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ゼロダンジョン〜最愛の者は異世界より〜  作者: 0
プロローグ 出会い。
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第1話 ピザのお味は如何ですか?

何処にでも落ちているような不満だ。


佐々木(ささき) (あまね) 26歳 は洗面所の前で起き抜けに思う。


洗面所の鏡が写す目元には隠しようもない隈があり、もう一生取れないんじゃないかなということも。


最近妙に起きた時に妙に口が渇くことも。


そして、


「それで、いつになったら出発するのかしら」


猫がこうやって朝一番に()()()()()()()()()()()()()()()もだ。


(いやこれは違うな。猫はニャーと鳴くだけ。

猫が話し掛けてくることは普通ではないかもしれない。だからまずは、この猫のことから話すとしようか)




この猫との初めての邂逅は三ヶ月前になる。ちょうど休みの日、ピザを頼んだ周の元に届いたのは、ピザと黒猫だった。


「ありがとうございました」


この前日、周は時間的に猶予がなく睡眠時間の確保に失敗した。そのツケは次の日に支払う事になり、この日起床した時には太陽は既に真上の位置を通過していた。


時間もなく買い物にも行けていなかったので冷蔵庫も空っぽだ。


しかしこの時の周は外に出ていく事さえ面倒に感じ、朝昼晩兼用の食事を出前で済ませる腹積もりでピザを注文した。


家にいる時の周の服装はラフなものが多く、今日(こんにち)のコーディネートもマンダリンオレンジの薄手のセーター。白のピッタリとしたスウェットパンツ。その上には袖が長く重さも感じないほど軽いえんじ色のルームカーディガンを羽織っており、足元は裸足だった。


その少し緑色が混じった黒い瞳からは何処かボーッとしている印象を受け、わざわざ染めている外出時には整えられいる筈の短髪の黒髪にも寝癖が残ったままだった。


そんな自分とは対照的な元気に駆けていく店員を見送り、周は扉を閉めると受け取ったピザが入った箱を持ち部屋まで戻る。


ちゃぶ台の上に箱を置いてから、リビングにある冷蔵庫に常備してある炭酸飲料を片手に部屋に戻ると、ちゃぶ台の上には身体よりも長い尻尾と足の先が青紫色に染まっている金糸雀色(かなりあいろ)の瞳をした黒猫と、断りなく勝手に箱を開けられた食い掛けのピザが同居している光景が目に入ってきた。


「先にやってるわよ。あんたもほら食べなさい」


この時の感情を結局どう表せばいいのか自分の事ながら周には未だによく分かっていない。

怒っていたのか、驚いていたのか、それとも別の感情だったのか。

猫が普通に話し出したことに驚きながら声を上げそうになった瞬間、頼んだピザを美味しそうに食べる猫を見て、かなりイラっときた。

それからなんで猫がいるんだ?と思い、そういえばこいつ喋ったよなと再び思い出して、もう一度ピザに目がいく。その間にもピザが減っていくのを見て、結局、周は黙ることにした。


まずは深呼吸をし、そして現実を片隅に追いやって周は座る。その一呼吸で内心のグチャグチャした感情を押さえ込んだ。

猫が話すなどという非日常に合わせる為に諦めたとも言える。


今日日(きょうび)の猫はニャーとは鳴かないのか?」

座って最初に口から出たのはこんな言葉。

予想外な言葉に一番吃驚したのは周だった。


「まぁ、そういう猫もいるわね」

何の気なしに猫はそう応える。

言葉が通じたことに周は、また驚いたが、今度は表情には出なかった。


「語尾にもつけないのか」


「こっちの方が好みなのかニャ?」


心なしか目をウルウルさせて可愛こぶる猫。

それを見た周の怒り度数は言わずもがな上がる。


「媚びるな、可愛くない」


「私は可愛いと界隈では専らの噂ニャ」


猫はらしくない二足歩行になると、片方の前足でピザを持ち上げて溶けたチーズを弄んでいた。


「食べ物で遊ぶな」


「チーズは伸ばした方が美味しいニャ」


ああ言えばこう言う、イラつかせる猫を前に落ち着く為、周は炭酸飲料を一口飲んだ。


飲みながら周は、二、三言話すと、猫が話しているという事にもう特に何も感じてないな、俺って適応能力高かったのかなどと思っていた。


焦り過ぎて逆に冷静になるという不思議効果が周にも働いていたのかも知れない。


「ニャ、ニャ、ニャーと。ニャンニャニャカ」

周の機嫌など気にもかけず猫はご機嫌に鳴いていた。

どうやらピザが気に入った様子だ。

うぜぇ。

よし、遠慮するのをやめよう。と周が決めたのはこの時だった。


「ニャーニャーニャーニャーうるさいぞ」

気づいたら、そう口にしていた。


「あんたがそう言えって頼んだんだニャ」


「言ってない、勝手に捏造するな、ああ……もういい。で何用で?」

こちらの話を聞いていない猫と問答を続けていても仕方ないので、周は話を先に進めることにした。


「ヘッドハンティングに来たんだニャ〜」


口周りにだらしなくチーズをつけながら猫は語尾を伸ばしてあざとく可愛こぶる。


だからもうニャーはやめろ、と表情筋がヒクつき出すのを抑えながら周は顎に手を当てて、猫が口にした言葉について考えながら口を開いた。


「ヘッドハンティング………ヘッドハンティングねぇ、猫の国にヘッドハンティングか。給与は木天蓼(マタタビ)で、主食はネズミですか?どちらも好みじゃないのでお断りします。この度は態々こちらに足を運んで頂いたにも関わらず申し訳ありません。本当に有難う御座いました」


「おざなりっ!?話は最後までちゃんと聞きなさい!」


(おい、猫語が機能してないぞ。それが素か)


「嫌だよ。只でさえ猫と話しているってことに自分の頭がおかしくなったんじゃないかって戸惑っているのに、真面目に話を聞く気になんてなるわけないだろ。まずは手土産持って、玄関でチャイムを鳴らすところからやり直せ、あとアポイトメントを取れ、住居侵入罪と無銭飲食で訴えるぞ」


「こんな状況で正論を言うとは、なんてつまらない人間かしら」


「つまらないって言葉で優位に立ったつもりか?現時点でのお前は勝手に他人の家に入って、飯を喰う猫でしかないということを忘れるなよ。言葉の力に頼るな」


「うぐっ、まずは話を」


「あー聞こえない、聞こえない、聞こえない。何も聞こえません」


それから小一時間、猫が口を開く度に聞こえないと連呼してやった。


「わかったわ、もう一度明日来るから」


すると猫は諦めて、哀愁漂う背中をして帰って行った。



ちなみにピザは半分以上食べられた。

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