精霊と花火
「えっと、この家の護り手さん?」
「違うわよ」
アイリスの問いに、彼女に否定された。
「声が聞こえているのね。私は、エリスアクア。貴方たちが探す水の精霊よ。いらっしゃい、水に導かれしお客様」
どうやら、物語と違って、現実サイズは、かなり小さい。
マリーたちより小さな少女を初めて見た。それよりも……。
「水に導かれし?」
「お客様?」
意味が良く分からない。とりあえず、歓迎はしてくれるみたいだ。
「私の張った結界は、制約の一部なの。水と深い繋がりがないと気付けないし、通れないのよ。悪人であれ、善人であれ、それを超えてやって来た時点で歓迎する事にしていたのよ。こんな成りだから抵抗も出来ないしね」
「確かに水?に縁は有るな。アイリスは、元スライムで、俺はその旦那だからな」
「ねぇ、エリスアクアさん。それじゃあ、ホントにここが水の精霊の家なの?」
「エリスで構わないわ。そして、その疑問は正解よ」
やはり、ここが水の精霊の家らしい。
「貴方たち、例の物語を聞いて来たのね」
「エリス。実際は、どれくらいの差異があるんだ?」
本人、ピンピンしてるし。見た目かなり違うし。これは、かなり弄られている可能性を感じる。
「そうね。まず、根本から違うわ。実際は、勇者なんていないわよ。そもそも、勇者が湖に聖剣を落とすっておかしくない?」
「うん、俺もそう思う」
「でしょう? それに月の雫を生み出すって言われるけど……。あれ、スライムと逢引でもしないと出来ないもの。そんなマニアックな人、そうそういないわよ」
「あはは……」
ここに居ますよ!誘惑されたからって押し倒して、嫁にして孕ませた奴が!
「だよね。精霊も作れるのかと思った」
「そんな訳で、かなりの差異があるから挙げてもきりがないわ」
「ありがとう、それで十分だよ」
まぁ、創作だし、仕方ないよね。
「それじゃあ、この剣は何?外に刺さっていたけど」
アイテムボックスから出して、水の精霊に見せる。
「あっ、それね。私の依代」
「………」
1、玄関の扉を開けます。2、剣を握り力を込めます。3、外に投げます
「ちょっ!?」
剣は、高速で飛んでいき、外の岩に刺さりました。
「よし!」
「『よし!』じゃないわよ!?私の依代って言わなかった!?」
「いや、何、依代って言ったから、『あ〜、これ面倒くさい流れだ』と思って」
「なんで!?」
「だって、どうせアレだ?抜いたのだから契約しなさいみたいな?」
「貴方は、エスパーなの!?」
「あっ、ガチだったか」
「仕方ないじゃない!実体化する為だもん!」
本来、精霊は幽霊みたいに見えないし、触れないし、喋れない存在なのだ。
ただし、精霊が掲げる制約を一部でも満たした者には、その存在を確認出来る。
「だから、お願いです!拾って契約して下さい!」
契約すると実体化が確立する。実体化する際に、まず精霊核を得て、核が魔力で出来た肉体を覆うことで実体化する。実体化した肉体は、通常の肉体と大差ない。
「えっ、何故?」
「契約すれば、水の精霊魔法が使えます!」
「魔法は、間に合ってます」
「実体化したら子供を産んでもいいです!」
「いや、その見た目は犯罪だろ!」
まぁ、そういう娘に手を出しましたが。
「産まれてくる子は、ハイエルフよ!その子も捧げるわ」
精霊と交わって産まれたのがハイエルフだったな。
「子供を捧げる親ってちょっと……」
「なんでよ!こっちは、千年待ってやっとの機会が訪れたのに!」
俺の足にしがみつき、必死にお願いするエリス。
「どんだけ制約が厳しいんだよ!?目的はなんだ?」
「目的……目的は……」
「目的は?」
「……人の営みをしたかった」
「はい?」
「他人と直接触れ合って、お喋りして、ご飯食べて、寝てみたい」
「掲げた制約は?」
「それはーー」
エリスの制約は、以下の通りだ。
1.結界を超えて水底の家まで来る
2.結界に護られた依代の剣を抜く
3.依代の持ち主になる
以上の制約を全て満たした者と契約する事で、実体化する事が出来る様になる。
「だから、契約して欲しいと?」
「そうよ」
別に契約しても良いかな?特に、困らならそうだし。
「エリス、契約者を2人に出来るか?後、変更も可能か?」
「前者は、条件を満たす人たちがお互いに同意すれば可能だし、後者も可能だけど?」
「アイリス。俺と一緒に契約しないか?」
「2人で契約するのは、お互いに何かあった時の為?」
「そうそう。そして、カグヤの従者にどうだ?」
「なるほど。良いんじゃない?それで成長したら、あの子に変更するのね」
「そういう事。だから、エリス。俺たちの子供の従者になるなら、契約者になっても良い」
ユリウスに居るのに、カグヤに居ないのは変だなと思ったのだ。
カグヤなら、粘性魔族だから水に縁があるだろうし。
「ホント!?」
「ああ、ホントだ」
「よろしく、お願いします」
外の剣を抜いて来て、精霊との契約が成立。カグヤに従者が出来た。
今は、俺たちだが、カグヤが成長したら契約者を変更しよう。
夜、湖の周りでは、ざわざわと喧騒が響いていた。
最初は、この湖に住む精霊が消えたからかと思ったが違うようだ。
「今日は、年に一度の花火が上がる日なのだと聞いて、場所を抑えて置きました」
宿に戻るなり、マリーはそう告げて俺たちを湖に案内した。
昼間にマリーがいなかったのは、場所取りの為らしい。
「ここです」
案内された場所は、花火の特設会場にある来賓席。王族の権限をフル活用した様だ。
「ユリシーズ様並びにアイリス様!ようこそ、おいで下さいました!私、市長を務めさせて頂かせております、レイトンです!この度は、マリアナ様より直々に頼まれましたので最前列を用意させて頂きました!」
「これはこれは、ご丁寧にどうも。この度は、無理を言って申し訳有りません」
「いえいえ、オズタウロス討伐の件も有ります。この都市の恩人に対して、この程度安いものです」
「そうですか。そう言って貰えると助かります」
レイトンさんとの会話を終えて、俺たちは、席に着く。
間もなく花火が始まるとアナウンスが聞こえてきた。
目を輝かせながら夜空を見上げる中、不意に1筋の煙が尾を引いて。
花火の音が、身体の芯に響き渡る。夜空には、大輪の花が咲き誇った。
「わぁ……!」
「これが花火!綺麗……!」
「やはり、ここの花火は良いですね!」
実は、アイリス。花火は、初めてだったらしい。
マリーのおかげで、最後は、デートらしくなった気がする。
「次は、連続ですよ!気を引き締めて下さい!」
何故だろう?マリーの言葉に違和感を感じた。
今度は、複数の煙が尾を引いて。四方八方から音が響き渡る。
何処を見ても花火、花火。空一面、360度全てを埋め尽くした。
「凄ぇ……ん?」
「ホントだね!……おっ?」
バラバラバラバラッ!
「「ひゃっ!?」」
「あはは……!」
花火の欠片が大量に落ちて来て、頭上の結界にぶつかり雨の様に鳴り響いた。
それと同じく、マリーの笑いが耳に響いた。どうやら、はなから知っていた様だ。
「ちょ、マリー!?これ、知ってたな!」
「びっ、びっくりした!?」
「あはは。ごめんなさい、2人共。危険は無いのだけど、初めての人は、皆驚くのよ」
目に涙を浮かべ笑っているマリー。珍しい光景を見たものだ。
「ほらほら、まだまだ続くから楽しんでね」
その言葉通り、また、連続で花火が打ち上げられる。
俺は、向こうでは楽しめないだろう、花火の楽しみ方を体験した。
それから色んな形の花火を楽しんだ。
新婚旅行の締めとしても、夏の終わりの締めとしても最高だと、俺は思った。