第7話:いきなりダンジョン拡張
「あれっ、何かここ凹んでない?」
「本当だな」
「そうですね。なぜでしょうか?」
3人の視線の先にある豆腐の壁の一部分、拳半分程度がえぐれたように凹んでいた。そしてそれは元に戻るよう様子もない。先ほどホタルが食べていた壁は既に元に戻っているのにもかかわらず。
「戻るって話だったよね」
「そうです。基本的にダンジョンの壁と言うのは元に戻るように出来ています。穴を掘って別の部屋に行くなどの手段をとれないようにしたと神が自慢げに言っていましたので間違いありません」
「しかし現に壁が壊れているじゃないか」
「それはそうですが……」
ホタルが壁の凹みに寄っていきそれをじっと観察する。良く見るとそれはただの凹みと言う訳ではなく、2つの凹みがくっついたような形をしていた。うーんとホタルが頭を回転させながらゆっくりと辺りを見回し、そして舞と目が合った。そしてお互いの見合わせたまましばらく固まる。
「もしかして……舞、もう一度この壁を食べてくれませんか?」
「いいけど」
ホタルに言われ舞が魔法の手で壁から豆腐をひと掴みしてそしてそれをそのまま口へと放り込んだ。もぐもぐと咀嚼しながらやっぱり味は大したことないなと舞が考えている一方でホタルは舞がひと掴みしてえぐれた壁をじっと観察していた。その様子にノーフもほぅと感心したように小さく息を漏らした。
「やはり舞が食べた壁は復活しないようです」
「ええー!! もったいない」
「もったいなくないぞ。むしろ好都合だ」
ノーフの言葉に舞が体をかしげる。味はともかくとしてせっかく無限に復活して、しかも材料費もいらない豆腐がなくなると言うことのメリットがいまいち理解できなかったのだ。
しかしホタルはその意味がわかったのかノーフと目を見合わせ少しだけ表情を緩ませた。
「舞が食べれば壁は復活しないのですね。これは有効活用しない訳にはいきません」
「そうだな。HPにも限りがあるしな。ちなみにダンジョンを正式につなげるのに残された猶予はどの程度だ?」
「既に2時間ほど経過していますので残りはおよそ48時間です」
「それなら後で眷属等は考えるとして30時間は動けるな」
「あのお2人さん。何をしようと、と言うか私に何をさせようとしているの? 変な事じゃないよね?」
トントンと調子よくノーフとホタルの間で話が進んでいくことに不安を覚えた舞が恐る恐る聞く。正直に言えば舞にも何となく予想はついていた。外れていてくれればいいなあと希望的観測で聞いた舞に返って来たのは歯茎が覗くほどに口角のつりあがったノーフの笑みと、無表情ながらどことなく楽しそうに近づいてくるホタルの姿だった。
「大丈夫だ。腹いっぱい豆腐を食わせてやるだけだ」
「舞、問題ありません。ダンジョンマスターになったので食事をとる必要は無くなりましたが、逆に食事をいくらとっても満腹になることはありません」
「2人の言っていることが矛盾しているのにさせようとしていることがはっきりとわかるんだけど!」
ホタルが舞を掴み拘束する。舞を持ち上げてもホタルは余裕で空を飛んでいた。その前をノーフがどこからか取り出したスコップを肩に担いで悠々と歩いていく。
「イヤー!!」
「舞、悲鳴は必要ありません。口を開けてください」
「まあいいんじゃね。口さえ空いていればそこに入れればいいんだろ。とりあえずは地下を伸ばすでいいよな」
「はい、階層を増やすことが1番ポイントを使いますので出来る限り深く掘りましょう。接続後でも可能ですが安全なうちに行っておいた方がよいでしょうから」
「だな。じゃあ行くぜ」
ノーフがスコップを豆腐の床へと突き立て、豆腐をすくい上げるとそれをそのまま舞の口へと放り込んでいく。放り込まれた瞬間にホタルが舞を無表情のまま動かしてもぐもぐと食べさせていた。
「むぐー!!」
「おっ、結構食べるの早いんだな。ペースを上げるか」
「舞、素晴らしい働きです」
「むぐー!!」
ビタンビタンと言う舞の抵抗もむなしくノーフとホタルは止まらない。垂直に地下へとひたすらに掘っては舞に豆腐を食べさせる。
しばらくの間は抵抗を示していた舞だったが1時間後には抵抗をしなくなり、2時間後には既に意識がもうろうとなり、3時間後には舞はただ口に放り込まれる何かを動かされるままに食べ続ける豆腐へと変わってしまった。そんなことには構いもせず、むしろ好都合とばかりにノーフとホタルは作業を続けていく。それはきっかり予定通り30時間続けられたのだった。
ダンジョン拡張工事(手動)が終了してから1時間後、そこにはさめざめと体から液体を流し続ける豆腐がいた。もちろん舞だ。そんな舞の様子を少し気まずげにノーフが見ている。ホタルは相変わらずの無表情だが少々折れた背中の翼がその感情を表しているかのようだった。
「ひどいよ。鬼、悪魔、天使!」
「いや確かに俺は悪魔で、あいつは天使だけどな」
「大丈夫です、舞。舞の活躍のおかげでこのダンジョンの安全性はかなり向上しました」
「そういう事じゃないの!!」
舞が何とか精神的に持ち直すのにさらに1時間を要した。ノーフとホタルのフォローが超絶的に下手だったこともその時間を伸ばした一因だった。舞はほぼ自力で持ち直したようなものだ。
「豆腐メンタル、豆腐メンタル。うぅ、すり流し豆腐みたいにされたよ……。じゃない大丈夫。まだ大丈夫。うん、いける、いける!」
舞が浮き沈みを繰り返しながらなんとか前向きに考え始める。ちなみにすり流し豆腐とは木綿豆腐を裏ごししたうえでくず粉を混ぜ、それをみそ汁に投入した料理である。もはや豆腐と言ってよいのか迷うレベルの料理だ。そのくらい舞の心は粉々に砕かれたのだ。使い魔とサポート役によって。
「やっと復活したか」
「残り16時間になってしまいましたよ、舞」
「2人のせいだよね。私がこうなったのって2人のせいだよね。しかも途中から慰めるのに飽きて2人で話し合いを始めてたよね!」
怒り心頭の舞なのだが外見上は豆腐がプルンプルンと震えているだけなので全く持って威圧感は無い。実際2人も完全にスルーを決め込んでいた。まあ舞が人間の姿ですごんだとしても2人がひるむとは考えられないのだが。
「わかった、わかった。説教は後で聞いてやるからさっさと続きをするぞ」
「続きってまさか……」
「大丈夫です。次は眷属の召喚になります」
ホタルの言葉に舞がほっと胸を撫で下ろす。流石にもう一度同じことを繰り返されればさすがの舞も復活できるかどうかわからなかった。
「ではさっそく始めましょう。眷属の召喚をしたいと考えつつダンジョンコアを触ってください」
「うん」
舞が言われるがままダンジョンコアに触ると再びディスプレイが浮かび上がる。そこに表示されたのは……
「うわぁ、すごいね!」
「ふむ」
「すみません、舞。これは何なのでしょうか?」
ディスプライに表示されたものに三者三様に反応する。舞は素直に驚いており、ノーフは興味深げに、そしてホタルは首をかしげて不思議そうにしていた。
ディスプレイにはフクユタカ、エンレイ、タチナガハ、リュウホウ、ユキホマレ、トヨムスメ、ホーカイ、ハーウッドなどの言葉がずらずらと並んでいた。
「これは大豆の品種だよ。しかもAクラス大豆もあるなんて! お父さんから話だけは聞いたことがあるけど」
「Aクラス大豆ですか?」
「うん、最近は収穫が多かったり虫や病気に強い農家の人が作りやすい品種がほとんどなんだけど、Aクラス大豆は豆腐屋が豆腐を作りやすい大豆の品種なんだよ。少し失敗しても味があまり変わらないらしいの」
「そうでしたか」
喜々として話す舞に若干ホタルが引き気味に相槌を打つ。逆にノーフはうむうむと腕を組みながら何度も同意していた。
「ふむ、大豆だけでこの種類。中々に育てがいがありそうだ。与える水も考えなくてはな」
「あっ、そういえば土はどうするの? さすがに豆腐じゃ無理だよね」
「そこは既にあ奴と相談していて……おいっ、何を呆けているんだ?」
舞とノーフが楽しそうに話す様子を少し離れたところでじっと見ていたホタルがスススっと舞たちへと近づく。そしてぽつりとつぶやいた。
「似た者同士ですね」
「どこがだ!」
「えー!!」
同じタイミングで不平の声をあげる2人の微妙に息のぴったりと合った返事にホタルは少しだけ顔を緩めるのだった。
豆腐虐待、恐ろしい