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ゼロダンジョン〜最愛の者は異世界より〜  作者: 0
プロローグ 出会い。
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第8話 熱冷まし

猫視点❸です。

(さて、どうしたものかしら?)


目の前の獰猛そうな獣に対してどう処置をすればいいのか、スカーレットは考えあぐねていた。それでも放置するなどという英断を下すことも出来ず、渋々対処を開始する。


「そんなに見つめられたら照れるわ」


まずは軽くジャブを打つ。

問題に対する解決の目処を付ける為、最初に相手のやる気を削ぐ方法を試してみる。


「お前の名前を教えろ」


なんとなく予想はしていたが、結果は敢え無く失敗。少しばかりの期待は外れた。


(まぁ、このくらいで挫けるぐらいならこの子もこんなに悩んではいないだろうし、仕方ないか。次よ次)


「あら、私の名前かしら?珍しい、あんたが他の生き物に興味を持つなんて」


今度は挑発してみる。


藪蛇になるかもしれないが、これは先程の誘い水とは少し毛色が違った。


これはプライドをくすぐる方法。


あんたのような人間が私に興味を持つなんて有り得ないわよね。という伏せた本音をわざと捉えやすくしたものだ。


プライドが邪魔すれば、反動でお前になんか興味を持つわけないだろう。という言葉が返って来ることを狙ってのものだった。


「ああ、持ったから教えてくれ」


暖簾に腕押し。

当然の如く、それも失敗に終わった。


(心が読めるのに、流れを誘導できないなんてもどかしいわ。でもやりようがないのよね。だってこの子の今の状態は、私が欲しいって叫ぶだけなんだもの)


情熱的では生ぬるい、穢れた炎で自身さえ焼いているような瞳。


その炎はスカーレットに徐々に忍び寄る。


(方法は一つあるけど、それじゃあまりに無責任よね………)


「スカーレット、十二番目のスカーレットよ」


だから一旦ブレイク。誘導がままならないなら相手の求めに応じることにする。


名前くらいなら構わない。と思った。教える事で名前以外の意味を持ってしまうとしても。


名前とは単なる記号に過ぎない。だが受け取る側や差し出す側が特別な意味を抱いているのならば、単なる記号だった名前だけでも、感情を揺さぶるのは容易い。


「スカーレット。次からは俺もそう呼ばせて貰うけど構わないよな?」


名前を受け取った後、やはりというかスカーレットに対する周の熱量は高まってしまった。


(ああ、もう、本当にどうすればいいのよ、それにしても無遠慮に見過ぎなのよ、こっちまでまたおかしくなったらどうしてくれるの)


「落ち着きなさい」


次にスカーレットが用いたのは否定の言葉。これは自分に言い聞かす為のものでもあった。


「無理だ、お前が誘ったんだろ?責任を取れ」


(まったく、その通りなんだけどね!今は困るのよ)


聞かん坊に言い聞かすのには、古今東西骨が折れるものだ。

甘えられる相手を見つけた周には、恥や遠慮という概念がすっかり抜け落ち、それが頭の片隅にさえ初めから存在しないかのようだった。


「いいから話を」

「嫌だ」


(少しぐらいは聞きなさいよね。なんなのよ。だからそんな目で見ないでってば。とりあえず全部試してみましょうか)


次は脅してみる事にする。


「このままじゃ、あんた死ぬわよ」


これは事実。


スカーレットは、もし周が襲い掛かって来たとしても、手加減して対応するつもりではあったが、少し力の入れ具合を間違えただけで今の周では命を落としてしまうことも充分考えられた。


「俺は別に構わない」


(即答ね。もっと自分を大事にしなさいって言っても聞く耳を持ちそうにないわね、はぁ………)


会話にならない、とスカーレットは頭を抱える。それでも説得を続けなければならないのだから困ったものだった。


「私は構うの」

「なんでだ?」


「私はあんたを連れて行く事が目的なの。忘れた?」


「俺の知った事じゃない」


(なんですって、もういいわ)


周の言い様に、スカーレットはカチンと来た。


これが自らが招いたものだとは重々理解していたが、それを丸ごと棚上げする。


いい加減、この無意味な問答に終止符を打とうと決めた。

その方法が如何に無粋であろうと。


「へえ、そういう事を言うの………ならあんたの相手はしてあげないわよ」


「さっきは………」


「……黙りなさい。現在(いま)のあんたじゃ足りないって言ってるの。せめて私の足元ぐらいまでは、近づきなさい。そうしたら存分に相手してあげる。それとも自分だけが楽しめればいいかしら?それじゃあ、あの時のあいつと一緒よ」


「………っ」


聞く耳を持たなかった周はここで止まる。


「何よ、はっきり言いなさい」


「………分かった……我慢しよう」


そして心底悔しそうに、目を閉じた。


これが卑怯な手だということは分かっていた。


こういえば周が引き下がることも。


要らないモノと自分が烙印を押した相手と同じようにスカーレットから見られるのを周が耐えられる訳がなかった。


(自分で誘っておいて、袖にするなんて、あまりに酷いわ)


「悪かったわね。色々と」


鎮火し、熱が消えた後に残るのは、少しの罪悪感。

だからこれは本音が零れただけの言葉だ。


「ああ、別にいい、許してやる」


謝罪を受け取った周が開いた瞳には、今はもう、少しの熱っぽさだけが残るのみだった。


「ありがとう、あんたいい奴ね」


「うるせえよ」


謝罪し、許してもらう。こんな普通の儀式を終えて二人は疲労感を背負いながらも、正常な状態へと意識を変えていく。


「でも一つだけ言っておくわよ。あんまり情熱的な目を向けないで頂戴、私だって女なのよ」


ふざけた会話も、その為には必要なものだ。


「それは悪かった、挑発の意趣返しとでも思ってくれ。まあ、らしくないのは認めるよ」


周もそれに付き合い、落ち着きを取り戻していった。


「やめてよね、ああ、もう暑い暑い、あんたまるで別人ね」


「あれは残り滓のようなもんだ、滅多に表には出ないから安心しろ」


「どこが残り滓なのよ」


仕切り直しはこれぐらいでいいだろう。と最後に覇気のない顔で周は口にする。


「正直、馬鹿な猫だと思って舐めてた。止めてくれなきゃ乗せられて、そのまま持っていかれるところだったよ。流石に化け猫だけのことはあるな」


「化け猫じゃにゃいっ!」


そう答えた時にはすっかりと二人は、ただの喋る猫と、平凡な青年の姿の戻っていた。


ただ、そのやる気のない目を見てもスカーレットは

、もう一度あの瞳の色でこちらを見て欲しいと願う程度には心を奪われていた。



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