第32話 ペテ子、誕生
「いざ、お宅訪問って、これじゃあな………」
ククルを見送り、その姿が見えなくなってから周は振り返り廃家の前に立つ。そして気持ちを昂らせようとして完全に失敗していた。
原因はその廃家そのものにある。
寂れた二階建ての廃家の外壁には全体的に植物が浸食していて窓や扉は壊れ、かつては人が住んでいた事をこの家ですら忘れていそうな有り様になっていた。
廃家の中にお邪魔すれば崩れそうで、入るのも躊躇われるそこが今日からは自分の住居となるのだ。
外観はどうだろうとダンジョン化すれば大丈夫だとスカーレットは言っていたが、外見というのは大事なものである。と周は心底そう思った。
それはこれから自分の外見に気に掛けず髪の毛を伸ばし放題にするつもりだった周のぐうたらな心根にまでも変化の兆しを生じさせるぐらい酷いものだった。
そうやって文句を言ってても時間は過ぎていく。
自分にとって良い事をしていても悪い事をしていても時は関係なく過ぎていくものだ。
不老になった周だが、この世界の時間が過ぎていく事に変わりはない、只でさえこの場所は周にとって未知の場所だ。唯一少しは知っているダンジョンの中に入る事を嫌がっていても何も前には進まないので、決意して周は廃家の扉に手を掛けた。
壊れた扉を半分壊すくらいの気持ちで開けると、キーとかガシャンとか嫌な音と共に扉が開く。
足を踏み入れると予想通り、中は陰鬱な雰囲気が漂っていて足場も悪かった。
臭くはないのがせめてもの救いだろうか。
踏み入れる時に一瞬見えない透明の膜のようなものの抵抗を感じた気がしたが、それを周が思い過ごしだと無視すると、直ぐにその抵抗は無くなった。
「邪魔するぞ」
植物が覆っていて光が入らなくなっている所為か、廃家の中は薄暗かったが、迷わず進めたのはボロボロの廃家の残骸の中で異彩を放つ光を纏った扉が一つあったからだ。
これがダンジョンに繋がるものだと周は判断した。
「………これか。合言葉は開けゴマか?」
周が開けゴマと言いながら扉に触れると、その扉は勢いよく勝手にバンと大きな音を立てて開いた。
そこには廃家と違い、整えられた階段と外壁にはそれを照らす灯火があり、それを導に周は階段を下っていく。
(スカーレットの話は眉唾ものではなかったみたいだ)
五十段もの階段を下り終えると、そこには予想よりも広い空間が存在していた。
縦横の広さは、フットボール場のピッチと同等かそれ以上。高さは10m程か。あの廃家の下にこんなものがあるとは、誰も見るまでは信じられないだろう。
空間の最奥には台座があり、その上にはスカーレットに言われるままに投げたコアが埋まっていた。
そのコアは怪しく赤い光で煌めいていた。
誘蛾灯に虫が誘われるように周は台座の元へ行き、コアを触ると、
「マスター登録が完了しました」
と何処からか声が響き、コア溜まった赤い閃光が一気に放出した。
周はその光で目が眩み、瞬かせてから目を開けると、目の前に赤い小さな光の球のようなものが現れて浮いていた。
そして光球は挨拶をする。
「私は貴方のダンジョンのサブマスターです。これからよろしくお願いしますね。主様」
挨拶するときの礼儀の挙動なのかわからないが、二度ほど点滅した光球は周の身体を中心に観察するように一周回った。
そしてもう一度周の前で点滅してから、その動きを空中で止めた。
周は光球の登場に驚いてはいたが、元々顔には出難くさらにスカーレットに出逢ってからというもの色々あり過ぎたので、おかしな状況への対応が板に付いてきていて、直後には普通に会話に望むことの出来る精神状態へと心は落ち着いていた。
「ああ、よろしく、でお前は?」
「おっと、驚きませんね。ぱっと光らせましたのに、演出が台無しです。やり直しを要求します」
周が普段通りの対応をすると光球はピカピカと点滅しながら文句を垂らす。
「鬱陶しい、質問に答えろ」
周がそう言うと
「ですから私は主様のダンジョンのサブマスターですよ、貴方様だけの補助要員です。役目としては主様を助けたり、ダンジョンの事を管理したりですが、もしも主様が色々と私に求めるのならば様々な要望にも応える所存ですよ!」
その光球は意欲的に自分の事をアピールし始めた。
(どうやら攻撃の意思はないらしい、敵ではないみたいだな)
「ダンジョンの事について詳しいのか?」
「ええ、ダンジョンの事なら何でも答えちゃいますよ、お任せあれです」
それは助かると思った周は、試しに一つ質問してみる事にした。
「じゃあまずお前の事からだ、お前は何だ、具体的に。種族とかそういうのものは?」
「おお、私に興味津々のご様子。これは嬉しいです。そうですね、今は種族はありません。サブマスターはダンジョンマスターの成長と共に、そしてダンジョンマスターのお好みで育っていくものなのです。ですから性別もありません。全ては主様である貴方様次第となります。そういえばお名前を伺っていませんね、教えて下さいな主様」
一言えば十で返せと生まれた時に頭に命令を下されたのかと疑うくらいに捲し立てる光球は、感情が昂ると点滅するらしく、上へ下へ右へ左へと落ち着きなく動きながらその身体を何度も光らせていた。
「佐々木 周だ」
「周さんですね、まあそれは知っていたのですけれど、自己紹介は大切だと主様の記憶の中にもありましたしね、それにどちらにしろ私は主様とお呼びするのであまり意味もありませんが!」
(……こいつは)
「知っているなら聞くな、というか何で知ってる記憶ってなんだ?あとイラっとする口調はどこ産だ?」
「それは勿論主様産ですよ。主様に似てるでしょ?私は主様に染まったコアから生まれたサブマスターですもの。主様がコアを胸に抱ている間に血とか思いとか記憶とかを少しずつ頂戴していましたから、ええ!間違いありません!」
(こいつは自分が俺の半身とでも言う気か?)
「似ていない、俺はそんなに五月蠅くないし鬱陶しくもない」
周は認めていないが、実はそんな事は無かった。
通常時ならば確かに似ても似つかないだろう。だが光球はこの半年間、つまり旅行中の周の血と感情や記憶などを混ぜこんで作られている。
そしてそれは一緒にいたスカーレットに対して何度も暴走した時のものも含まれているということだ。
光球のこの姿は周がスカーレットの前で暴走した時の姿と方向性は酷似していた。
「そんな酷いです。私は主様から生まれましたのに、でも大丈夫!これから好きになって頂きますから、では手始めとして最初に愛着をもってもらう為、私に名前を与えて下さい」
「嫌だ、なんか気持ち悪いんだよお前」
「そうしなければ、ダンジョンを起動できませんよ」
侮蔑の言葉も光球は怯まない。あくまで自分の事を優先する。こんな所も周に非常に似ていた。
「じゃあアホ子」
「主様、蔑称はいけません。もっと愛のある名前を下さい!」
光球は抗議のつもりなのか激しく点滅する。
「ならウザ子」
「だから蔑称はダメですって、もしかして主様は色々と頭が不自由な御方ですか?」
「失礼な奴だ」
声の抑揚と光の点滅、そして上下左右の動きで、光球が自分をバカにしているお周は十二分に理解できた。
「待て、そうだな、じゃあペテ子で」
「蔑称ではないみたいですが、どういう意味ですか?」
「お前の見た目は赤い光の球だからな、俺の世界の星の名前から貰った。赤い星といえばペテルギウスだ。だからペテルギウスの前の二文字と小さいという意味の子を合わせてペテ子だ。……ああ、ちょっと待て。赤い星ならアルデバランもあったな、ならアル子がいいか?アルコールを想起させて常時酔っ払いみたいなお前にピッタリだ。さて、どちらにするか……」
(酔っ払いのアル子。言い得て妙だ。しっくりくるな、でもペテ子も捨てがたい)
周がいつの間にか光球の名前を付ける事に乗り気になり始めて、考えを巡らしていると、
「主様の考えて下さった名前なら二つとも頂きますよ。私は!これからはペテ子・アルデバランと名乗らせて頂きます。これで解決です。呼ぶ時は可愛くペテ子ちゃんとお呼びください」
光球、改め、ペテ子・アルデバランは周に貰った二つの名前を組み合わせて自ら名乗った。
「断る、ペテ子でいいな」
「主様ったら私の主様の癖にノリが悪いですねぇ。ですがこのペテ子、諦めません。私が頑張っていつか主様にペテ子ちゃんと呼ぼせてみせましょう。張り切っちゃいますよ」
名を貰ったペテ子はさらに熱狂的に周に迫る。
(これから永遠にこいつと一緒か…………)
「それよりもダンジョンの事を説明してくれ」
このまま付き合えば、精神的にどっと疲れるのは間違いないので、ペテ子とは反対に周は冷静になっていく。
「そうでした、そうでした。時間は三日間しかありませんものね」
「三日?」
「簡易ダンジョンが作成されてから三日間、ダンジョンを形成する猶予の時間がダンジョンマスターには与えられます。その三日間はあらゆる敵の侵入を許しません。ですからその間に対策をするのですよ」
「そんな話は知らなかったな」
「その為のペテ子ちゃんなのですよ」
これが周の横で常に辺りを賑やかす、かなり五月蠅い仲間が増えた瞬間だった。
廃屋を廃家に変えました。




