第10話 マスタールームにて
「なあ、開かないんだが?」
まだ見ぬ世界へと意気込んで、周は玄関の扉を開けようとノブを捻ったが、扉はうんともすんともいわなかった。
何かが引っ掛かってでもいるのか?と周は確かめようとしたが、その前にスカーレットの言動がそれを制止させる。
「そんなわけ、………ああそういうこと。その扉、内開きなのよ。押すんじゃなくて引けば開くわよ」
周が振り返ると、その様子を見ていたスカーレットは当たり前じゃないといった表情を浮かべていた。
試しに内側に引いてみると、扉は軽さを取り戻した。
「この扉は外開きだった筈だぞ」
(もうここに住んで数年になるけど、それは絶対だ)
一旦扉を閉じて、どういうことなのか考えていると、
「だからね、ここはダンジョンなのよ。あんたの家じゃないって言ったじゃない。そもそもあんたの靴がここには一足も無いでしょ?それで気が付きなさいよ」
表情をそれで固定したかのように呆れているスカーレットが其処には居た。
確かに靴は一足もない。
「部屋が、って言ってなかったか?」
そう聞いたのは間違いない筈だと周は疑問を口にする。
「ニュアンスで理解しなさいよ。まず、あんたの家の部屋の扉の一つを私のダンジョンと繋げたのね、であんたは気付かずに異世界兼ダンジョンへのゲートを通ってダンジョンへと入った。もうそこはダンジョンなわけだから、その部屋の扉を出てもそこは当然ダンジョンなの。Are you OK?」
こんな簡単なこともわからないの?と意味する顔をスカーレットは周に向ける。
「その目はやめろ、イライラするだろ?」
その顔を見て、頬を引っ張ってやろうか、と周は内心思うのだった。
「沸点が低いんじゃなかったかしら?」
「お前は特別扱いしてやる、良かったな」
「あら、嬉しいわね」
「言ってろ」
実際にはそれを行動には移さず、なんとか耐えきり周は扉を開いた。
扉の先には一歩分の段差があり、一段下ったところには、靴が二足置いてあった。
あるのは革靴にヒール。
その二足が揃えて並んでいた。
そしてその横には木製の靴ベラと、それを立てる為の長靴の形をしたスタンドが置いてあった。
「履きなさい、待っててあげるから」
「贈り物をどうも」
扉に手をかけ、靴と靴ベラを回収して玄関で履く。
靴ベラを片手に革靴を履きながら、足のサイズになぜかピッタリのこの靴を周は強請ってみた。
「あげないわよ。貸すだけよ」
「案外ケチくさいな、お前」
「誰が、なんですって」
「お前は沸点が低いな」
完済はお早めに。これは金銭だけではなく。ありとあらゆること当て嵌まる。
先程抱えたイライラを周は無理にここで発散することにした。
「小さい男」
だからか、スカーレットによって一言でしっぺ返しを食らうのだった。
それからは黙って周は靴を履く。
靴ベラを元の場所に戻して、履き心地を確かめると、オーダーメイドで仕立てたかのような心地良さが返って来る。
「俺の足は左の方が若干大きいんだがな、ぴったりってのは気持ち悪い、またお前か」
周はジト目でスカーレットをもの言いたげに見るが、
「靴ヅレしないようにしてあげたのよ」
スカーレットは悪びれる事は全くなく、逆に感謝なさい、と言いたげな返事をした。
この時、そうよ。私がやったのよ。という態度をスカーレットは取ったが、これを実際にやったのはスカーレットではなかった。これを行ったのはスカーレットの能力で丸裸になった周の情報をモニターしていたこのダンジョンの住人だったからだ。
「ここは土足か?」
コンコンと靴で床を叩いて最後の微調整をする。
「馬鹿ね、それはフロアシューズよ」
「どうみても革靴だ」
「フロアで履くからフロアシューズなの。種類は関係ないと私は定義付けします」
「そうですか……で、お前は履かないのか?これはお前の為のものだろう?」
それはもう一足置いてあるヒールの事だ。明らかに人間サイズだったのだが、これはスカーレットの為に用意されたものだろうと、なんだか周はそう思った。
「今回は使わないの」
スカーレットはそう言って周が靴を履いたのを確認してから、周と共に扉の先の降り立った。
スカーレットが扉を抜ける間は、扉は周が押さえていた。
「お邪魔します」
「いえいえ、どうぞ」
降り立ったのは濃緑の鉄骨階段の踊り場。
滑り止めのボコボコした出っ張りの感触は靴を履いていても感じることが出来た。
扉を閉めて、鉄の上を歩くとき特有の音を立てながら周は階段を下る。
スカーレットは慣れた様子で、周と歩調を合わせて下りていった。
下りながら部屋を観察する。
広い部屋だと周は思った。広さは大体四十畳程。それに加え、二階分の高さがあるので部屋はより広く感じられた。
「ここは事務所か?」
部屋の基本コンセプトは事務所に見えた。ただ周の質問が曖昧さを孕むものだったのは、部屋の様子が事務所にしてはかなりラフな感じで、雑多でもあり、誰かの、しかも多数の趣味で染めてみましたという具合に仕上がっていたからだ。
上から見て左側には大きな三つの窓。その近くには大きな作業机が置かれていた、その上には書類や小物やファイル。周りには観葉植物や衣服掛けが配置されている。反対側には二人掛けのソファーがテーブルを挟んで置いてあり、それから小上がり。そして右側の隅の辺りには並んで置いてあるいくつかの作業机と書類の山。ここまでならなんとか事務所とも言える。
小上がりがある時点でおかしいかもしれないが……。
だがそれ以上におかしなものがあった。
小上がりの上には炬燵が置いてあり、その横には等身大のキャラパネル。
壁際には四方ともに本棚。その上には奇抜な美術品。
さらに階段の近くには、これまた大きな人形が置かれていて、部屋の中間には赤いソファーとテーブル。その前方には積まれたいくつもの小型のモニターが置かれていた。
これでは何の部屋だろう?と周が考えても仕方ない。
「ここはマスタールームよ。つまり私の部屋」
「私室か、悪くない趣味だな。妙に落ち着く」
だが自分の部屋も本やゲームが積んであるからか、こういう雑多な雰囲気が周は嫌いではなかった。
「でしょ。自慢の一室よ」
褒められたことにスカーレットが気を良くし、足取り軽くトントンと階段を下りきるのを追いかけていくと、向かえたのは何処かで見たことがある様な等身大の大きな人形と紳士然とした様子の老齢の男だった。
老齢の男は白いシャツの上に濃青緑の蝶ネクタイとバーガンディー色のベストを着て、アウターには薄手のネイビーのハーフコートを選んでいた。パンツは紺色で腰には焦げ茶色のレザーベルトを巻き、履いている足元の赤茶の革靴が全体を纏めていた。
この服装も紳士然とした雰囲気を醸し出させるのに一役買っているのだろう。
人形の方は、いらっしゃいませ。というプラカードを持ちながら常に固まった笑顔を浮かべている。
「お初にお目にかかります、周様、私はスタークと申します。以後お見知りおきを」
打って変わって老齢の紳士の方は丁寧に名乗った。
流麗さが際立つ身のこなし、高身長で細い体躯と仕立ての良さそうな服、加えて、嫌味のない微笑で完璧に周を迎える。
「こちらこそ、よろしくお願いします。初めまして佐々木周と申します」
思わず周もつられて背筋が伸びる。
口調もスカーレットに対するものとは全く違うものだ。
「二人ともお見合いじゃないのよ。馬鹿みたいに突っ立ってないで、さっさと行きなさい。スタークは、ここのコアモンスター。管理者の一人ね。こっちの周は今日から私の配下よ」
そんな固い雰囲気を破壊して、スカーレットは簡単に紹介を済ませた。
「まだ違うけどな、で、コアモンスターって?」
水は低きに流れる。直ぐに口調も背筋の具合も元に戻した周はスカーレットに尋ねた。
「それも直ぐ説明するから、ちょっと待ってて、スターク、ミダスは?あの子はどこにいるの?」
回答は後回しに、スカーレットはスタークに聞く。
「お眠りになっています」
「仕方ないわね。あの子は・・・・まあいいわ。今日はこの三人だけで、他の子達とも顔合わせもどうせ後になるし、やることをさっさと終わらせちゃいましょう」
「では周様はあちらに。スカーレット様、準備は出来ております。対象の階層の挑戦者については全て無力化。掃除は完了しています、前後の階層の出入り口にはモンスターを配置して警邏、挑戦者を見つけ次第殲滅、もしくは足止めを行っている最中です」
「計画通りね。じゃあ着く前にざっと説明しましょうか。周、あんたは言われた通りにそのソファーに座って。スタークはコンソールで操作。あ、あと、その前にコーヒーを淹れて貰えるかしら?香りが好きなの」
そう言ってスカーレットは中央の赤い革張りソファーへと歩を進めた。




