お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない(4)
「…どういうこと?」
死神はいよいよ混乱していた。この少年は死神の力を持っている?死神ですらないのに?しかも、その力があるのに自分に協力を仰いでいるのはどうして?そんな疑問が死神の頭を駆け巡っていた。
「まぁ、当然意味が分からないよね。でも、話せば長くなるしなぁ…」
少年は腕を組んで考え込んでいたが、しばらくすると納得したように死神に向き直った。
「よし、夜々さん、僕の腕を切り落としてみて!」
「えっ、急に何?怖いんですけど…」
「いやいやいや、夜々さんそんな顔しないでよ。初対面でブッ刺してきたくせに」
お互いに半目で見つめ合う男女が二人。
「もー、ちゃんと意味のあることだから、お願いしますよ〜」
が、少年は先に折れて懇願した。
「むぬぅ、流石にふざけてる訳じゃなさそうだからやってもいいけど、一回だけだよ?」
「おう!バッサリとヤッてくれぃ!」
少年は右腕を真横に突き出すと固く目をつぶった。
(何だこの清々しいまでにクレイジーな男は。散髪みたいなノリだな)
などと考える死神だがあえて黙っていることにした。
「じゃあ、遠慮なくいくよぉ…」
いつの間に取り出したのか、手にした草刈りをするくらいのサイズの鎌を掛け声と共に振り下ろした。
「せーのっ!」
振り落とした鎌は音もなく正確に少年の右腕の肘から先を落とした。
「ぐぬぅ……」
やはり人並みには痛いようだ。骨ごと断ち切ったのだから同然だろう。そんな中でも少年は右腕が落ちる前に逆の手でつかんでいた。
「よ、よし、夜々さん、ここからが、本番だぜぃ…」
「えぇ、まだ何かするの…?」
「う、うむ、とくとご覧あれっ….!」
そう言うと少年は切れた腕の断面同士をくっつけた。すると、少年の腕はじわじわとくっついて見事に元どおりになった。逆再生でも見ているようだ。
「へぇ、すぐ治っちゃうんだ。一回殺してるから初めて見る訳じゃないけど、やっぱり凄いね」
「ふっふっふ〜、そうでしょうそうでしょう。でもね、殺された時のやつと今治したのは別の能力なんだ」
戻った腕をぶんぶん回しながら、少年は自慢げに説明を続けた。
「まず、今腕をくっつけたのは治癒力だね。これは父さんからの遺伝かな。まぁ、父さんの方が再生のスピードは異常だったけどね」
「でも、君を殺した時とは何が違うの?」
死神は急かすように問いかける。
「まぁまぁ、それも今から説明するよ。僕の治癒力はね、怪我が複雑なほど治すための時間が多く必要になるんだ。浅い傷と深い傷で比べても、当然前者の方が早く治る」
そう言ってくっついた腕をぺちぺちと叩いた。
「えっ、でも、君を殺した時は今の腕よりも早く治ってたような…」
「おぉ、よく分かったね!それが治癒力との違いだよ。そしてーー」
死神の力でもある
少年はいつの間にか死神に詰め寄っていて、彼女は背筋に寒気を覚えた。
「…どうして君がそんな力を?君は死神なの?」
死神も負けじと一歩少年へ詰め寄った。少年は死神のそんな様子は気に留めず、元の位置へ戻らながら話した。
「いや、違うね。少なくとも僕は死神じゃない。この力は死神からもらったんだ。父さんと刺し違えた死神からね」
死神は顔をしかめた。
「…そんな事が可能なの?それに、そもそもその力ってどんなものなの?」
疑問が止まらない。次から次へと聞きたいことが死神の頭に溢れてくる。
「うん、可能だよ。僕ならね。そして、この力はあらゆるものを殺す力だ」
「…詳しく聞かせてもらうよ」
「んー、答えはほとんど言ったようなもんなんだけどなぁ」
少年は面倒くさそうにベンチに座りなおして伸びをした。腕はもう完全に機能しているらしい。
「いやいやいや、肝心なところが全然伝わってないよ。君が死神の力を貰ったってのも謎だし…」
「まぁまぁ、長い付き合いになりそうだし、それは後々でも……!?」
少年はそこまで言うと死神の後ろに視線を向けて急に立ち上がった。
「夜々さん、そこのおっかない顔のおじさん知り合いだったりする…?」
そこにはいつのまにか背が高くて細身の中年くらいの男が眉間にしわを寄せて立っていた。
(このおじさん、妙だな。随分でかいけど近づかれても全然気づかなかった…)
「へっ?」
死神が振り返るのと同時に男は口を開いた。
「実に興味深い少年だな。君は死神の力を使えると…。しかも、あの死神殺しの息子だとは」
男は顎に手をあてて考えるそぶりを見せる。
「おじさん、いつから聞いてたんですか?盗み聞きとは趣味が悪いですね」
「ふむ、そんなつもりは無かったのだが、何せ気づかれなかったのでね」
男はいたって普通に返答してくる。しかし、その言葉の中には余裕が混じっているようだ。
(このおじさん、かなり強いなぁ…)
少年は思わず一歩後ずさる。
「そう恐れることもなかろう。私はまだ何もしていないぞ?」
「まだってことは、今から何かするつもりなんですか?」
少年は男を睨みつける。男の背が高いせいでやや上を向く姿勢になる。
「あの〜…」
死神はその間に割って入ろうとする。
「夜々さん、下がってて!この人普通の人じゃない!」
少年は男を牽制しつつ死神を自分の後ろへと引っ張る。
「ほぅ、私から守るつもりか…」
男は眉をぴくりと動かすと薄い笑みを浮かべた。
「面白い!ならばその女、見事守り抜いてみせろ!小童!!」
そう叫びながら、一気に距離を詰める男の手には、いつのまにか少年の背丈ほどの大振りの鎌が握られていた。
「なっ、死神!?」
「…さぁ、どうだろうなっ!」
そのまま大鎌を一気に振り下ろす。が、その鎌が少年を抉る前に半身でかわす。直後、少年はがくりと膝をついた。
「つっ…!便利な鎌だな、全く…」
かわしたと思った鎌は先程よりもふた回りほど小さくなっており、振り下ろした後に軌道を変えて少年の足を捉えた。
(不味いなぁ、腱が切れちゃってるよこれ…。三十秒はかかるな…)
「ふん、この程度か…。一撃をかわしたくらいで調子に乗りおって」
「…おいおい、死神ってのは人の足を切るお仕事なんですか?それとも心臓の位置をご存知でないと?」
少年は膝をついたまま男を挑発する。男は眉間により一層皺を寄せるが、構わずに続けた。
「僕の心臓は、足じゃなくてここですよ」
そういって自分の心臓のあたりを指でとんとんと叩く。
「ふん、安い挑発だが乗ってやろう。そんなに死にたいのなら、すぐに殺してくれるわ!」
そう言って男は正確に少年の心臓を捉えた。男は確かな手応えににたりと口元を歪め、少年を地面へ投げ捨てた。
「ふん、造作もない…な…?」
確かに手応えはあった。だが、男は眉をひそめた。
(ふむ、この感じは…)
経験したことのない違和感に思わず少年へと向き直る。
「なんだと!?」
そこには血溜まりがあるだけで、少年の亡骸は見当たらなかった。
「…おじさん、一回殺したくらいで調子に乗ってると危ないですよ?」
「なっ、いつのまに…!?」
少年は男の後ろに回り込み、男の心臓があると思しき場所に指を突き立てた。
「まだ、やりますか?」
「……いや、もう結構だ。大体のことは把握できた」
そう言って肩をすくめると、男はゆっくりとベンチへ歩き出し、浅く腰掛けて手を組んだ。逃げる気は無いらしい。
「あなたが何者で、何の目的があるのか、きっちり説明してもらいますよ」
「ふむ、私は…」
男が言いかけたところで死神(夜々)が割り込んできた。
「パパ、くだらない芝居はいい加減にしてくれない?」
どうやら夜々は怒っているようだ。そして聞き捨てならない台詞も飛び出した。
「えっ、パパ…?」
少年は狐につままれたような顔で問うた。
「そうよ、この人は私のパパよ。全く、一人で大丈夫だって言ったのに…」
「夜々さんって、お父さんのことパパって呼ぶ派なんだ…」
「いやそっちかい」
ツッコミを入れたのはパパだった。
「お、パパさん意外とノリがいいですねぇ」
「ふむ、そうかね…?」
言葉少なだが、パパは嬉しそうだった。
「ふむ、それはともかく、君は面白い素性をしているようだな。色々と話を聞かせてくれないか?うちでよければ招待するし、茶ぐらいなら出せるぞ」
「えっ、この人うちに呼ぶの…?パパ、この人は…」
「同族殺し。有名な父を持ったものだなぁ」
分かっている、という風にパパはそう呟いた。
「当然ご存知だとは思いましたが、それ以外で僕から聞き出せるようなことは無いと思いますが…」
「ふむ、こんなのはどうだろう。死神にも家族がいて、君の父を恨んでいるものもいる。その者たちが復讐をする相手といえば…」
目を細めながらも、しっかりと少年を見る男の目には言いようの無い感情が込められていた。
「僕の父も同じ理由であなたたちを恨んでいた。それを一番近くで見ていた僕には、あなたたちの気持ちがよく分かる。もし、死神の皆さんがそう望んでいるのなら、受け入れましょう」
そう言って少年は真っ直ぐに男の目を射抜き返した。
(ふむ、いい目をするな…。不死身とはいえ、痛覚はそのまま残っているのだから、多少は怖気付きそうなものだが…)
「安心してくれ。殺しを生業としている我々だ。逆に恨まれて殺されようと、初めから覚悟の上。皆、その点についてはよく理解しているつもりだ」
「は、はぁ…。そうですか…」
呆気にとられたのと安堵とが入り混じって、少年は肩から力が抜けた。
「兎も角、色々聞きたいことはあるのだ。うちに来てくれるかな?」
なんとなく聞き覚えのある尻上がりなイントネーションでそう告げる。
「いいとも〜…?」
「はっはっは。なかなかノリがいいじゃないか、少年」
「お父さんには敵いませんなぁ…」
そこには、先程とは打って変わって、楽しそうに笑う男と苦笑いの少年、
「結局うちに来る流れなのね…」
と、忘れかけられている女子が一人あった。
いつのまにか昼過ぎになっていたが、冬にしては暖かく、男は羽織っていたコートを脱いで歩き出した。残された二人もそのあとに続いた。
「あ、一応言っておくかね?」
「えっと、何をですか…?」
まだ何かあるのかと、少年は立ち止まった男に尋ねた。
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「余計なこと言ってないで歩けばか親父」
少年はキレた夜々の気迫を見て、この二人の血の繋がりを実感した。口には出さなかったが…。
「…じゃあ、行こうか」
しゅんとしながら歩き出した男は、どこか小さく見えるのだった。