クーデター 迎賓館と王宮の場合
和国にある唯一の迎賓館にて。
「襲撃されるかもしれないので、その時は各自で迎撃して下さい」
マリーは、自分のミスを後悔した。ちゃんと話を聞いてから行くのだったと。その為、説明不足が原因で、再び迎賓館を訪れる事になった。
だから、行ったついでに大使たちがやり過ぎないか、監視してくれとユーリに頼まれてしまった。
「姫様。竜王国の者が他国で暴れるのは、マズいのでは無いでしょうか?」
「大丈夫。和王から許可を頂いたそうですよ。国内での騒ぎに巻き込むかもしれないので済まないとも仰ったそうですよ」
ここら辺の事は、帰るまで知らなかった事だ。
「襲撃して来るかもしれない者たちは、華族派の人間らしいです。しかも、裏で手を引いているのは、商会ギルドの会長だとか」
「会長は、浅虫と呼ばれる者が長でしたね」
商会ギルドの会長は、浅虫と呼ばれる男だ。
彼は、国内の貿易に関して個人から国まで仲介として常に関与してくる。その為、彼が良しと言えば通るが、ダメと言えば通らないのだ。
「和王も常々彼を何とかしたかった様ですが、市場を掴まれ何も出来なかったそうです。しかし、クーデターともなれば話は別。それを理由に、華族としての権利剥奪並びにお家取り潰しを行うつもりの様です」
「なら、私たちにメリットが有りますね」
「ええ、商会ギルドの者たちは、王侯派に傾くでしょう。また、和王は協力の報酬として我が国との取引では優遇するとの事です」
「分かりました。来たら全力で迎撃します」
「ここを壊さないように建物に障壁を張っておきましょう」
「更に、一人も逃さないように敷地も結界で囲いましょう」
大使たちが、凄くやる気を出した。
それもそのはず、今まで色々といちゃもんを付けられるわ、高い仲介料を要求されるわで良く思っていないのだ。
そして、大使たちが準備をする間に変化は訪れた。
「おや、可能性の話だったのですが、ホントに来たようですね」
マリーの魔力感知には、入り口に集う多数の人影が見えていた。
また、かなりの人数を感じる事から竜種を警戒して部隊の半分以上を振り分けたのだと思われる。
「千人程ですか。竜種を相手に舐められたものですね」
ここに居る竜種は、マリーも含め全部で6人。本来ならその6倍の人数を当てるべきなのだ。
「代わりに鬼人族を主として編成した様ですね。なら、多少やり過ぎても問題ないでしょう」
鬼人族は、亜人の中でも丈夫な分類に入る。生命力も強く、手足をもがれようとも死ぬ事はそうそう無い。
「では、狩るとしましょうか」
マリーは、笑顔で大使たちに告げる。
「竜種の怖さをしっかり焼き付けてあげなさい!」
『了解しました!』
美女たちが、嬉々として部屋から出て行った。
その後、迎賓館で行われたのは、蹂躙という名の地獄だった。
竜種たちは、多重障壁を常に展開しているので、剣が届く事はない。また、当然魔法が届く事もないのだ。
そんな彼女たちが、素手で敵対する者たちの手足を徹底的に折る。鬼人族に対してはシンボルの角までへし折る所業。
そして、死にかければポーションや魔法で完全回復後、再び折る。
逃げだしたくても竜種が張った結界に阻まれ逃げる事は叶わない。その為、クーデターが終わるまで彼らの絶望は続くのだった。
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桂花中央に位置する和王の城にて。
「ーー以上で御座います」
和王は、睦月よりクーデターの可能性を聞いていた。
「クーデターか。華族のみで権力を握りたいあの者らしい」
幾度となく浅虫は和王を排そうと動いてきた。しかし、睦月の助力もあって失敗に終わっている。
また、罷免したくとも市場を掴まれては手出しが出来ない。
「分かった。早急に華族の長たちを招集しよう。宮廷魔道士も好きに使うが良い」
「ありがとうございます」
「して、宮廷魔道士を何に使うのだ?」
ここの警備を手薄に見せ掛ける為、宮廷魔道士を借りたいと聞いたが、何もさせないという訳では無いだろう。どう使うのか気になる。
「商会ギルドの周辺に分散して配置します。クーデターが起こった際は、警備を名目に商会ギルドに向かわせます」
「なるほど。本来なら商会ギルドも襲撃されるので、部隊を差し向けてもおかしくない訳か」
「はい。そして、宮廷魔道士をもって商会ギルドを制圧します。あわよくば、浅虫の悪行に関する証拠も押さえられればと思っております」
敵にするなら怖いが、仲間だとこれ程頼もしい者もいないな。
「しかし、騎士団の方は間に合うのか? 間に合わなかったでは、済まされないぞ?」
「そこは、絶対と言って良い程大丈夫です。娘婿の実力を信頼していますから」
「サーペントトータスを単騎討伐といい、それ程の者なのか?」
「ええ、関係を結ぶ上でも私の娘を2人やりましたが、寧ろ安いと思う程です」
竜王国の姫とも添い遂げていると聞く。そこまでして関係を持ちたい者か……。
「なら、我も信頼しよう。上手く行った暁には……」
その時、和王の中でユーリの評価が、事実とは違う方向に行っていたが、睦月には知る由もなかった。
そして、数時間後、八華会議が始まる。
「これより八華会議を行います。まずは、現在、我が国で起こっている魔物騒動について」
円卓のように八つ並べられた机から睦月が立ち上がり、会議を進行する。
「サーペントトータスは討伐完了。もう一体の魔物『クラプドン』に関しては、現在騎士団と連携して対応に当たっております。
また、これらの封印解除に関して調査した結果、故意に行った者たちが確認されました。一部拘束して聴取した所、浅虫殿の商会が営む系列店の者でしたが、申し開きは有りますか?」
「私は、商会ギルドの会長ですから店関連で調べると何処とでも繋がるでしょうよ。そこまでして、私を疑いたいのですかな? その程度で自分たちの失態を隠せると思うのは、少し浅はかですね」
浅虫は、どこ吹く風といった様で、老獪な笑みを浮かべている。
「ほぉ、失態とは何の事を言っておられるのでしょうか?」
「人の口に戸は建てられぬもの。市政では、サーペントトータスの討伐で多大な犠牲が出たと広まっていますよ」
「討伐に犠牲は、付きものです」
「また、クラプドン討伐に冒険者たちだけをやるのではなく、騎士団も出ると? 冒険者ギルドの衰退が見て取れますな」
私も思った様に、浅虫もそう思い込んでいる様だ。
「まだ、封印が解かれた訳では有りません。その前に捕らえる為にも騎士団に要請したまでです」
騎士団の方が冒険者に比べ、移動が速いのは周知の事実でもある。
「無駄でしょうね」
「何故です?」
「私の情報によれば、アレは、もう間もなく目覚めるそうですよ? 睦月殿は、ご存知ない?」
浅虫は、睦月を小馬鹿にしたように、くすくすと笑う。
「……ええ、知りませんね。封印を更新してから数年と経っておらず、そう簡単に解けると思われません。
しかし、それはまるで解けるのを知っていた様な口ぶりてすね?」
「ご冗談を。そんな金にならない事は致しませんよ」
事実金にならないので有れば一切動かないのだが、動くとなると必ず動くのがこの男でもある。
「しかし、騎士団に要請するとか、国の金を何だと思っているのですかな? 冒険者の方が安く付くのに」
「……金勘定しか頭にない貴方には分からない判断ですよ」
浅虫と睦月の険悪なやり取りに周囲の華族たちもざわめき出した。
「確かに、人手不足は事実やもしれぬな」
ここは、噂が真実な様に動き、後押ししよう。
「我からも宮廷魔道士を借りておる。故に、ここの警備は薄くなっており、貴殿たちを危険に晒すが許して欲しい。全ては、民を優先した我に責任がある」
「和王様!? 頭をお上げ下さい!」
「そうです! 我らが死んでも一族が代わりを務めましょう!!」
「そもそも悪いのは、睦月殿です!」
「それは、仕方なかろう! 寧ろ、かの魔物の被害が長期化する前に止めたと褒めるべきだ!!」
「だが、被害が甚大なのは事実であろう!!」
頭を下げた事が功を奏し、この場にいる者たちは噂が真実だと認識し騒ぎ出した。
王が頭を下げるのは恥ずかしい事だが、これから起こる事の為なら安いものだ。
「それはそれは、ならば、私の傭兵部隊をお貸し致しましょうか? こんな事もあろうかと城の前に100人程待機させております。彼らでお守り致しましょう」
「浅虫殿!城に、大挙してやって来るなど正気ですか!?」
王侯派の華族が立ち上がり、浅虫を叱責する。
「市政の声に耳を傾けたに過ぎませんよ。私は、和王位の御身が心配なのです。どうか、城へ入れる許可を頂けませんでしょうか?」
「……許可しよう。この場に来させるがいい」
「「「和王様!?」」」
「では、その様に。おい、連れてこい!」
「御意」
浅虫が背後に控えていた従者に指示を出して数分後、武装した傭兵たちがやって来る。その彼らは、何時でも動ける様に武器に手をかけていた。
「……和王様。これを期に、政は全て華族だけに任せては如何ですかな?」
「浅虫殿!? 突然何を!? 失礼ですぞ!!」
「ほう、華族のみでやりたいと申すか? 何故だ?」
「王族を入れて八華。七華の方が会議も進みましょうて。政から引く気は御座いますかな?」
「私もその案に賛同します」
「私も常々思っておりました」
浅虫の発言に華族派の者たちが同意を示す。
「断る。それは、貴殿たちが金で全て回る様にしたいだけであろう?」
華族といっても王侯派の者たちは、華族派に比べ貧しかったりする。それが理由で、少数の華族派が王侯派と対抗出来ているのだ。
あまり考えたくないが、華族のみになった時、会議の度に金をチラつかせ賛同を得ようとするのだろう。
「そうですね。その方が、自由にやれて良い」
自由とは、自分の好きに出来るの自由なのだろう。
「では、強制的に引いて頂きましょう」
浅虫の宣言を聞き、傭兵たちは武器を抜いた。
「お止め下さい、浅虫殿! こんな事をして何になると言うのです!!」
「……煩い虫だ。見せしめに殺りなさい」
「っ!? ………睦月殿!?」
王侯派の華族に傭兵が斬りかかった所を睦月が刀で斬り伏せた。
「浅虫殿。これは、国家への反逆と見なして構いませんか?」
「……そうですね。やはり今まで目障りだった貴方から消えて貰いましょうか」
「そうですか。なら、此方も抵抗するとしましょう。術式解除!さぁ、姿を見せてあげなさい!」
睦月の合図で、突如傭兵たちを取り囲む様に、部屋の周囲に冒険者たちが出現した。
『こっ、これは!?』
「彼らは、かの討伐より戻らなかった者たちです。私の娘婿より教えて頂いた隠遁の術で隠しておりました。魔法の感知では分からない優れものでしてね。おかげで、最後までバレず配置出来ました」
睦月は、刀を浅虫へと向ける。
「サーペントトータスの討伐で多大な犠牲? 生憎怪我人は出ましたが、死者はゼロですよ。噂は、治療の為屋敷から帰さなかったからですよ」
「そういう訳だ。お前たちを国家反逆で拘束する」
「ギルドマスターとして命じます! 全ての元凶を拘束せよ!」
「クソっ! 和王と王侯派を殺せば後は何とでもなる! 首を取った者には、一生遊ぶ金をやろう! 殺れ!!」
こうして、王宮は混乱の坩堝と化していった。




