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第26話 喧嘩は程々に

内風呂に飛び込んだ後、最初に感じたのは柔らかい地面の感触だった。


次に目を開けると青々とした緑。


そこは木が生い茂る静かな森林の中。


それを見て(あまね)は、注文通りだ。と満足する。


(あらかじ)めダンジョンの場所をある程度なら決められるとスカーレットに聞かされていた周は、条件として三つの事を提示していた。


一つ、ダンジョンからさほど離れていない場所に人が住んでいる集落が存在する事。


二つ、ダンジョンの周辺に生物が住む生きた森林がある事。


三つ、スカーレットの所有するダンジョンがある国の敵国の領内である事。


以上三つの条件が全て当て嵌まるのがこの場所だった。


スカーレットは人が少ない場所はDP(ダンジョンポイント)が貯まり難いので止めておいた方が良いと善意で止めてくれたが、周は(かたく)なに拒否して希望通りにと頼み込んだ。


思い浮かべた通りになり、周は気分が良くなって足元を見ると直ぐにそれを下げる案件が発生。


「あーあ。忘れてきたな」


視界に映るは、靴がある筈の部分に濡れた靴下というあるべきものがない光景。

一目で自分が間抜けな所為で靴を履いてこちらに来られなかったのを理解させられた。


(森の中って指定して置いたのに、馬鹿か俺は)


お湯の中を抜けて来たというのに、服は濡れていないのが余計に惨めだ。

濡れているのは、愚か者の烙印となった下草を踏んでいる濡れた足元だけだった。


「ここは?」

気分を切り替える為、質問する。


「あんたが言った通り、人が少ない場所」


「具体的に」


「さあ」


「自分で調べろってことだな」


「その通り」


「意地悪め」


「これが私の優しさなの」


後から現れたスカーレットからこの場所の詳しい情報を得られないかと思ったが、それは不発に終わった。


(まあ、いいか。どうせ聞いたとしても一度は調べ直すことになるしな)


スカーレットが必要としているものと周が必要としているものは言うまでもなく完全に一致する事はない。


これは両者の優先順位が常に違うからだ。すると必ず欲しい情報にズレが生じてくる。

同じ事象に遭遇しても見る者によって見え方は違ってくると言えばいいだろうか。

だから情報収集を自分以外の誰かに任せる場合、自分に似通った者か、自分を理解しているものに頼んで精度を上げる必要が出てくる。


スカーレットは周の事を多少は理解しているだろうが、彼女自身が情報を集めることなど無いだろうから、他の配下にそれをやらせることになる。

そしてその誰かは周の事を知らないし、思考が似ているかどうかはわからない。

それを危ぶんでもう一度調べ直すなら、最初からやり始めるのとあまり変わらないと周は考えた。


こちらでその誰かを探すのは手間だな、ネットがあれば、とやるべき課題を一つ増やし、周は頭のメモ帳にその一つを書き記した。


「お待ちしておりました、スカーレット様」


周とスカーレットが談笑していると、後ろから声がする。


「お、吃驚した」


「お疲れ様、シモン」


それを受ける二人の対応は対照的で、周は驚き、スカーレットは淡々としていた。


周の、先に人が居るって言っておけよ、という詰問気味の視線を軽く受け流し、スカーレットは周とシモンの間に入る。


「こっちが周」


「そっちがシモンね」


そこには怪しいという言葉を絵に描いたような男がいた。

帽子を目深(まぶか)(かぶ)り、顔は見えず、身体全体をローブで覆っている。

それ以外に唯一見えるのは、右手に持つ普通の木の杖だけだ。


「どうぞよろしく」


紹介をされてしまったので、近づきたくはなかったが仕方なく周は握手を求める。


「ちっ」


返って来たのは舌打ちだった。


「こやつが我が主を(かどわ)かしている男娼ですか」


(おっと、…………これはいい悪意だ)


気に入らないという感情が駄々洩れの怪しい男に挑発されたので、礼儀として当然、周はそれを上乗せして返すことにした。


「ああ、俺がスカーレットの男だ、よろしく」


あくまで(にこ)やかに、もう一度握手を求める。


「身の程を分からせてやる」


「やってみろボケ」


怒鳴りはせず静かに両者の間に火花が散った瞬間だった。


「はい二人とも喧嘩しない。あと周、シモンの本体はそっちの杖だから握手は意味ないわよ」


スカーレットの言葉で、怪しい男はばたりと倒れて消え、杖だけが自立した。


「不思議生物だな」


その姿に目を奪われ、周が不躾な視線を杖に向けていると、


「こっちを見るな、人間」


怒りが収まらない様子のシモンは、空中に浮いたりして新しい怒りの表現をしていた。


「悪いな、木の棒。失礼をした」


周の挑発は続き、両者はやり合いは加速する。


「スカーレット様がいなければお前など」


「なら本当にスカーレットが居て良かったよ」


おまけだ、と言わんばかりに周はスカーレットの背後に移動した。


「きゃ、なにを」


「この感触とか(たま)らん」


そしてシモンに見せつけるように抱き上げてスカーレットの身体をムニムニした。


「今すぐ放せ!下郎!」


「嫌だね」


冷静に怒りを表していたシモンだったが、その強行にどこから発声しているのかわからないが大きな声が出る。周はその大声を浴びても、無視して、ゆっくりくるくると回りながらスカーレットと勝手に踊り始めた。


「腕ごと斬り落とすぞ」


「穏やかじゃないな。スカーレットに当たったらどうするんだ?俺ならそんな事は出来ないね。お前の主への忠誠はそんなものなのか?」


シモンが攻撃に移ろうとしていたので、その視線上にスカーレットを配置して思い出させる。

こっちにはお前の主人がいるぞと。


「貴様、私を愚弄するな」


「ならまず態度を改めろ、スカーレットの忠臣に相応しいものにな。そうしたら考えてやる」


最終的にこの二人の言い合いに我慢できなくなったのは、周でもシモンでもなかった。


「いい加減にしなさい二人とも………怒るわよ」


そこには怒りを携え、周の手の中でドスの効いた声を上げるスカーレットがいた。



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