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第28話 ククルの受難

「人攫いの片棒を担ぎたくはない」


簀巻(すま)きにされたククルを前にして、周は反射的に拒否の姿勢を示した。


自分が彼女の事を欲しいと言ったことは周の頭から完全に抜け落ちていたが、それはスカーレットによって直ぐに思い出させられる。


「あんたが私のダンジョンに来た時に迎えた挑戦者(プレイヤー)の一人よ。その時にこの子を見て欲しいって言ったから連れて来たの」


(ああ、だから見覚えがあったのか)


ここで周が思い浮かべた記憶はスカーレットのダンジョンにお邪魔した時の事だ。

ついでにスタークさんのコーヒーは美味しかったなと余計な記憶も呼び起こしていると

「人間、お前にはこの程度の小娘がお似合いだ」

スカーレットの隣で嫌味を追加するシモンに水を差された。


「思い出した。確かに俺の注文(オーダー)だ」

「そうでしょ?」

「~~~~~~~っ」

周の肯定の意を知り、ククルは何かしらを叫んでいたが、その口は縄を噛まされて塞がれていたので何を言いたいのか、その意味はわからなかった。


(悪いが、少し放置させてもらうぞ、外すと五月蠅そうだしな)


騒いでいるククルの口の縄を、周が同情して外すなんてことはなかった。


「それにしてもこれは……犯罪者臭が凄いな」


今のククルの状態を見て、周は簀巻きされた人間の周りで談笑する自分達の事を俯瞰して感想を漏らす。


「いまさら何を言ってるの?あんたに見せる為にあの挑戦者達は殺されて、あんたが欲しいって言ったからこの娘はここに連れて来られたのよ。殺人幇助と誘拐の主犯であんたの世界なら完全に犯罪者でしょうが」


「そう言われたら否定のしようもないが……」


やっていることはスカーレットの言う通りなので、周は頷くしかなかった。


「でしょ?それでやって欲しい事ってのはね、この子に呪刻(じゅこく)をして貰いたいのよ」


周が自分を犯罪者の一味である事を認めたので、スカーレットは満足して話を先に進めた。


「呪刻?」


聞き覚えの無い言葉に思わず周は問い返す。


「奴隷にする儀式みたいなものかしら?奴隷紋を刻むって方が一般的ね」


「この子を奴隷にするのか?俺が?」


「こやつは何を当たり前の事を言ってるのですか?」


スカーレットとシモン。それと周の奴隷という発言に対する反応の違いは、奴隷という言葉でさえ聞きなれていない者と、それが日常的にその場にある者との違いだった。


「別にしなくてもいいけど、しなきゃあんた殺されるわよ。見なさいよこの子」


周の足元には目に絶望感を浮かべながらも、殺気を飛ばす目で周を睨んでいるククルが居た。


「みたいだな、凄い良い目をしてる。視線だけで殺されそうだ」


「今は興奮しない。あんたが死んだら私も困るし、さっそく取り掛かって」


スカーレットがそう指示するが周は動かない。いや動きようがなかった。


「取り掛かってと言われても、やり方なんてわからないぞ」


周は呪刻について何も知らない。


「あ、そうね。シモン、血墨(ちずみ)はどこかしら?ほらあの周の血が入ってるやつよ」


「それならば、あそこに。呪刻に必要なものは一揃えにしてあります」


シモンが言うそこには、よくみると(かずら)で編まれた大きな葛籠箱つづらばこが置いてあった。


「周、あんたはそこの箱を持って来なさい。その中の巻物(スクロール)に呪刻用の紋印(もんいん)が描いてあるから、描いてある通りにこの子の身体に刻むの。刻むといっても指に血墨を付けて描くだけだからね」


周はスカーレットの指示通りに葛籠箱を持ち上げて、簀巻きになっているククルの横にそれを置く。


「えっと、これをこれで描けばいいのか?」


中にはガラス瓶に入った赤い液体と巻物(スクロール)。それと何枚かの綺麗なタオルが入っていた。

それらを取り出し、スクロールを広げて、独特な匂いのする血墨が入った瓶を開けると、蓋に付いていた赤い液体が指を濡らした。


「ええ、私達は手伝えないから、一人でやりなさい」


「了解、なあ、これは取っても大丈夫か?」


簀巻きの状態では紋印を描くには不便なので、縄を取ってもククルが暴れ出さないかの確認を取る。


「~~~~~~~~~っ」


何やらまたククルは叫んでいた。


「それを解いても身体自体を縛ってあるし、薬で首から下は動けなくしてあるから平気よ」


「そうか、じゃあ失礼するぞ」


縄を外すと、

「~~~~~~~~~っ」

ククルが騒がしくする原因に納得した。


「俺が頼んだわけじゃないぞ」と一応周は言い訳を口にする。


なぜなら簀巻きを解いたククルは何も纏っていなかった。

つまり完全に裸だった。


「なんで全裸なんだ?誰の趣味だ」


頭に疑問符を浮かべ周は二人を見る。


「趣味じゃないわよ。描き(やす)くしておいてあげたの。シモンが」


「スカーレット様の手間を省く為だ。断じて貴様の為ではない」 


「~~~~~~~~~~~っ」


その間も薬と縄で拘束されているククルは当たり前だが騒がしい。


「まあいい。よし、じゃあ描くか」


ククルの服の在処を知らず、また服を着させても、もう一度呪刻する時に脱がさなけらばならないので周は一旦、時間の無駄を省く為に考える事を止めた。


(さて、何処に描くか………こういうのは本人に聞いた方が早いな)


「なあ、お前は身体の何処に呪刻をして欲しい?」


後から文句を言われても困ると思った周は口の縄を外し、ククルに質問を投げかける。


その時ククルの涎が手に付き、汚くなった指先を見て軽く後悔した。


「全員私が殺してやる」


開口一番ククルの口から放たれたのは呪詛(じゅそ)の言葉。


「いや、今はそういうのいいから。質問聞いてたか?」


周の耳はその言葉を捕まえず、通過させた。


「五月蠅い!絶対に許さない、絶対にころ…………むぐぐ」


涎の事もあって少しイラっとした周は直ぐに口の縄を元に戻した。


「だからな、どう考えても無理だろ今は。自分の状況を考えろ。これがお前の敵だ。しかも縛られてる。状況を把握したか?」


ククルの顔を両手で掴み、自分、スカーレット、シモンの順番に顔を向けさせた。


(これで大人しくなって…………)

「~~~~~~~~~~っ」

(くれないよな)と周は騒ぐククルの口の縄を外すことは諦めた。


「汚ねえし、うるせえな。じゃあ俺が決める、背中か尻のどちらかだ。描きやすいし、服を着れば目立たない。頷け。どちらがいい?背中か?尻か?」


「~~~~~~~~~っ」


聞いても頷かないので、周は先にククルの肩と腰に手を回し転がして、描きやすいようにうつ伏せにした。


「質問を変えるぞ、背中か尻、俺に触られてもいいのはどっちだ?頷かない場合は俺が決める」


質問に答えないので、周は最後通告する。


「背中か?尻か?」


「………………」

仕方ないと観念したのかククルはコクコク周の口から背中という言葉が出た時に二度頷いた。


「背中だな、よし」


周はガラス瓶の中の液体に人差し指をつけ、巻物(スクロール)に描かれている紋印を見ながらそれをククルの背中に描き写し、模写を完成させる。


「出来た。これでどうだ?上手いもんだろ」


紋印は写すだけだったので、それほど時間は掛からず、作業は(とどこお)ることはなかった。

会心の出来とは言えずとも合格点内だと周は自画自賛をする。


「初めてにしては上出来じゃないかしら」


スカーレットもその出来栄えには満足したようだ。


「これで終わりでいいのか?」


「まだよ。直ぐに呪刻は馴染むから、それを待って。呪刻の色が黒色に変わったらそれに手を当てながら命令を下すの。奴隷になれとか俺に従えとかね。破った場合の罰も決めておきなさい」


スカーレットの言う通り、呪刻はすぐにククルの背中に馴染み、赤から黒に色を変えた。


周は背中の呪刻に手を当てる。


「~~~~~~~~~~っ」


これから奴隷にされることを想像して、ククルは必死の抵抗をしようと試みるが、身体は意思に反し、動きはしない。


「そうだな。じゃあ命令は俺に故意に不利益を(もたら)そうとするな。だ、罰はこれを破る度にお前の大切な人との思い出が全て俺との思い出だと上書きされる。でどうだ?」


その間に周は迷わずとククルに呪刻し終えた。


「~~~~~~っ!……………」


軽作業を行うような手軽さで自分が周の奴隷なってしまったのを知り、ククルの中にあった殺気が少し緩んで、その瞳から涙が溢れた。


「うーわ。あんたこの一瞬でなんて事を考えるのよ。流石の私でも少し引いてるわ。死ぬとか気絶するとかそういう事を言うかと思ったら、記憶の書き換えだなんて。あんた酷いわね」


「この人間は危険です。スカーレット様、お気を付けを」


なぜか呪刻を終えた周に対する二人の評価は(かんば)しくない。


「罰が死ぬとか気絶する程度だったら、こいつは俺を殺しかねないからな。こういう時は一番大切なものを担保にするべきだ。全てを失ったこの子は記憶の中の仲間だけが頼り。万が一俺を殺せても、その記憶の仲間が俺にすり替わる事ほど嫌な事はない筈だろ。死の間際まで俺の事を思い続けるなんて嫌だよな?ククル」


周は昔からの友人に向けるような顔で、ククルに問い掛けた。


「…………………………」


涙で濡らしたククル瞳に恐怖の色が写った瞬間だった。


「そうやって大人しくしてろ。今はあいつらと話しているんだ」


ククルが黙ったのを見て、周は気分を良くする。


「気の毒な子」


「これで終わりだよな?」


タオルで血墨を拭きながら周はもう一度スカーレットに確認をする。


「呪刻を見なさい。紋印の一部が変色してるでしょ?それがこの子に呪いが刻まれた証拠」


呪刻は命令を下し終える前は黒色に。終えた後には白色に変化する。その変化がククルの背中でも起こっていた。


「確かに変わったな。でも四分の一ぐらいしか変色してないぞ」


染まっているのは、呪刻の左上の部分だけだった。


「後三回、呪いを増やせるってことよ。その三回の機会を使って他には呪いを上書きする事と、解呪をする事が出来るわ」


(便利なもんだ、あと三回も命令権があるのか、でも……)

「他の奴に命令をされたらどうなる?」


「それは無理。あんたの血で作った血墨だからあんたにしか命令は出来ない。あと複数の呪刻も不可能だからこの子が他者の奴隷になることもないわ。さっきの命令ならこの子が解呪するのもほぼ無理だし、あんたが解放するしか呪いを解く方法はないわね」


「じゃあもうひとつ足しておくか、罰を追加、俺が決めた原則(ルール)を破った場合、気絶する。これで残り二つだな」


呪刻の変化を見てみたくて、後三回あるならと、周はククルの背中にさらに原則(ルール)を刻んだ。


周は背中に注視して、色の変化を観測する。


「………………………」


ククルはさらに呪刻を追加されて、瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。


「女の子を泣かす男は最低に映るわね」


「そうですね」


そこには周を酷評する二人。


「お前らもな」


その五文字の返答には、何を部外者みたいな態度をとっていやがる、お前らだって関係者だろうが。という意味が含まれていた。


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