造2階建てで、屋上からは月光華の植えられた丘が見渡せる。
実は、この宿。オーナーは俺だったりする。
この時期、ゲンチアナ周辺の宿は、大金を出しても予約が取り辛い。なんせ、いつ開花か分からない為、この時期に狙いを定め何年も前から週単位で予約していたりするからだ。
そもそも、うちの人数だと宿を丸ごと貸し切りにでもしないといけない程の団体になる訳で、金額も家を建てれるくらいだ。
それなら、いっそ宿を丸ごと買い取るのはどうだろうか?
または、土地を買って別荘を建てるのは?
この2択が頭をよぎった。
しかし、別荘を建てたからと言って維持は誰がするのか?
そう思った瞬間、宿の従業員ごと買い取る事にしたのだ。関係ない時期は、ただの宿として使えば良いし。
一応、他の街への中継地点にもなっているから多少の収益は見込めるだろう。
この宿との出会いは、ギンカと街を探索した時に遡る。
「宿を従業員ごと買いたいんですけど、何処か良い場所は知りませんか?」
「………」
不動産に詳しいといえば商会ギルド。俺たちは、ゲンチアナにある商会ギルドに聞きに行った。
ガラガラ………ピシャリ。
「………」
目の前で受付のシャッターを降ろされたよ。
基本、俺自身は金持ちに見えないから荒らしだと思われた様だ。
「仕方ない。冒険者ギルドのマスターに頼むか」
「いえ、必要ないでしょう。シャッターを破壊すれば良いんです。こんな無下に扱う者には」
「お願いだから止めようね!」
今のギンカならジョークなんだろうが、昔のギンカならやりかねなかったので、止める事にした。爪を伸ばしてたし。
そして、冒険者ギルドのマスターに会う。
「宿を購入したいと?」
「ええ、従業員をそのままで。俺たちが使わない間は、今まで通りに営業して貰って良いので」
「ふむ……」
ゲンチアナのギルドマスターは、少し考え込むとある事を思い出した様だ。
「私の古い友人が宿を経営していたのですが、何分賭け事が好きな奴でして、宿を担保にしてしまった奴がいるんですよ。
今、ソイツの宿は借家になってましてね。それでも営業をしているのですが、借金のゴタゴタで建物自体が荒れてまして、客の入りも少ないそうなんです。
それでも良ければ、直ぐにでも紹介出来ますが?」
「ホントですか? 頼みます」
という事で、ギルドマスターの紹介でその友人に会いに行ったのだが……。
「すみません。親父は先月亡くなりまして……」
「そっ、そうか。奴がな……」
どうやら、亡くなっていたらしい。
「それで、原因は? 最後に会った時は、金欠じゃが元気にしておったのじゃが?」
「討伐クエストです。借金を少しでも返す手段として討伐クエストに出たんです。それから帰って来た時には、既に死体になってました」
「待て! そんな話を私は聞いておらんぞ!」
確かに、クエストで死人が出たらギルドマスターの耳に届くのは当然よ筈なんだが?
「裏クエストだと言っていました」
裏クエスト。
冒険者ギルドに登録されていないクエストのことだ。主に、暗殺など闇ギルドが運営する違法クエストになる。
冒険者ギルドのクエストと違い、報酬は数倍になる。その分、危険性や違法性は増すけれど。
「アヤツは、なんて物に手を出したんだ……」
「これが人生最後のギャンブルだと言ってました……」
「人生最後のギャンブルか……」
そして、俺たちは一度この場を後にした。河沿いを少し歩いた所でギルドマスターはポツリと漏らした。
「ユリシーズ殿」
「うん、何です?」
先程まで友人の死を悼んで落ち込んでいたギルドマスターは、覚悟を決めた様な顔をしてこちらを向いた。
「ギルドマスターとして貴方にクエストを受けて頂きたい」
「………内容は?」
「この町の闇ギルドを摘発します」
「………」
闇ギルドの摘発。
それは、下手をしたら都市を丸ごと巻き込む程の危険な行為だ。
本来なら余程酷くない限り、黙認されることなる。
「アヤツの死は、この町の闇ギルドを放置した儂にも責任がある。それに借金すらも儂が手を貸せば返せなくはなかった……」
「それは、後悔? それとも同情?」
「両方じゃよ。もしとか、たらとか、ればとか、仮定の話しても仕方ないは分かっておる。
でも、奴の為に儂も何かしらをしてやりたいんじゃ」
「………ギンカ」
「はい、何でしょう」
「ちょっと、暴れようと思うけど付き合うか?」
「ご主人様に付いて行きます」
「ユリシーズ殿!!」
「その代わり、ここの交渉はギルドマスターに任せたよ」
「はい、お任せ下され!」
翌日。
「なっ、貴様らは何ーーくふっ!?」
「俺たちに手を出してーーがはっ!?」
「男は危険だ!先に女の方をーーあうっ!?」
「なっ、何なんだ一体!? 皆がどんどんやられていくぞ!?」
町の外れにある屋敷で数多くの悲鳴が上がった。
その悲鳴は、近隣の住民により通報され、騎士団が出る程の騒ぎとなった。
騎士団が到着した時には、騒ぎは納まり静かになっていた。確認の為屋敷に入った騎士団たちが目にしたのは、闇ギルドの犯罪証拠と共に縛られた者たちだった。
冒険者ギルドは、この件を闇ギルド間の抗争として捉え、証拠を元にこの者たちを処断する事にした。
「感謝します。ユリシーズ殿」
「はて、何の話です? しかし、大変でしたね。闇ギルドの抗争なんて。あっ、交渉してくれました?」
「……交渉は、終わりました。残された家族は喜んでいましたよ。ですが、良いのですか? 彼らの借金まで一緒に買って」
「う〜ん、なんか。助けた方が良い気がしたんですよね。まぁ、単なる気まぐれです」
「そうですか。なら、もう言いません」
という事が有って、ここのオーナーになったのだ。
その後、ここに住む家族に許可を貰い、宿を改築した結果、今に至るのだ。
「「いらっしゃいませ!」」
「よろしく頼むよ」
『よろしくお願いします!』
「はい、楽しんで行って下さい!」
こうして、楽しい観光が始まった。
仕事が忙して投稿が少し遅れてました。
やはり、6勤1休み5勤の時はキツいですね。ペースを維持出来る様に頑張ります。




