アイリス
生まれた時の事はよく覚えていない。
意識らしいモノが芽生え始めたのは、ベビースライムからスライムになってからだ。
最初の内は、色々食べた。植物。鉱物。魔物。
特に、魔物を食べた。食べるとその特性を引き継ぐからだ。
例えば、蜘蛛を食べると糸を生成出来るといった感じに。
ヒトは、食べていない。ただ単に運が良かった。
食料に恵まれ、遭遇する事もなかった。
スライムになって数年、ルーンスライムへと進化した。
ここにきて、意識と共に知性が花開く。
逃げる事を学んだ。存在の隠蔽を学んだ。ヒトへの興味が湧き、観察して言語を習得した。
何度か気付かれて、襲われたものの無事に逃げる事が出来た。
そうこうしながら、数十年旅をした。旅の途中で、友達も出来た。
彼女らと行動を共にする様になってから更に数十年。
いつの間にか、ルーンスライムからエンペラースライムへと進化していた。
私は、その頃友達のススメである魔法を習得した。
その名も"生態変換"。
スライムから別の生き物に変わる魔法だ。基本的には、竜種たちがヒトになる為使う。
効果が甘いと尻尾や角が残る場合がある。尤も友達の1人は、わざと尻尾を残していたが。
それは、世界を変えた。
まずは、味覚。スライムの時には、少ししか感じなかったが、しっかりと味が分かるようになった。また、柔い硬いといった触覚も分かる様になった。
視覚。
スライムは、魔力感知で世界を見ているから色がない。それが色鮮やかな世界に変わった。
機動力。
やはり、2足歩行の方がだんぜん速い。
そんな感じで全てが変わった。
今日は、エンペラースライムになってから初めてカリーナの森へ帰ってきた。
カリーナの森は、別名死出の森。
木に擬態したトレントが多数棲息する。また、それをものともしない高ランクの魔物も多く棲息する。
冒険者でも入るのは、Bランク以上らしい。その為、殺しても得にならないスライムは、よく見逃される。
「見つけた」
ゴールドアッポの木。
この木の周囲は、空白のエリアになる。所謂、森のセーフゾーン。
しかも、意識に干渉するので、基本は認識出来ない。
だから、たどり着くなら偶然と言う他ないはず?
真紅のコートを着たヒトがいた。そのヒトを警戒する。
鑑定。成長したスライムは、鑑定も出来るのだ。
その結果、ヒトでは無い事が分かった。
半神。半分は人だが、一応神の1柱に含まれる存在だった。
移動するので最後まで跡をつけた。行った先には、不思議な空間が広がっていた。
古代文字を刻んだ柵で覆われ、護られていた空間。
中には、家の様な物とテーブル、小さいながらも畑が存在していたので、ビックリした。
彼は、ゴールドアッポを切って串に刺していく。それを焼き始めるといい匂いが伝わってきた。
美味しそう。
匂いにつられて気づいたら側に行っていた。
人ならマズイけど半神なら大丈夫だよね?
ちっちゃな手を出して彼の服を引っ張る。
「?」
気付いていない様だ。
もう一度やると、今度は振り向いてくれた。
「あれ?」
見えていない様だ。スライムだから下にいるしね。
だから、更にもう一度引っ張る。今度は、下を見て気付いて貰えた。
「ちょうだい」
彼は、驚いたものの分けてくれた。スライムのまま食べたけどシャクシャクして美味かった。
椅子をススメられたのでいい機会なので人に変身した。
「服を着ろ!」
顔を真っ赤にして照れる顔が可愛かった。
おっ、コートをかけてくれた。優しいね。
トリ肉も貰った。
砂ズリって、内臓は怖かったけど美味しかった。
「そういえば、君の名前は?」
名前。そういえば、ちゃんとしたのないな?
付けてと頼むと快く引き受けてくれた。
「アイリス」
アイリス。名前の響きが気に入った。
しかし、この瞬間、従魔契約が完了してしまった。
魔物に名前を与え受け入れた時、お互いが良いなと思えば完了する。
本人は、気付いていない。なんか癪にさわった。
さっきの顔を真っ赤にした反応を思い出した。だから、彼の寝床に連れて行ってもらって……。
私の名前は、アイリス。今日からユーリの従魔兼奥さんです。