第8話:畑の作成
コントのようなやり取りも一段落し、改めて舞の操作するディスプレイをノーフとホタルが両側から覗き込むようにして眺める。舞が眷属として召喚することの出来る者の一覧のはずなのだが……
「見事なほどに生物がいないな」
「まあ豆腐だしね。一応私の知らない名前もあったけど。ほら、このダイズ1号、ダイズ2号とか」
「何ですか、このネーミングセンスの欠片もない名前は。しかも最後なんてダイスキダイズですよ」
「さすがにそれは可哀想だよね。……大豆が」
笑みを浮かべる舞とホタルが顔を見合わせる。番号シリーズはずらっと並んでおり99号まであった。そして100個目と思われる場所にあった名前がダイスキダイズなのだ。苦労して作り上げた末の記念すべき大豆の名前がダイスキダイズ。おやじギャグのような名前を付けてしまう神経が2人にはわからなかった。
しかし2人は気づいていなかった。横でノーフがぴくぴくとこめかみを震わせていることを。
「悪かったな。ネーミングセンスの欠片も無くて」
「えっ?」
「まさかあなたなのですか。ネーミングセンスもギャグのセンスも全く感じられない、むしろ憐れまれるために付けたのではないかと思わせるほどのダイスキダイズなんていう名前を付けたのは」
「おい、お前。いろいろ増えてるじゃねえか!? 喧嘩か? 喧嘩売ってんなら言い値で買うぞ」
「いえ。ただの本心です」
「なおさら悪いわ!」
頭上で喧嘩をし始めたノーフとホタルの顔の近くで舞が魔法の手をパンっと打ち鳴らす。すごんでいたノーフが視線を外し、ホタルが舞へと視線を向けた。
舞は温かい目をノーフへと向け、そして子供を叱るような声色をホタルへ向ける。
「ホタル、人には得意不得意があるんだからあんまり言っちゃだめだよ」
「しかしダイスキダイズですよ」
「でもダイスキダイズを良いと言ってくれる人もいるかもしれないよ」
「だからと言ってダイスキダイズと言う……」
「だー、お前ら連呼すんじゃねえ!」
ダイスキダイズと言う名前を2人に連呼されたノーフが頭を抱えて小さくなる。実際ノーフにしても品種改良がうまくいったテンションで決めた名前であったし、神の畑で延々と1人で耕作していたのでこの名前が広がるなど想像してもいなかったのだ。改めて連呼されるとその名前はないなー、と自分でも思えてきてしまう。
「それより畑の話だ」
「逃げたね」
「逃げましたね。まあ良いでしょう。今後ノーフに名前を付けさせないようにすれば良いですしね」
ノーフはぶぜんとした表情をしているが話を蒸し返されるのも都合が悪いため何も言わず、そしてホタルもそれ以上は特に何も言わずに話を変えていく。
「畑なのですがノーフと相談した結果、まずは1層の地面をダンジョンの拡張機能を使って豆腐から地面へと変更させ畑にしようかと思います」
「あれっ、1層でいいの? 階層を増やすって言って豆腐を食べさせたよね」
「あれはお前の安全のためだ。お前が死ねば我々も死ぬ。ダンジョンとはそういうものだからな。1層を土の地面に変えるのも同様の理由だ」
「?」
ノーフの言葉の意味がわからなかったのか舞が体をかしげる。そんな舞の様子にノーフがはぁっと深いため息を吐いた。
「地面が豆腐ではそれが元に戻る前に下の階層へと突破される可能性があるだろうが」
「そうすると階層を増やした意味がありませんしね」
「あぁー、なるほど」
2人の説明に舞が納得する。豆腐ダンジョンは確かにその柔らかさで人の動きを阻害すると言う利点があるが、逆に言えばそれだけもろいとも言える。壁や地面が回復するにしても瞬時という訳ではなく数分程度の時間が必要なのだ。この数分、短いようでいて意外と長い。通路のない部屋の間を突き崩していくことだって出来るかもしれないし、直下にずっと掘り続ければ下の階層へと届いてしまう可能性があるのだ。それを繰り返されればどれだけ下に階層を掘り続けようとも突破されてしまいかねない。
「それにな……」
「あれっ、他にも理由があるの?」
「コストが安いのですよ。野菜を育てるなら日の光が必要でしょう。そのために疑似的な太陽をつくる予定ですがかかるコストが深い階層ほど高くなっているのです」
「へー」
舞が感心したように声を漏らす。ダンジョンの仕組みなんかはよくわかっていない舞だったが地上から離れるほどに日の光が届きにくくなるからかなと独自の解釈で納得していた。
「じゃあダンジョンの拡張機能で1階層の地面を畑用に変えて、太陽の光が入るようにすればいいんだね」
さっそくダンジョンコアに触れて変更しようとする舞の魔法の手を両側からノーフとホタルが掴んで止める。舞が不思議に思い2人を見て、そして見覚えのある顔をした2人の姿に全身から液体が流れ始めた。
「ちなみにダンジョンの階層ごとの広さは5キロ四方、つまり2500ヘクタールになるわけだが現在の4部屋を合わせても2ヘクタールあるかないかと言ったところだ」
そんなノーフの言葉に嫌な予想が現実味を帯びてきた舞がじりじりとその場から離れようとする。しかしそんな舞を逃がすまいとノーフとホタルの手が舞の角を掴んでいた。
「大丈夫です。舞。先ほどの30時間の経験から予想しておよそ10時間後には目標を達成できます」
「さっきもう豆腐は食べさせないって……」
舞が反論するがノーフは既にどこからともなくスコップを取り出しており、そして舞の体はがっしりとホタルにホールドされて宙へと浮かんでいった。
「舞、私が言ったのは、次は眷属の召喚です、とだけです。その次が何かには言及していません」
「詐欺師だー!!」
「詐欺師ではありません。私は嘘をついていません」
「やってることは一緒だよ!」
舞の抗議をホタルは無表情のまま受け流している。ホタルに掴まれ宙へと浮かび始めた舞にノーフが憐みの目を向けた。
「なんか俺よりあいつの方が悪魔っぽいよな」
ノーフの呟きは2人には聞こえず、まるでそれが当然であるかのようにうめく舞を連れて1階層のダンジョン拡張工事(手動)がまた始まった。舞が意識を再び取り返したのはおよそ11時間後のことである。
「トーフ、メンタル。ふふふっ、トーフ、メンタル」
「おい、やっぱり無理させすぎだったんじゃねえのか?」
「あなたも賛成したではありませんか。それに召喚できる眷属に生き物がいない以上こうする他ありません。それはあなたも理解しているのでは?」
「むぅ」
ホタルの言葉にノーフが言葉を詰まらせる。2人にしてもすき好んで舞に豆腐を食べさせた訳ではない。通常であれば眷属を召喚することによってダンジョンに入ってきた敵対者に対抗するはずなのだ。
しかし舞には眷属となる生き物はおらず、さらに人類と敵対したくないと言っている。その望みを叶えるためにはこうする他ない。それが2人の下した決断だった。そのせいで舞は壊れる寸前であるが。
「しかし先ほどから舞が言っているトウフメンタルとはどういう意味でしょうか?」
「さあな。豆腐なんだし崩れやすいとか柔らかいとかじゃねえのか?」
2人はそんな雑談を交わしながら舞が正気に戻るのを待つことにした。舞が正気を取り戻し2人と一悶着を終えるまでさらに2時間を要したのだった。
改めてダンジョンコアの拡張画面を舞が開き、地面を豆腐から畑へと変更する。変更する手前に現在のポイントが8,011ポイントから変わっていないことに気付いた舞が自分が豆腐を食べてもポイントは増えないんだ……と再び落ち込んだりと言う場面もありつつ無事に変更は完了した。そのポイントはなんと1000HP。
選択が終了した途端、今までの豆腐の床へとダンジョンコアから魔法陣が飛んで行き、それが触れたかと思うとフロア一面へと広がる巨大な魔法陣へと変貌した。しばらくしてその中心点から魔法陣が光を無くしていく変わりに地面が茶色い畑の土へと変貌していく。
そんな様子を舞は口をあんぐりとあけたまま見続けていた。
「すごい……」
「まあな、普通に生きてりゃ見ることはねえよ」
「さて、舞。どんどん進めてください。時間がありません」
「う、うん」
ホタルに急かされノーフに指示されるまま舞がダンジョンを拡張していく。疑似的な太陽や溜池などの最低限の施設だ。それでもポイントはかつかつで残りは200を切っている。後は眷族の召喚で大豆を買えばほぼ0になるだろう。
だだっ広い土の平原を3人で見回す。そして舞が魔法の手でキュッキュッとノーフとホタルの手を掴んだ。
「一緒に頑張ろうね」
「おう」
「はい」
3人が顔を見合わせる。豆腐ダンジョンが地球に現れるまで残り1時間を切っていた。
さらなる豆腐虐待の事案が発生。
次回、いよいよダンジョン始動?