ユキとマリエルのお願い
それは、アルスマグナ魔法学校の事務室へと届けられた。
「ん? 投函の魔法で手紙が来ているな」
事務の男性は、それを手に取り、表の宛名を確認する。その後、裏にある封蝋も確認した。
「ベル先生宛にサクラカンパニーからか……」
サクラカンパニーといえば、竜王国で話題の商会の1つ。独自の商品により一気に有名店の仲間入りをしたセリシールが有名だ。
冒険者であり我が校の教師であるベル先生に手紙?
Sランク冒険者だから手紙くらい来るだろう。しかし、商会がわざわざ冒険者宛に手紙を出すものだろうか?。
「内容が気になるな。ダメ元で、持って行って聞こう」
本来なら決まった時間に纏めて職員室へ持って行くのだが、男性は好奇心からそれだけを持っていく事にした。
「私宛に手紙ですか?」
ベルは、事務員の男性に差し出された手紙を怪訝そうに見詰める。
「何か、不味いものでしたか? それなら此方で確認しても構いませんが……」
「あっ、いえ。前回の魔物騒動が頭をよぎったもので……」
そう、ここで働くベルに手紙が来ることはまずない。チームのメンバーは筆不精だし、実家には居場所を伝えていないのだ。
尤も、そろそろ実家にバレそうな気はするけど……。
そして、手紙を送る人として思い当たる者といえば妖精の箱庭の主。自分の師匠でもあるユーリ・シズ、その人だ。
「あっ、ギンカという魔物の件ですね!」
彼の従魔であるギンカが、校内で暴れたのは記憶に新しい。
「ええ、その主からだと思って」
「主って事は、冒険者ですよね? ですが、封蝋は桜を模したと云われるサクラカンパニーのものでしたよ」
「あの商会は、彼の持ち物なので。元々は、彼の領地のシンボルを表したモノですよ」
ベルは、手紙を受け取りを確認する。
表には、見慣れた筆記で書かれた自分の名前。裏には、5枚の花びらを付けた花印が押されていた。
ベルは確信を得たので、机からナイフを取り出し封を開ける。
「ナニナニ、チームの皆は元気にしてる様ですね…………えっ?」
手紙を読み進めていたベルの表情が突如凍り付いた。
「……失礼で無ければ教えて貰っても?」
「来るそうです」
ベルは、これから起こるだろう騒動を予感して頭を押さえた。
「誰が?」
「ギンカさんの主で、サクラカンパニーの社長の彼がです。なんでも、昇級試験の時期を狙って、学校見学に来ると」
「……それ、校長に知らせた方が良いのでは?」
「今、直ぐにでも行ってきます。手紙ありがとうございました」
ベルは、事務員の男にお礼を言って行動を開始した。
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ベルが手紙を受け取る数日前。
ユキとマリエルが、改まってお願いしてきた。
「お兄ちゃん / ユーリさんにお願いが有ります」
「ん? 2人揃ってどうした?」
「前回のゲームの権利を使わせて欲しいのです」
「可能な範囲で叶えると仰っしゃりましたよね?」
「あ~っ、言った言った。そういえば、2人は要望を言ってなかったな。モカたちの件があって忘れてた」
あれは、モカたちによるなかなかの仕返しだった。
あっ、でも、俺が仕返しを返さない訳がないよね。しっかりモカを辱めましたとも。
……ほんと色々やったよ。本人が諦めるくらいに。
多分、薄い本が出来るレベルのプレイだったわ。
「それで、お願いってなんだ?」
「外の学校に通ってみたいのです。エロース先生たちの授業を受けて、外の学校に興味を持ったんです」
「エミリアさんから魔法学校で行われる行事やイベント等を聞いて興味を持ちました」
「なるほどな。あっ、エロース。丁度良い所に来た。ちょっと彼女と話して来るよ。2人は、待っててね」
俺は、通りすがりのエロースを呼び止め、学校の話をする。
「なぁ、エロース。例の編入の話をユキたちにしたか?」
「いいえ、まだよ。募集も始まってないしね」
「そうか。でも、本人たちは通いたいみたいなんだ。エロースたちから見て、編入は問題なさそうか?」
「全く問題ないわね。語学に関しては、一般レベルだけど。魔法に関してなら3~4年レベルあるからね」
「なら、2年生編入はイケそうだな」
「そうね。その上、今年の昇級試験でエミリアちゃんは2年生になるだろうし、ベルも2~3年は勤務すると思うわ。まぁ、そこは、カトレアの育児次第だけど」
「とりあえず、タイミング的には最高な訳だ」
「そうなるわね」
前々から何度も思った事だが、年少組に外の世界というものを経験させるべきだと思っていた。
冒険者をしているので、あちらこちらに行きはするが、学校でしか経験出来ない事がある筈だ。
「なら、その計画を推し進めよう」
「良いの? いつからする?」
「問題ない。そして、可能なら明日からで頼む」
「分かったわ。他のメンツにも話しておくね」
「ああ、任せた」
俺は、エロースとの話を終わらせ、再びユキたちの方へと戻った。
「さて、エロースと話して来た訳だが、ユキ、マリエル。報酬として、そのお願いを聞くのは却下だ。別のものを考えなさい」
「ダメなんですか? どうして?」
「……お金の関係で? 自分のお金でなんとかします。足りない分は、働いて返します。それでも?」
俺が却下と言った事で2人は落ち込んだ。
「悪い。言葉足らずだったな。却下なのは、報酬の願いとしてだ。学校に通う事自体は、否定しない」
「ホントに!?」
「良いんですか!?」
「ああ、むしろイナホたちと一緒に2年時編入で通わせるつもりだったんだ」
「そうなんです?」
「丁度、今年エミリアが2年生になるだろうし、ベルも働いているからな。それに、そこでしか出来ない経験というものが、世の中にはあるんだ。その時には気付かないものだけど、後々思い返すと良い経験だってね。そういうのを学んで欲しいんだ」
俺は、2人の肩に手を乗せて続ける。
「そこで、昇級試験を見学に行こうと思うのだけどついて来るか?」
「行くです!」
「行きます!」
「よし! なら、ベルに頼んで手続きして貰うかな」
数日後、ベル宛に手紙を投函魔法で送付した。その翌日には、ベルからの返事が返ってきた。
返事の内容によると冒険者として生徒を危険から護る代わりに見学許可をくれるそうだ。
こうして、アルスマグナ魔法学校の昇級試験を見学しに行くことが決定した。




