第25話 旅立ちの日
一章の1話目です。
周とスカーレットが契約を終えてから半年後。
「それで、いつになったら出発するのかしら?」
「なあ、こっちに来るたびに毎度毎度同じことを言って飽きないのか?」
時間は午前から午後に変わる移ろい時。
居場所は温泉宿の個室。
この世界の終の棲家にここを選んで一週間、周はただのんびりと過ごしていた。
毎日温泉に入り、食事に舌鼓をうち、偶に外に出て、夜は眠る、そんな贅沢な日々。
今朝もゆっくりと起きて、温泉に入り、髪を乾かして、テレビをBGM代わりに頭を働かせない事を優先させて過ごしていたのだが、そこにうるさい迎えが来た。
「私は三ヶ月って確かにこの可愛い耳で聞いたのよ。それが何?蓋を開けてみれば、もうそれを六十日も過ぎてるじゃない!」
のんべんだらりとした浴衣から外出着に着替えたのはスカーレットを迎える為だ。
服装は浴衣から白橡色の厚手のシャツにダークグリーンのパンツ。腰にはレザーのベルト、足元は裸足から白色の靴下に変化していた。
元の黒髪の状態から見れば、すっかりと色が抜けて茶色になった頑張れば後ろで結べそうなくらいに長くなった髪を纏めながら周は反論する。
「お前がそれを言うのか?お前だって遊園地に行きたいだとか、新鮮なマグロ丼が食べたいだとか、何度もこっちに来て旅行を楽しんでただろうが!三日前にもここに来て、俺の夕飯を勝手に食べた挙げ句、そこの内風呂に入ったよな」
「時が経つのは早いものね」
指摘され、ばつが悪いのかスカーレットは遠くを見る目をした。
「おい、こっちを見ろ」
「何よ、私が楽しいならあんたも幸せでしょう?」
周は猫の顔を片手で掴んで、自分の方を向かせる。
するとスカーレットは逆切れに近いとんでも理論を構築した。
「俺がお前を好きだからって卑怯な言い方をするな」
「そういう私を含めてあんたは好きになったんだから我慢なさい」
(惚れた弱みとはいえ、これはない)
「お前はいつも滅茶苦茶だな、はいはい、俺が悪かった。どうぞそのまま色んな意味で汚い猫で居て下さい」
イラついたので罵る事すると、
「誰が汚い猫よ!」
スカーレットが反射的に躍び跳ね、周の胸に向かって飛び込んでそのまま押し倒した。
「いきなり乗っかるな、痛いだろ」
周は頭を押さえながら抗議する。
お転婆な主人を受け止めた結果、座椅子ごと倒れた周は受け身を取れず頭を打った。
下が畳じゃなければ、おそらくは攻勢に転じていたであろう。
「重くはないでしょう」
「重いとか重くないの話はしていないぞ」
「それにしてもあんた髪が伸びたわねえ、色も日に日に変わってるし」
周の苦言など、どこ吹く風でスカーレットは興味の対象を髪に移した。
「あれから染めてもいないし切ってもないからな」
周の前職は営業職だった為、清潔感というものが求められた。髪を短くしていたのもその為だったのだが、元来の気性は自分が楽しいと思う事以外には無関心な男である。髪を整える程度の事で印象が変わるならと努めていただけで、必要がなければ髪を切ることもなくなる。それで出来上がったのが前髪が目の高さにまで伸び、後ろ髪はギリギリでしばれる程度の長さになったクセ毛の中途半端な髪型だ。
「門出なのに、整えなくていいの?」
「門出だから整えないんだよ。これから行く場所はそういうのも気にする必要がない所だろ?」
「そういうものなのかしら?」
「そういうものなの。ちょうど路銀も切れたし、そろそろ行くか」
それをスカーレットの大きな瞳に食い入るように見つめられ、気恥ずかしくなってきたので周は話題をすり替えた。
「ええ、こちらも準備は済ましてあるわ」
「よし、今日からまた楽しんでいこう」
「ダンジョン運営は?」
「それも込みで、今度は異世界探訪するぞ」
「あんたは楽しそうで羨ましいわ」
「なら、お前もお入んなさい。一緒に遊びに行くぞ」
「私は戻るのよ」
「一々細かいぞ」
スカーレットが自分の上から退いてから、周は腰を上げる。
「門は何処だ?」
そして何度もスカーレットか利用して現れたので、今日もそれで移動するのだろうと予測して、慣れたように移動手段の場所を聞いた。
「あのお風呂」
「溺れたりしなよな」
「あんたが間抜けじゃなければね」
ガラガラとドアを開け、お湯の溜まった内風呂の前に何も持たずに立つ。
「よし行くか、二十七年お世話になりました。さよなら」
そうしてこの世界に別れを告げ、周は異世界へと飛び込んだ。
明日にするつもりでしたが、書けたので投稿しておきます。




