第6話:豆腐ダンジョン
「しかしこれはこれで都合が良いかもしれません」
「正気か、貴様は?」
ペタペタと床を触っていたホタルの発言にノーフが目を半眼にし、信じられないといった顔をする。
「舞は人類との敵対を望んでいませんよね」
「もちろんだよ」
「でしたら好都合です。こんな足元もおぼつかないようなダンジョンにわざわざ攻めてくるような者はいないでしょう。少なくともこちらから手を出さない限りは放置されると考えます。」
確かにと舞はうなずいた。
ホタルの話では既に舞以外のダンジョンが現れているという話であったし、神様の言うとおりに人類と敵対しているダンジョンもあるのだろうと舞は考えていた。
下手をするとダンジョンと言うだけで人が攻めてくるかもしれないのだ。しかし攻めてこられたからと言ってその相手を攻撃したいとは舞は思っていない。
ホタルの言うとおり人にとって動きにくいこの豆腐ダンジョンはそのための役に立つのだ。
「しかし移動はどうするのだ!」
「私は問題ありません」
ホタルが背中の翼を広げるとはばたいてもいないのにその体が宙に浮かび上がった。
「うわぁ、さすがてん……」
「舞、何か言いましたか?」
「いえ、なんでもないです。そういえば私はどうかな?」
天使と言いそうになった舞に向けられたホタルの冷たい視線に舞が冷や汗を流す。そしてごまかすように自分が動けるのか確認に入った。
とは言え舞が豆腐ボディになってからまだまだ日が浅い。微妙に動かすことが出来るのは知っていたが歩くことができるかはわからなかった。
とりあえず舞は歩いて壁まで行くイメージで体に力を込める。その瞬間、すーっと床を滑るようにして舞は移動することが出来た。もっと苦労すると思っていた舞が少し拍子抜けしたような顔をする。
「移動出来ちゃった」
「さすが舞です。さて問題はそこの農夫だけですが、よもやこの程度のことが出来ないとは言いませんよね」
地面に埋まったノーフを挑発するようにホタルが宙から見下ろす。なまじホタルが無表情であるためその効果は絶大だった。
「貴様、誰に対してものを言っている。俺はその名高き……」
「そういうのはいりません」
「くっ、見てろよ!」
ノーフの口上を一切の躊躇なく断ち切ったホタルに恨みがましい目を向けながらノーフが目を閉じて集中しだす。すると徐々にではあるが埋まっていたノーフの足が上がっていき、体が普通の地面に立っているかのように直立した。そしてノーフがそのまま周囲を歩き出す。今度は豆腐の地面に埋まることはなかった。
「おぉー、すごい。普通に歩いてる」
「ハハハ、そうだろう。全身に魔力をまとわせ足元にそれを集中させることで擬似的な地面として……」
「問題はないようですね。では次に進みましょう」
「おいっ!」
あっさりと説明を邪魔されしかも抗議までホタルに無視されたノーフだったが流石にダンジョンを早く作成し終えるほうが優先だと考えたのかその口を閉じた。
「次はダンジョンの拡張と眷族の召喚です。ダンジョンコアを触ってそれがしたいと思って下さい」
「うん……うんっ?」
ダンジョンコアを触ろうとした舞が動きを止める。その視線が向かっているのは先程ノーフが埋まっていた地面だ。つい先程まで大穴が開いていたはずなのだが今は跡形もなくきれいに戻っていたのだ。
「ホタル、さっきノーフが開けちゃった大穴が戻ってるけど?」
「不可抗力だ!」
舞の言葉にホタルがふよふよと寄ってくる。そしてその地面を確認しうなずいた。
「ダンジョンの壁などは壊されても元に戻るのです。このダンジョンは特殊なのでどうかと思いましたがその辺りは同じようですね」
「ってことは豆腐食べ放題ってこと?」
「おそらく」
舞の発言に2人が少々困惑する。そもそも2人にとっては豆腐という物自体見るのは初めてなのだ。柔らかくて白いことはわかっているが、味については想像さえ出来なかった。ホタルに限って言えば食べるということ自体したことがないのであるが。
しかしそんな2人とは別に舞は危機感を覚えていた。壁を切れば無限に豆腐を生産できてしまう。さらに材料も調理も不要。これで味も良かったら実家の豆腐屋が潰れてしまうかもしれないのだ。
「よしっ、食べよう」
「おいっ、どうしてそうなった!? 」
「食べる、ですか。私も少し興味があります」
「お前たち正気なのか。ダンジョンの壁なんだぞ。そもそもお前はどうやって食べるつもりなんだ」
ノーフの言葉よりも豆腐の壁へと気が行ってしまっている舞はその言葉に気づかず、魔法の手で壁から豆腐をすくいとり食べようとする。舞の豆腐ボディの中央に切れ目が入り、舞は自然にそこへと壁豆腐を放り込むと咀嚼を始めた。それを真似してホタルも近くの壁から豆腐をくり抜いて食べ始める。そんな2人をノーフが信じられないものを見るかのように無言で表情を歪めていた。
舞は咀嚼を続けながら考える。
硬さは店で作っていた木綿豆腐よりも少し硬く、それでいて木綿豆腐の荒しの工程で出来るような独特な食感は感じられない。食感だけで言えば絹ごしの方が近い。エグみもあまり感じられないけれど……
「うーん、いまいちかな」
「そうですか?」
気にいったのかパクパクと食べ続けているホタルが首をかしげる。舞はうんうんとうなずきながらもう一口食べた。そして全く同じ評価を下す。
「豆の味がほとんど感じられないし、そのまま食べるのには向いてないみたい。調理次第でなんとかなるとは思うけどそれなら美味しい豆腐を買って作ったほうがもっと美味しいしね」
「そうなのですか」
とりあえずこの程度なら豆腐店が潰れることはなさそうだと舞は一安心した。父親が作る豆腐がこの程度の豆腐に負けるはずがない。そう確信していた。
「おい、お前らいつまで食べているつもりだ。さっさと先に進めんか」
「それもそうか」
「仕方がありません」
舞とホタルが食べるのをやめた。そして舞がダンジョンコアへと近づきダンジョンの拡張がしたいと思いながら触る。すると舞の目の前に以前ホタルがしていたようなディスプレイが現れた。
そこには通路や部屋の拡張、罠の設置など様々な項目が書かれていた。そしてその隣には「必要HPいくら」という表記もある。
「とりあえずHPって何かな?」
「繁栄ポイントの略らしいです。このポイントを使ってダンジョンを運営していきます。最初は1万ポイントあって舞はダンジョンクリエイトで2千ポイント使いましたので残りは8千ポイントのはずです」
「どうやって稼ぐのだ?」
「眷族が繁栄する行為を行えば自然に増えるそうです」
「へー」
舞が自分のポイントを確認しようと画面を操作する。するとそこに表示されたのは8,010ポイントという数値だった。
「あれっ、なんか10ポイント増えてるよ」
「おかしいですね。まだ正式にダンジョンを繋げていないですし増えるはずがないのですが」
「「うーん」」
悩む2人を呆れたような目でノーフが見る。
「お前たちが壁を食べた以外に考えられんだろうが」
「あっ」
「そういえばそうですね。試してみましょう」
言うが早いかホタルが壁から豆腐を取り出し再び食べ始める。しばらくしてディスプレイの数値が8,011に変わった。
「本当に増えるんだ」
「もぐもぐ、そのようですね」
「しかしこれは繁栄なのか? 食されているだけではないか!?」
「まあ、豆腐は食べ物だし食べられてこそってことかな?」
早くもホタルが食べていた部分が元に戻っていくのを見て、この分ならポイントを貯めるのは意外に簡単かもと思う舞だったがしばらくして異常に気づいた。
豆腐のどこに口があんねんとか突っ込みが来そうですがぱかっと切れ目が入って食べる感じです。たぶん。