開店準備は、色々順調の様です
従業員たちが、妖精の箱庭で研修を始め、そろそろ1ヶ月。研修の終了予定まで、後2週間程だ。今の所、不満もなく順調に進められている。
研修の内容は、予想通り座学が多くなった。
理由は、貧困層から多くの子を雇った為、計算や読み書きが最低限しか出来ないのだ。とりあえず、計算がちゃんと出来るくらいには育成しよう。
接客に関しては、特に問題は無かった。
最初からある程度のレベルで出来る様だ。何かしらの対人経験の有る人を雇ったからだろう。細かな点に思う事が無くはないが、一通り形になっている。
「接客の際は、自分がして貰ったら嬉しい事を相手にしなさい」
そう伝えたら、劇的に良くなった。後は、場数を熟せばなんとかなるだろう。
寮についても問題なさそうだ。
試しに、何組かに家族を呼んで貰い暮らしているが、こっちも不満は出ていない。
「ありがたや、ありがたや!」
むしろ、家族から感謝された。普通の家より広いからかもしれない。だから、本物の寮でも2LDKにするとしよう。
広いといえば、ある要望が挙がっていた。確か、2週間経った頃くらいに行った歓迎会の時だ。
「部屋が広いので、数人で住んではダメでしょうか?」
なるほど。部屋の広さが通常の家より広いからシェアしたいという訳か。それなら、同居人と折半する事で、家賃を安くする事も出来るな。
「採用。ただし、分かりやすくする為に食事代は別にするよ」
家賃を金貨3枚、食事代を金貨2枚にする事にした。
「提案したという事は、リゼは誰かと住むのか?」
色々あって親しくなったので愛称で呼ぶ。会社の社長と従業員が親しくなるのは問題な気がするが、この娘が言い回らなければ大丈夫だろう。
「エヴァと一緒に住もうかと」
「ああ、彼女ね。確か、一緒に路地裏で過ごしてたんだっけ?」
「はい」
「良いんじゃないか? 1人1部屋使って、その他は共用にすれば、プライベートも大丈夫だろ?」
「はい、そのつもりです」
「あっ、そうだ。後で、エヴァに俺たちの関係を口外しない様に口止めしておいてね。言ったらクビにするしか無くなるから」
「っ!? 彼女にもしっかり言い聞かせておきます!」
俺の言い方が不味かったのか、リゼが緊張で固まった。
「そんな大袈裟でなくて良いよ。バレたらクビにするかもだけど、こっちのメイドとして働いて貰うから」
「そっ、そうですか。安心しました」
「というか、バレた時にこっちでメイドさせるくらいなら、最初から彼女たちをこっちに住まわせれば? 2部屋くらいなら屋敷の部屋に空きが、まだ有るでしょ?」
「バレて確執を産むより、その方が効率的でも有りますね」
隣から聞こえて来たアイリスとマリーの言葉に一理ある。
「あぁ〜、確かにな。どうする? 部屋見て決めるか?」
「えっと……エヴァと話して決めます」
リゼは、少し悩んだ後、2人で話して決める事にした様だ。
研修期間残り、1週間。それは、開店まで1週間でもある。
「今日は、プレオープンを行います」
『プレオープン?』
「プレオープンとは、開業する前に試験的に実際の営業する事だね。俺が何人か招待しているので、彼ら相手にトレーニングと同じような動きができるかどうか確認するよ」
これなら本番と違い、多少の不手際があっても大丈夫だろう。後、本番までに、そこを直せばいい。
「では、制服に着替えて店に集合! 1時間後よりプレオープンを開始します!」
皆は、慌ただしく動き出した。なんせ、今からお菓子の生地を用意したり、椅子等を設置したりする必要がある為だ。
俺は椅子に座って、その様子を観察する。その内、チリーンというドアベルの音と共に、数人やって来た。
『いらっしゃいませ!』
店内から皆の元気な声が響き渡る。そして、彼らは気付いた様だ。
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よう。俺は、元露店で、串焼きを売ってたロダンってもんだ。故あって、ユーリさん。いや、ユーリ様だな。彼の所で働いている。
元々、露店で調理をしていた事も有り、厨房を任される事になった。その為、ユーリ様の指導の元、料理を学ぶ。
教えて貰った料理は、どれも見た事がない料理だが、とても美味い。どれか1つ出来るだけでも店が開ける程だ。
ユーリ様は、一流の冒険者みたいだが、料理の腕前も一流だった。その上、職人としても。プレゼントされた手作りの包丁がいい例だ。
「……これ、包丁ですか?」
その包丁は、ただの一振りでまな板ごと机を両断した。
「……包丁だと思うよ?」
ユーリ様は、現実から目を逸らす。ちゃんとこっちを見て下さい。
「それにしても、切れ味良すぎでは? 何で作ったんですか?」
「ミスリル。だって、銀色だったし」
「………」
この人、実はアホなのでは……? 一瞬、そんな事を考えてしまった。
ミスリルの武器なんて冒険者が喉から手が出る程欲しい物だろ? それで包丁って……。
俺は素直にお願いして、鉄で作った包丁に換えて貰う事にした。
「え〜っ、仕方ないな」
後日、鉄の包丁を渡される。前程の切れ味は無いが、包丁としてはよく切れる。なかなかの業物だった。
「それ……レア度A有るぞ」
竜種の同僚が、竜眼の鑑定で見て教えてくれた。……聞かなかった事にしよう。
そんな感じで色々あったが、今日は、客の前で実際に試験営業するそうだ。気合いを入れよう。
チリーンという音が鳴り、客が来たことが分かった。
「いらっしゃいませ!」
俺は、元気良く歓迎の言葉を言い、厨房の端から顔を出す。入って来たのは数人の男女で、その中に見知った顔があった。
「おっ、お袋!?」
先日まで病気で寝たきりだった俺の母親だ。ユーリ様の計らいで、試作寮で一緒に暮らす際、辛いだろうと病気を治して下さった。その為、現在では凄くぴんぴんしている。
「おや、ロダン。そんな所にいたのかい」
「何で、お袋がここに居るんだ?」
「ユーリ様にプレオープンの招待状を貰ったのさ。ここに来た皆だよ」
俺だけでなく店中の人が、お茶を飲んでるユーリ様を見た。
「家族なら多少の不手際も問題ないだろ? ついでに、君たちの練習の成果を家族に見せれて一石二鳥さ」
ユーリ様の計らいらしい。粋な事をなさる人だ。
「しかも、わざわざ移動にギンカ様の転移まで使って下さったんだよ」
道理で店の奥からでなく、店の入り口だった訳だ。
「店に客として入るならやっぱり入り口じゃないとね。本番も入り口から来る訳だし」
なるほど。そういう意味もあったのか。
「それに、日課のアレの一環だから……」
「そうですね。それでは、いつも通り魔力供給を要求します」
いつの間にか、ユーリ様にしなだれかかりキスを要求するギンカ様。妖艶な舌が唇の所で這っている。魔物だと分かっていてもエロいな。
「……少し席を外す」
ユーリ様がギンカ様と店の奥の席に移動したので、俺たちは目を逸らす。初めて目撃した時は、嫌がらせかと思ったが、しょっちゅう見かけるので気にならなくなった。慣れって怖いな。
「お袋たちも好きな席に座って、注文してくれよ。俺たち、頑張るからさ」
「そうだね。ユーリ様も色々注文してやれと仰っていたから沢山頼むとするよ。まずは、店のメインの焼き菓子を頼むよ」
「任せろ!」
こうして、俺たちのプレオープンは始まった。
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「順調そうだな」
店の奥席で、大量の魔法を使い、ギンカとイチャイチャしてきた。
ギンカは、満足したらしくホクホク顔で屋敷へ帰宅。本人曰く、植物園でお昼寝するそうだ。
そんな感じで、目を離していたが、営業は普通に続いていた。たいした騒ぎも起こっていないし、今の所問題ないのだろう。
「ユ〜〜リ様♪ 終わりました? 注文はどうします?」
魔法を解いた事で、俺に気付いたエヴァがやって来た。
「アイスティーのストレートを頼む。甘いのを飲んだ後だから」
「へぇ〜、なるほど。でしたら……」
エヴァの顔が近付いたと思ったら、俺の耳元で周囲に聞かれない様に小声で喋る。
「特別メニューで、私は如何です? 私も甘いですよ? 持ち帰りも可能です」
「ぶふっ!?」
甘いって、さっきまで飲んでた紅茶の件なんだが!? 君は何と勘違いしてるのかな!? まぁ、さっきの流れから何か分かるけどさ!
「ちなみに、店内ならテーブルのシロップ付きです。別メニューでリゼも注文出来ます」
「………ふむ」
俺は、正気に戻り伝票に追加のメニューを記載する。
うちの店では、客にメニューの番号を書かせる事にしている。客が自身で何を注文したかの証拠にもなるからだ。書き終わった紙をエヴァに渡す。
「確認致します。わぁ〜お、なかなかマニアックで……それでは注文承りました。しっかり甘いのを用意しておきますので、営業後にお召し上がり下さい」
そうか、しっかり甘いのか。堪能するとしよう。
その日のプレオープンは、問題も発生したが一応上手く行った様だ。
問題というのは、店の前に人だかりが出来た事だ。招待客が注文した焼き菓子の匂いに釣られてやって来たみたいだった。
せっかくだからとプレオープンを理由に、焼き菓子1個の値段を少し落とし小銅貨2枚で販売してみた。結果は、馬鹿売れ。焼く度に売れて行き、本日は2000個を売り上げた。
換算すると200円×2000個だから40万。つまり、金貨40枚だな。1日の売り上げとしては、十分では?
本番では、小銅貨3枚での販売となる予定だ。
そんな風に色々あったが、不手際も特に無く、順調だった。これなら本番も大丈夫だろう。
招待客に書いて貰ったアンケート結果を元に、修正箇所を弄れば大丈夫な筈だ。1週間後には本格的に開業する。とても楽しみだ。




