第7話 目は口ほどにもの言う
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猫視点❷です。
先んじてスカーレットが敢えて自分が心の中を知っているという事を周に伝えたのは、知っていると伝える事自体に意味があったからだ。
(あんたの事情を把握しているのに、この話をするって意味をちゃんと理解してくれたわよね)
スカーレットは周の反応を見つつ、まるで答え合わせをするかのようにもう一歩進んだ。
「これからが本題」
「なんだ?言ってみろ」
ずっとどこか余裕があった周の様子は、スカーレットの思惑通り、棘があるものに変わっていた。
(口調は変わっていないけど、やっぱりここが琴線)
スカーレットは悦が外に洩れないように気を付けながらも、淡々と話を続ける。
「あんたの事は色々見させて貰ったんだけどね、怒りっていうものは、その人の在り方を表すモノの一つよね」
「だったらなんだ?」
「最近はあんた怒っていないわよね」
本当の意味では、とスカーレットは付け足す。
「なんだそんなことか、俺は人より沸点が高いだけだ」
周のこの発言は、本当でもあり、嘘でもあった。
「沸点が無いの、間違いでしょ?」
だからスカーレットは逃げられないように、煽りながら逃げ道を塞ぐ。
「っ………~~」
するとスカーレットにより不意を突かれ睨みつける周の目は、一瞬ふっと変わった。
鋭さが消え、柔らかくなり、口角も気持ちばかり上がる。
ただそれは本当に束の間の事で、戻った時にはさらに視線は鋭くなった。
「言い返さなくていいの?なら続けるわよ。あんた昔は相当の怒りを溜め込みながら過ごしていたみたいじゃない。なのにここ十年はほとんど怒ってすらいない、でもその前は、特に十五年前ともなると酷いものよ、切っ掛けは…」
「やめろ」
黙ってスカーレットの話を聞いていた周だったが、断ち切るように言い放った。
声を荒げたりはしていないが、それは明確な拒絶の意思だった。
「確かにこれは今は関係ない事ね、じゃあ、あえてぼやかすと、あんたは遊び相手に逃げられたのよね?」
スカーレットが周を求めている場所に行き着かせるには、これに拘泥する必要がなかったので無理にその話を続けなかった。
必要があれば、一顧だにせず全てをばら撒いていたのは間違いないが。
遊び相手に逃げられたか、面白い言い方だな、と周はスカーレットの言い回しに渇いた笑いで返す。
「ああ、そうだ。途中で投げ出された。あっちが誘って来たのにな。こっちが少し本気で乗ったらあっという間だったよ」
本当に残念だった。とその顔は物語っていた。
スカーレットはその顔を見て、周が自ら覆った殻が剥がれ、内面が見え隠れし出したことに気が付く。
(あともう少し)
さらにスカーレットは周を煽動する。
「逃げるのも当然でしょ?普通は逃げるのよ。それが命に関わるなら」
「……知ってるよ」
スカーレットの言葉を受け取って、周はどこか寂しそうにする。
それは納得出来ないことを納得させられた子供の姿を思わせた。
だがそんな事でスカーレットは慰めたりはしない。まだ足りないと容赦せず事実を重ねる。
「それからは大変よね。自分がどういうモノか理解してしまったから、自分の同族を探す日々。でも見つからない、何処に行っても、誰と逢っても、あるのは中途半端なモノだけ、それでガッカリしたんでしょう?本気で遊べる相手が居ない事に気が付いて。だから諦めたのよね、それで感情に予防線を張って怒りを消した。期待しなければ怒る必要なんてないものね」
「………………」
この時の周はスカーレットの一人語りをただ聞くだけの人形になったかのように、首を曲げて視線を落としていた。
「あんたが趣味に傾倒したのも、それが理由。今は単純に本やゲームが好きなのかもしれないわ。それを機に他の娯楽にも手を伸ばした。でも切っ掛けは違う。羨ましかったんでしょ?中にいる彼らが。憧れ、羨望、憧憬。言い方はなんでもいいけれど、ただただ望みに近いものが、そこにはあった、だから慰めにした、違う?」
「………………」
話を聞いているのか、聞いていないのか、それも定かではない相手に向かってスカーレットは喋り続ける。決して止めようとはしなかった。
「沈黙は肯定として受け取るわよ。」
「………………」
(そう、まだ黙り。いつまでそうして居られるかしら)
「ところで話を戻すんだけど、ダンジョンっていうのは、どんな場所だと思う?、実は大変な場所なのよ。私の誘いに乗ったら毎日が命懸けで、いつ死ぬかもしれない危険な事になるでしょうね。あんたの世界とは違って嫌な場所でしょ?不老なんていったけど、まあ長生きは難しいわね」
「………………」
(私が見つけたあんたが本当にいるなら、黙ってなんて居られなくなるわ)
沈黙を続ける周に、スカーレットは言葉の槍を浴びせ掛け続ける。
「それに、ダンジョンマスター同士も偶にではあるけれど戦う事があるのよ、常に争ってるから。それも大変なの。同条件での命の削り合い。もう本当に疲れるものよ。もしあんたがダンジョンマスターになったら、勿論あんたもそれをしないといけなくなるわね」
(直ぐに自分から顔を上げたくなるようにしてあげる)
ほら、後もう一歩。これで終わり、とスカーレットはその相貌で周を見据える。
「そこには勿論、私とあんたもいる。あんたが望むなら本気で殺り合う事も可能でしょうね。わかる?あんたが望みが叶うかもって言っているの。私と遊ぶのはきっと楽しいわよ。最後まで私は決して逃げたりしない、真っ向から叩き潰してあげるわ」
スカーレットは丁寧に丁寧に周が覆っていた殻を一枚一枚、取っていき、そして最後にはその殻は踏み砕いた。周の隠し事を晒して、光を当てる。
そしてあんたの欲しいものなら、ここにあると自分自身を餌にして、目の前に置いたのだった。
(ほら、喰いつきなさい、餌の時間よ)
話し終えたスカーレットは自信満々の顔をしていた。
それもその筈、全てを終わらせた数秒後に期待通り、周は顔を上げるのだから。
「お前、いいなぁ」
そこにあったのは、ついさっきまで話していた人間と同一人物とは思えない目の色をした何者かだった。
スカーレットは喰いついたと確信した。しかし顔を上げて自分の事を見た周を確認して、自らが取った行動に驚愕する。
(私が何で)
驚いた理由は単純。
スカーレットは周の瞳を見て無意識の内に慄き身を引いていたからだ。
(嘘でしょ、相手はただの人間よ)
スカーレットは【鑑定】を使って周の名前と共にその能力値を把握している。
能力値というのは、その者の強さを測る値だ。
この全ての値に置いて、スカーレットと周の間には千分の一、一部では万分の一といってもいいぐらいの開きがあった。
だから周が何をしたとして、スカーレットには恐怖を抱く理由なんてものは思いつかない。
にも関わらずだ。周を前にして、スカーレットは一種の恐れ抱いてしまっている。
真面に遣り合ったのなら勝負にすらならない、いやそれは真面に遣り合わずとも結果は決まってしまっている。
自分を害する事など、敵わない相手を何故恐れているのか?
それが、スカーレットを混乱させていた。
周の向ける目をしっかり視るまでは。
(なんて目をしてるの、この子は)
ついさっきまで何も映っていないかのような覇気のない青年だった筈の周は、現在は何かに取り憑かれたかのようにドロドロした欲望の塊のような目をスカーレットに向けていた。
その目にはもうスカーレットしか映っていない。
飢餓状態の獣の前に不用意に肉を置いた時のように。
爛々と、だが鈍く光る瞳はこう吠える。
(欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいやっとやっとやっとやっとやっとやっとだ。獲物だ獲物、逃がすな、物にしろ喰いつけ、噛み付け。待ってた、ずっと長い時間ずっと、お前だけを待っていた。さあしよう今すぐに、もう待てない)
何か切っ掛けがあれば、周はスカーレットに飛び付いていただろう。
スカーレットが何か大きく動いていたならそうなっていた。
だがスカーレットは動かない。これにも理由はあった。だがそれはもう恐れによって、ではなかった。
(中にいたのは、獣じゃなくて化け物か、それとも何かの権化かもしれないわ。…困ったわね、本当に困ったわ。そんな瞳で見詰められたら、求められたら、私までその気になってしまうじゃない)
動かなかったのは、周の狂気に当てられていたからだ。
誘っておいて情けないと自分で思いながら、それでもスカーレットは内から溢れる衝動を抑えるのが難しい。
当然の事だったのかもしれない、スカーレットは数百年の間。こんな瞳を向けられていなかったのだから。競っている筈の他の一議席からは見下され、わずかにいる自分の配下がそんな瞳を向けてくることなどある筈もなかった。
スカーレット自身も、気付かない内に飢えていた。だから周の中身を知った時に暴き立てたくなった。自分でも気づかない内に、周を求めていた。
(どうしよう、抑えられない。今すぐこの子を殺したい)
きっとその願望は直ぐに叶う。スカーレットが動きさえすれば。
そうして行動に移ろうとして、次は自分自身に水を差された。
(ああ、もう。儘ならない)
スカーレットは自分が欲望の儘に行動し、周を殺してしまえば、これが終わってしまうことに気が付いてしまった。そんな簡単な事に気付いてしまった。
周の願いは叶うかもしれない。見初めた相手に最後を看取って貰えて、でも私は?と考えてしまった。折角こんなご褒美に逢えたのに、私は一瞬でそれを終えてしまう。
それは嫌だ。とスカーレットは思った。だからなんとか寸前の所で自分を抑えつけることが出来た。
それは更なる欲求のお陰で自分を抑えられたと言ってもいいだろう。
いつかこの子が育った時に。という大きな欲求を前に、今の自分を屈伏させた。
スカーレットは心の中で一息入れる。それから周に向き合った。
(駄目、駄目よ。乗せられちゃ、それにしても、この子は本当に・・・やっぱりね、思っていた以上。これがあんたの本性ね)
なんとか押し留まることが出来た。
それはさらなる欲以外にも、スカーレット自身が自分で仕掛けたから周の反応をある程度予測出来ていた事と、それに加え単に年の功という部分もあったのかもしれない。
でも周は事情が違う。
突然不用意に獲物が目の前に落ちて来たのだから。
しかもその餌は、周にとって本当に美味しそうに見えてしまっている。
ここからは大変ね、とスカーレットは後始末を想像して気が滅入った。
少し壊れた周を元に戻さなければならなくなってしまったのだから。
だがこの自業自得の終点にいる自分を笑いながら吐いた溜息には、少しだけ心地良さも混ざっていたのにスカーレットと自身も気付いていた。