狂乱の宴1日目 前編
狂乱の小世界は、中央にある疑似タナトス教会を中心に☓印に線引きされた、4区画に分けられている。
東の工業エリア。
ここには、工業製品を保管する為の大型の倉庫が多数存在している。模造の為、内部には何もなく拓けた空間が特徴だ。
西の商業エリア。
商業店舗などが建ち並び、一番の密度を誇る。建物自体も高さ制限は有るが、4階建てのビルまで存在し、高所を取れる。
南の市場エリア。
屋台による露店がひしめくエリアだ。高さは無いが、商業エリアの次に密度が高い。隠れ易く守り易いだろう。
北の住居エリア。
簡素な庭付きの一戸建てが建ち並ぶ。各家には塀が有り、一時的なら身を隠せるだろう。高さは、せいぜい2階。商業エリアの様なバラバラの高さで無い為、屋根の上を走り易い。
「ーーという感じでエリアは、分かれています」
ここは、談話室。現在、カオスコスモスと観客席、それから檻が設置されている。
また、カオスコスモスからは、内部映像が複数枚のパネルによって、空中に投影されていた。
「それでは、開始も間も無いので、数名のチームを選出して見ようと思います。希望は、有りますか?」
司会進行を務めるダフネの提案により、観戦者は希望を挙げる。
「私は、マリーの活躍を見たいわ」
「俺は、ギルドマスターとしてアイリスのスペックを確認したい所だ。魔物の時と亜人になってからの差を知りたい」
「私は、旦那がまともにやれるか心配なので、ロロとベティさんのチームをお願いします」
「なら、私はうちの娘たちかしら? 特に、希望を挙げれるならリリスね。あの子、ラズリちゃんと組まされてるから戦いつつも喧嘩しそうで心配なのよ」
「それなら、リリアとベルのチームはどうだい? うちも仲間の様子を見れる一石二鳥だぜ」
「う〜ん、なら、イナホちゃんとシオンちゃんのチームはどうです? こっちも要望に添えますよ。私は、イナホちゃんたちが心配なので」
「私は、グレイとエルドラのチームを見たいです」
「私は、特に有りませんね。まず、どうして呼ばれたのか、理解してませんし」
「同じく。俺は、ただのギルドマスターだぞ。総マスターのギルさんじゃあるまいし」
「私は、以前お世話になったギンカさんを見たいですね。彼女の性能は、秘密にされたので」
「なるほど。分かりました。それなら……」
ダフネは、カオスコスモスの管理版に手をかざす。すると、全チームを映したパネルが表示された。
「全部見ましょう」
『見れるんかい!!』
**********
その頃内部では、壮絶な前哨戦が始まっていた。
「急いで!」
「分かってる!」
急いでスタート地点から距離を置く者、壁に背を預け開始を待つ者、共闘を持ちかける者、不戦闘の協定を結ぶ者、目的地点を決めて移動する者など様々だ。
「よ〜し、アイリス。教会の鐘を鳴らせ!開始の合図だ!!」
「了解!シュート!!」
ゴーン…リゴーン…とアイリスの射撃により教会の鐘が鳴り響く。
「さて、始まった訳だが、逃げなくて良いのか? 残ったのは、お前らだけだぞ」
「最初に鬼を潰した方が、楽だと思いまして。それに、リリィへのアピールに繋がりますし」
「他人の嫁にちょっかい出すなっての」
「自分も鬼を潰すのは同感です。ちゃんとペンダントを持ってますし。制限は有りますが、通常スペックで十分対応可能と判断しました。更に制限かけなくて良かったんですか?」
「ちゃんと対策してるって言っただろ? 身体能力が高いだけじゃ生き残れ無いから大丈夫」
「でしたら、遠慮は要りませんね」
「今度は、勝たせて貰います。覚悟!」
「行くぜ、アイリス! ロロを頼む!!」
「了解!任せて!」
両者準備は万端。高速で動き出しーーカチッとベティの足が音を響かせた。
「カチッ?」
「えっ?」
その瞬間、ベティの足下で爆発が発生した。また、近くにいたロロも、当然これに巻き込まれる訳で。
「あ〜っ、……出落ちか」
「……運が悪いね」
爆炎からは、二条の光が立ち昇り、天へと消えて行った。
「あ〜、テステス。聞こえますか、皆さん。現在、トラップの発動を確認しました。画像は、これです。また、これと同じ様な物が、各所にランダム配置されています。お気を付け下さい。ちなみに、回避出来なければ、この様に竜種ですら落ちます」
空に映し出された画面からダフネが補足してくれる。また、檻に入れられたベティとロロが映し出された。
「なお、移動させて使うのも有りです。それでは、良き戦いを期待します」
ダフネの姿は消え、通常の空へと戻っていった。
「さて、どうする? ペアで狩るか、ソロで狩るか?」
「暴れたいからソロで行こう!」
「了解。情報交換も必要だから、夜には工業エリアの倉庫で落ち合おう」
「分かったよ。気を付けてね」
俺たちは、バラけて行動する事にした。
**********
市場エリアのとある屋台裏。そこに低身長を活かして、隠れるフィロとマリン。
「ベティが落ちた!?」
「そんなに驚く事ですか?」
「驚くわよ!彼、私と同じで竜種よ!おそらく、……例のトラップにやられたんだと思う。それくらいの威力だから、ユーリ様は全くと言っていいほど竜種の能力を制限しなかったのね!」
「という事は、トラップにかけさえすれば……」
「「誰でも倒せる!」」
2人は、顔を見合わせ頷いた。
「行動が決まったわね」
「ええ、トラップを集めましょう」
**********
商業エリア唯一の4階建てビル。その屋上にて。
「ーーとか思うのが、普通ですが」
「動かない敵には意味が有りませんね」
魔法銃による狙撃体制に入ったリリスとラズリの姿があった。
「貴方と組むのは、久しぶりですね」
「足を引っ張らないでよね」
「それは、こっちのセリフです。しかし、負けたくないので文句は言いません」
「そうね。負けられないわ」
**********
商業エリアと市場の境界線付近。
「装備の確認をしましょう。私の武器は、自前のデリンジャーのみ。ミズキは?」
「私は、マリーと同じデリンジャーに加えてナイフが4本ですね」
「いつの間に、そんなにガメたんですか? 後、一本貰っても?」
「どうぞ。それから、皆さん大型武器や遠距離武器に集中していたので回収し易かったですよ。というか、殆ど近接武器だったのは何故でしょう? ……それでどう動きます?トラップかアイテムでも集めますか?」
「いえ、集めません。むしろ、トラップを設置します。皆、魔法が使える事を失念している様なので、今の内に。遠距離武器を少量置いたのは、遠距離はこれだけとアピールする狙いがあったのだと思います」
「なるほど。では、警戒は任せて下さい」
「お願いします」
**********
商業エリアの路地裏。そこには、エロースとモカが隠れていた。
「ちょっ!?エロース先生!しっかりして!?」
「ううっ……」
「何で、開始早々に鼻血出して倒れてるの!?」
正しくは、隠れるしか無かった。鼻血が出て倒れたから。
「モカちゃんの裸パーカー……ヤバし……ユーリ君の策略?」
「パーカー? この服の事? それとも裸の事? それならお兄ちゃんに着る時は、着心地の関係上、下着を着ない方が良いって言われたけど?後、こっちの方が可愛がってくれる」
「ユーリ君……グッジョブ!」
「ねぇ、はやく移動しないと見つかるよ!こんな通路じゃ、挟まれたら終わるんだからね!」
「……大丈夫。両方の入り口に認識阻害。それから音消しや匂い消しをかけておいたから。気付かれても挟まれる事はない。ついでに、自爆機能付きの小型監視ゴーレムを複数作って適当に配置してきた」
「いつの間に……。ってか、妙にスペック高いよね。エロース先生は」
「でも、問題はそこじゃないの……ユーリ君の魔法よ」
**********
工業エリア。その倉庫の1つに、ギンカとガーネットはいた。
「ユーリ様の魔法?」
「そうです」
「転移?」
「いえ、それは使わないでしょう。面白く無いからと」
「それじゃあ、何をするの?」
「複合魔法で何をするか分からない所です」
「はい?」
「ご主人様は、剣士のイメージが強いですが、魔導師として実力は、五重詠唱師です」
「そんなに!?」
「中級魔法までは全員使用可能ですが、ご主人様だけは、特級レベルの魔法行使が可能なんです」
**********
また、倉庫の1つにリリアとベルがいた。
「ーーとも考えるけど、私はアイリスさんを警戒すべきだと思います」
「あ〜、分かる。皆、アイリスさんを軽視してるけど、彼女のスペック異常よね」
「ユーリさんは、原則、直接魔法で攻撃しないでしょう。せいぜい建物を破壊する程度。意外に虐めるのが好きな方ですが、女の子が傷付くのを好みません。だから、女性に魔法はまず無いでしょう」
「そうね。所で、さっきの虐めるって師匠の夜の話? 詳しく聞きたいわ」
「そうですね。時間潰しに少し話しましょうか」
**********
住居エリアの一軒家。塀の影にグレイたちは居た。
「ティアを誘え無かった……」
「大丈夫だ。まだ、時間がある」
「ああ、遭遇したら共闘を提案しよう」
「皆さん、近くに誰かいます!足音がしました!音から判断するに小柄な方だと思います」
「どうする? 叩いておくか?」
「そうだな。包囲して、ペンダントを渡して貰おう」
「素直に奪った方が早いんじゃないか?」
「お前、イナホちゃんたちを羽交い締めにしたり、武器を向けられるか?」
「ユーリ様やエロースさんに殺されると思うから無理」
「私がやりましょうか?」
「そうだな。俺たちが気を引くから後ろから奪ってくれ」
「分かりました」
後に、この結果に後悔する事になる。
**********
商業エリア。とある路地裏にロギアたちはいた。
「敵影なし。ルート確保」
「こっちも問題なし。今の内に路地裏に入ってくれ」
「了解。移動します。所で、他のチームを感知出来ましたか?」
「う〜ん、やっぱりダメ。魔力感知の阻害がされてます。自分の周囲程度なら大丈夫だけど……」
「そこは、予想通りだな。ユーリ様は公平な方だから」
「そういえば、各自の兵装ってどうなってるだ?」
「俺は、貸出の魔法銃のみ。たぶん、リリィさんのだな。それで、皆のは……」
双剣、双剣、ナイフ。
「近接武装だけ!?」
「いや、そもそも近接武器ばかりだったんだよ」
「すみません。せめて、機動力を活かそうと」
「……出遅れて」
「頭が痛い……。俺、罰ゲーム受けたくないんだけど……」
「諦めようぜ。でも、遠距離なら魔ーー」
突如、バタバタバタと駆け足の音が響く。
「っ!?誰か来る!!」
皆、急いで路地の物陰に姿を隠す。駆け足の音は、どんどん近付いて来ていた。
「相手が通路に入り次第、ロメオは牽制として剣で一閃する。その後、相手を確認後、倒せる相手なら一斉に頼む」
「「「了解」」」
「接敵予想まで……3……2……1」
「せいっ!」
「ひゃあ!?」
驚いた拍子にしゃがんだらしく、ロメオの剣が空を切る。代わりに、ロギアは一歩前に出て相手に銃口を突きつける。
「待つニャ!? ウチらは、敵じゃ無いニャ! 鬼から逃げてきただけニャ!」
「鬼だと!? 鬼が近くに居るのか!?」
「っ!? ロギアさん!!」
「えっ? ごはっ!?」
突如、マリエルに抱き着かれ、押し倒されるロギア。派手な音を立てて正面から倒れ込む。胸は、床にぶつけ痛いが、背中には、マリエルの柔らかな感触。
「ちょっ、なっ、何っ!? 俺には嫁が……」
振り返ったロギアの目には、先程まで自分の首があった位置を通過する太刀が目に入った。
「おっ、避けたか。残念。というか、ラッキースケベか、ロギア?」
「「ハアァァッ!!」」
ロメオとスルーズの双剣が、ユーリを襲う。しかし、太刀を器用に扱い攻撃をいなし続ける。
「チッ、手数多過ぎ!しかも、双剣相手に太刀はキツ過ぎだろ!」
ユーリは、双剣の応酬に押されて距離を取った。
「今だ!ロメオ、撤退する!ユーリ様を殺るなら確実に策をねってからだ!」
ロギアは、ユーリに向かい銃を乱射する。路地裏という事も有り、避け辛かったのか、ユーリは障壁を展開した。
「一時休戦だ。ユキ、自分のデリンジャー持ってるだろ? 牽制を手伝ってくれ!」
「うん!」
「助かるニャ!」
魔法銃2丁による攻撃で完全にユーリの足は止まり、6人は逃亡に成功した。




