第34話 秘策というよりは奇策
「何も居ないな?」
「ええ、主様」
二人は音をあまり立てないように注意しながら廃家の扉をそっと開け、顔だけ出して辺りを伺う。それから扉に手を掛け、周はペテ子を後ろに連れて外に出た。
廃家に入った時には危険な場所から安全な場所への移動だったので、そういう部分に気を使うことはなかったのだが、それが逆になると途端に気になるというのはおかしなものだ。
外に出ると地面一杯に広がっている下草の絨毯が周を迎える。 見ている分には神秘的と言えなくもない景色だが、今はそんな事より靴を履いていない現実が突き付けられた。
そこを湿った靴下で踏むとさらに濡れるという悪循環を許容するのが精一杯で、それを楽しむ余裕はなかった。
唯一の入り口である岩肌のトンネルは途中で曲がっていて、そこにさえ何かが入ってこなければこの半球状の小さなドームのようなこの場所は個人的な空間となる。岩山にぽっかりとあいている大穴から見える上空は晴れ模様だ。
そこに何かがいるなんてことはなく、周が廃家に入った時と状態は何も変わっていなかった。
感覚が鋭敏になっているからか、上空を吹き荒ぶ風の音がやけに大きく感じた。
本当ならこの広い空間に目当てのものが居れば良かったのだが、辺りを見回してみてもなぜかそれは居なかったので、この場所から岩肌のトンネルを抜けて、森を目指す事にした。
目指すといっても遠出をするつもりはない、トンネルの近くを少しだけ探索するだけのつもりだ。
トンネルに入ると、後ろから付いて来ているペテ子が一応気を使ったらしい小さな声で周に話しかけてきた。
「それで主様は何を探しに行くんですか?」
「小動物や魚でもいいんだが、やっぱり本命は虫だな」
周も心ばかり声を落として答える。
「虫ですか?」
なぜそんなものを、というのがペテ子の反応だ。
予想通りの反応だったので、周は話を続ける。
「それも出来るだけ小さくて、捕まえやすく、運びやすい奴、あと一度に産卵する卵の数が多い虫を見つけられたら最高だな」
「虫なら、ダンジョンの近くに居たのでは?」
「なんでかわからないけどな、あそこには居なかったんだよ。ダンジョンがあるせいかもな」
周はダンジョン化した廃家に入る前にそれらを一応探してはみたのだが、周辺にそういう痕跡はまるでなかったのだ。
「吸収されたので無いのなら、元々居なかったということになりますね」
「生き物も吸収されるのか?」
「物として扱われたのならです」
「そうだと困るから、最初から居なかったって事にしておこう」
「それでなぜ虫を探しているんですか?」
ペテ子が当然気になるのは、その事だ。
「まずは一匹見つけて、確認したい事があるんだ」
「何をです?」
「ステータスの有無だよ」
周はスカーレットのダンジョンを訪れた際、ダンジョンについてのレクチャーを受けている。
その時の話ではDPを得る方法はダンジョンで挑戦者を殺すか、もしくは挑戦者をダンジョン内に滞在させるという二つの方法があると言っていた。
そのDPの算出の仕方はステータス内の個々のParameterと表示された
HP、MP、STR、VIT、AGI、DEX、INT、HIT、MND、LUK、この十項目の数字の合計値によって左右される事も学んでいた。
そこで周が考えたのは、人間以外のどんな生物にこのステータスというものが存在するかである。
自分にはある、モンスターにも。ならもっと小さい、例えば虫なんかどうなんだろうか?と。
もしも簡単に捕まえられる程度の虫がこの Parameterを所持していたのならば一等級の周のダンジョンにも入れるであろうし、殺すのも滞在させるのも難しくはない。
間違いなく自分を殺しにくる人間を殺したり、捕まえるより余程簡単な事だ。
方策がかなり変わると言ったのはこういう事。
有象無象の人間相手に命を賭けて商売するより、虫相手の方が楽なのだ。
少し前の周ならば無謀な勝負も望むところであっただろう。しかしスカーレットに出逢ってしまった彼はもう彼女以外の前で死ぬ事が出来なくなってしまった。
準備無しで一方的に狩られてしまうのを避ける為、周はこういうダンジョン運営の隙間を縫った方法を執ることにした。
「虫にステータスがあればDPを獲得出来るかも、ですか?」
「その通り、わかってるじゃないか」
「狡いですね、主様。戦わずにDPを得ようだなんて」
「策略家とでも言ってくれ」
二人でそうこう言っているうちに、周はトンネルを抜け、森に入り目当てのものを見つけていた。そこはトンネルを抜けて森に入ってから数メートルと言った場所だった。
その虫は何処にでもいるような蟻だった。
周は直ぐに【鑑定】を行う。
「どうですか?主様」
ペテ子の問いに周は
「こういう時はなんて言うんだっけか?ーーーそうだ、BINGOだ・・・こいつらにもステータスは存在する」
嬉しそうにそう答えた。
しかし周は失念していた。
ここは森の中でダンジョンのように安全な場所ではないことを。目当てのモノを見つけた喜びは自分に近づいている男の二人組を見逃すくらいの隙を生んでいた。




