発覚(3)
「……あの〜、夜々さん?」
そこには、小さな公園のベンチに腰掛け、見つめあっている男女の姿があった。一見すると仲睦まじいカップルに見えなくもない。
「おーい、夜々さーん。夜々さんやーい」
ーただし、少女が小刻みに震えていなければの話だが。と、少年が死神に根気強く呼びかけ続けた甲斐あってか、死神夜々は口を開いた。
「あの、きみ、いつから気づいて…」
「あ、夜々さんが喋った」
少年はようやく口を開いた死神に安堵したが、死神はそんなことは意に介さず質問を重ねた。
「どうして、私の正体に気づいたの?答えて」
「いや、まだ聞いてみただけで確信ではなかったんだけども…」
「あっ」
「夜々さん…」
少年はかわいそうなものを見る目を死神へ向けた。
「やめろぉ。そんな目で私を見るなぁ…」
死神は力なく言い返したが、その語気からはすでに諦めの色が滲み出ていた。
「あ、夜々さん、一応聞いとくけど死神って単なるあだ名とかじゃないよね?」
少年のやや的外れな疑問に、諦めモードの涙目死神は投げやりに答えた。
「もし、そうだって言ったら?」
「えっ、夜々さんいじめられてるの…?」
「モブ太郎に言われたくないわ!?」
少年のあだ名のひとつであるモブ太郎だが、よく考えたらこいつこそいじめられているのではないだろうか。気に入ってるようなので追求はしないが。
「まぁ、僕のあだ名はともかく、夜々さんは死神なんだよね?」
「ぐぬぅ……」
(まぁ、この人の境遇を聞く限り、いきなり殺されそうになったら死神を疑うのが普通だよね……)
もうここまで来てしまえば誤魔化しようもない。死神は、唸りながらも開き直ることにした。
「うぅ〜、そうよ!私は死神よ!文句ある?」
「あ、あの、夜々さ…」
「もう誤魔化したりしないから、煮るなり焼くなり殺すなり好きにしなさいよ!!」
少年の言葉を遮って死神は涙目になりながらそう叫んだ。その選択肢だと全部死ぬことになるが、あえてそこには触れないでおいた。
「まぁ、言いたいことは色々あるんだけども…」
「今さら何?どうせ、本当は死神を恨んでるとかなんでしょ?だったら早く殺せばーー」
死神がそこまで言ったところで今度は少年の声が死神の言葉を遮った。
「死神を、生き返らせたいんだ」
「………は?」
またもや予想な発言が飛び出し、死神は思考が追いつかなくなっていた。少年は真面目な顔で話を続ける。
「父さんは復讐として死神を殺していた。愛する人が奪われたんだから、もし僕が父さんの立場なら同じことをしたかもしれない」
「ちょっと、君、何を言って…」
死神が口を挟むが、少年は構わずに続ける。
「でも、死神だって殺すのが好きな訳じゃないんだ。多分、そういう仕事だから仕方なく殺してるんだ」
「…どうして?」
死神の声は震えていた。その理由は少年にもすぐに分かった。
「どうしてそんな風に思うの?同情でもしてるの?知った風な口きかないでよ!」
怒っていた。それも当然だ。例えば、介護職に就いている人に、インターネットやテレビで知った知識しか持たない人間が、
「介護って大変だよね、分かるよ」
などと言おうものなら、誰でも少なからずイラッとするだろう。
「ごめん、夜々さん、そんなつもりじゃ…」
死神はベンチから立つと叩きつけるように言った。
「もういい、帰るから!君みたいな奴は、とっとと死んじゃえばいいんだ!」
死神は言ってからはっとした。『たとえ殺す相手でも、命を軽率に扱ったり、それに値する発言をしてはいけない』死神の勉強で最初に教えてもらうことだ。
少年を見ると怒っているとも悲しんでいるともとれない微妙な表情をしている。
「あの…」
その顔を見て、死神は何も言えなかった。目には涙がたまっている。自分の弱さや情けなさが嫌になった。
「ごめん…」
そう言って死神は逃げるように走り出したが、少年が腕を掴んでそれを阻止した。
「ちょっと、離してよ!私はもうっーー」
「夜々さん!」
少年が初めて出した大声に死神は思わず口をつぐんだ。少年の目は先ほどの真剣なものに戻っている。
「僕は、死神について知りたいんだ!夜々さんたちは父さんが思っていたようなただの人殺しじゃないって思ってるんだ!」
「そんなの、根拠もないのに…」
「泣いてたんだ」
「ないてた…?」
死神は少年が誰のことを言っているのか分からず聞き返した。
「昨日夜々さんに話したよね、父さんを殺した死神のこと」
「あぁ、君が実際に会ったっていう…」
「そう。その死神、泣いてたんだ。すごく、辛そうで悲しそうな顔しながら」
「それは、どうして…?」
死神は逃げることも忘れて聞き返していた。少年は空を見上げて、優しく目を細めながら話を続けた。
「おそらく、あの死神は…あの人は知ってたんじゃないかな。母さんが死んだ時のこと」
ーー大切な人を奪ってごめんなさい。これが私たちの仕事なの。でも、今回は違う。あなたのお父さんを止めるにはこれしかなかったの。ほんとうに…
「ごめんなさい。そう言ってその死神は僕に死神のことを少しだけ教えてくれたんだ」
「……そう。でも、その話と私に何の関係が?」
死神は、同業者についての話はあまり聞かされたことが無かったので、正直興味はあったが、質問する気にはなれず淡々と返した。しかし、少年の台詞はまたしても予想外だった。
「僕を殺そうとしたときの夜々さん、その人と同じ顔してたんだ」
寂しい笑いを浮かべながら少年は告げた。
「わ、私が…?」
「うん。夜々さんが、だよ」
確かに思い当たる節が無いわけではない。彼を殺そうとしたとき、ひとつの命が、目の前で話している少年が、永遠に失われようとしていると考えると何故か寂しかった。だがそれだけだ。果たして、顔に出るほどだっただろうか。
「その様子だと、自覚はなかったみたいだね」
まるで、この少年には自分の考えを見透かされているようだ。
「…結局きみは、何が言いたいのさ……」
「夜々さん、本当は誰も殺したくないんじゃないの?」
その言葉は偽りではなかった。実際、死神は罪のない人を殺すことに罪悪感を覚えていた。しかし、その気持ちを優先してしまえば、自分を否定してしまうことになる。そう思い、今まで『殺す』という行為から目を背けて死神について学んできていた。
「…否定したいけど、その通りだね。私には死神としての覚悟も、実力も足りてなかった」
力なく口を開いた死神の答えは、素直なものだった。自分でも薄々感じていたからだ。自分に死神は、人殺しは向いていないと。
「もう死神はやめるよ。これからは普通の人間と同じように暮らしてみるよ。…私には、才能がなかったみたいだから」
寂しそうに告げる死神に、少年はすかさず口を開いた。
「そんなことはないよ。僕が普通の人間だったら夜々さんの仕事は成功してた訳だし」
「でも、君は死なないから仕事は絶対に失敗だし」
死神がいじけたように言うと、少年は優しい笑顔で答えた。
「だったら、僕が死ぬまで殺せばいいさ。何回でも、何十回でも、ね」
「君、正気なの…?一回死ぬのだって苦痛なのに」
少年の笑顔に少しだけドキッとしつつも、死神は渋い顔をしている。それでも少年は笑顔で続ける。
「確かに、死ぬのは苦痛だけど、僕にはやらなきゃいけないことがあるから」
「死神を生き返らせる…だっけ」
「うん」
少年の返事は短いが、力が込められていた。それを聞いて、死神は眉間にしわを寄せ、ますます渋い顔になった。
「そこまでして、父親の償いがしたいの?正直、あなたは悪くないと思ってるんだけど」
そこで少年は自嘲気味に答えた。
「償いというよりは、僕の自己満足かな」
「自己満足…」
その台詞を繰り返す死神に、少年は寂しげな口調で説明を加えた。
「僕の予想だと、父さんと母さんを殺した死神って同一人物なんだ。ただ、その死神は父さんを殺す時に刺し違えて、僕に死神について教えた後はどうなったか分からないんだ」
「…生きてるの?」
「多分死んじゃったんだろうね。だからこそ、生き返らせたいんだ。あの人がこれから過ごすはずだった人生を返してあげたくて。あの人以外も、父さんが手にかけた死神は全員ね」
死神は心がざわつくのを感じた。この少年は命が惜しくないのかと。
「その死神が君のお父さんを恨んでいたら?君がいくら不死身でもその人なら君のこと殺すかもしれないよ?」
少年はおかしそうに笑った。
「夜々さん、僕のこと殺そうとしてるのに、心配はしてくれるんだね」
「う、うるさいなぁ!そんなんじゃないし」
言いつつも、死神は自分の矛盾を感じて恥ずかしそうに目を背けた。なんとも微笑ましい光景だ。
「あはは、ごめんごめん。でも、それでもいいんだ」
「そう…」
死神の心はざわついたままだった。だが、不思議と嫌な気はしなかった。
「だから、夜々さんには死神として、僕のパートナーとしてそれを手伝って欲しいんだ」
少年はより一層優しい笑顔を死神に向けた。死神はそんな少年に何度目か分からない動悸を覚えた。
(パートナーって、そういう意味で言ってる訳じゃないよね…?この人そこら辺は鈍感みたいだし…)
少年の誘いに、悪い気はしないものの、死神は先ほどの言い訳を繰り返した。
「ごめん、さっきも言ったけど、私には死神は向いてないの。だから手伝えることはないと思う」
死神は真っすぐと目を見てそう伝えた。これなら諦めてくれるだろうと確信した。
「だからこそ、夜々さんに頼んでるんだよ」
その確信は的外れだったようだ。いよいよ死神にも何を言っているのか分からなくなってきた。
「でもさっき、死神として手伝って欲しいって…」
「言ったね」
「だからそれは…」
会話が堂々巡りになってきた。困り顔の死神を見て少年は不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ、どうやら夜々さんは死神について知らないことがあるらしいね」
どやぁ、という効果音が聞こえてきそうな顔とポーズでそう告げる。
(あ、こういうとこは普通にうざいな)
「…夜々さん、今うざって思ったでしょ」
「さぁ、なんのことやら」
平然と受け流す死神の背中には冷や汗が流れていた。
(こいつ、イニシャルがDのメンタリストか!?)
「まぁ、冗談はさておき、死神には知られざる能力が色々あるのだよ」
急に胡散臭くなってきた話に死神は顔をしかめた。
「まぁまぁ、そんな顔しないで。元はと言えば僕の父さんが母さんの蘇生のために研究してたんだ。あの時の父さんはガチだったから信憑性はあるよ」
「じゃあ、早くその与太話を聞かせてよ」
信用されていないことに不満を抱きつつも、少年はこほん、とわざとらしく咳払いをして続けた。
「夜々さんは、死神の仕事とはなんだと思う?」
「急に何よ…。まぁ、人の命を刈り取る、つまり殺すことが主な仕事だと思ってるけど」
(他にも偵察専門の死神とか、殺した人のリストをまとめる死神とかもいるけどね)
「うん、概ねそれが正しいね。でも、少し違うんだ」
「違う?どこが?」
「確かに、死神は殺すことが本業だと多くの人に認識されているし、実際ほとんどの死神もその仕事をしている」
「じゃあ、合ってるじゃん」
そこで少年は死神に向けてビシッと人差し指を突きつけた。
「僕は、死神っていうのは命を操る仕事だと思ってる」
「操る、ねぇ…」
「つまり、今の死神がやっていることは操るという能力のうち奪うという動作だけだ」
死神は訝しげな表情になる。
「でも、私そんなこと教えてもらってないよ?」
「まぁ、そりゃそうだろうね。殺すっていう仕事だけならそんな情報がなくてもできるし」
あ、僕は殺せないけどね!と付け加えて少年はけらけらと笑う。全く、こんな奴がターゲットになったことが不運でならない。なんならもう一度殺してみようかなどと死神が考えていると、少年がそれを察してか真面目な顔をした。
「と、冗談はさておき、この考えには根拠もあるんだよ」
「……一応聞かせてもらおうかな」
「夜々さん、よく考えてみてよ。僕の父さんは体の6割が吹っ飛んでも死なない化け物だったんだよ?」
「自分で親のこと化け物って言うんだね」
「あの人普通じゃないからね。まぁ、そんな人を殺すのにひと刺しで殺れるとは思わないんだ」
「まぁ、確かに不自然ではあるね」
「そして、もつひとつ」
そこまで言うと少年は死神の目をじっと見つめた。
(え、なに…?怖いんですけど…)
「あのぉ、モブくん〜…?」
「僕も、持ってるんだ」
「えっ、持ってるって、何を…?」
「死神の力を」