第5話:ダンジョン作成
「天使さん?」
舞の言葉に少女が目を開けキョロキョロと辺りを見回す。そして舞とノーフへと視線を向け、自分の体をぺたぺたと触り始めた。
「切り離されました」
「えっ?」
「神から切り離されました」
少女は表情を全く変えていないのにもかかわらず、ずーんと重苦しい空気を醸し出していた。舞の問いかけに応える様子もなく視線を舞たちから空へと向けたまま固まってしまう。そんな少女の姿に舞がノーフへと体を寄せた。
「天使さんだよね?」
「そうだな。だが存在が小さくなっているようだ」
少女に聞こえないように顔を寄せ合い、小声で舞とノーフが話し合う。
「存在って何?」
「神としての存在だな。今のあいつにはほとんどそれが感じられん」
「へー」
ノーフに言われて改めて舞も少女を見る。確かに先ほどのディスプレイの時の方が神々しさがあったようななかったような。そんなことを考えている舞の目の前で少女がひきつけを起こしたかのように笑い始める。
「フフッ、フフフフフフフ」
「ねえ、天使さん笑い始めたけど大丈夫なの?」
「俺に聞くな」
少女の狂ったかのような笑いは止まらない。無表情のまま笑い続けるその様はどうしようもなく異質で、声をかけるのをためらわせるのに十分なものだった。しかしおそらく先ほどまでの天使だと思われる少女をこのまま放っておくことも出来ず舞は声をかけようと覚悟を決めた。
その瞬間、ぐりんと首が動き、突然少女が舞へと向き直った。人形のような不自然な動きに2人がびくりと体を震わせる。
「天使さん……ですよね」
「ええ、舞。しかしその名では呼ばないでください」
「えっ?」
「私はもう天使ではありません。神との接続は断たれ私と言う1つの存在に変わってしまったのです。もう神の元へ戻ることはありません」
「戻れなくなっちゃったってこと?」
驚きの声を上げる舞に天使がうなずく。何と声をかければ良いのか悩む舞をよそに天使が再び渇いた笑い声を上げる。
「ふふっ。これが憎しみなのですね」
「えっ、悲しみじゃないの?」
「違います。別れを告げて舞を悲しませたのにも関わらず、『あっ、ごめんノーフなんて選ぶおっちょこちょいがいると思わなかったからあいつに教えてないや、てへぺろ。じゃあ君が教えておいて。帰ってこなくていいから、じゃね』なんて戻されるとは。自分があれの一部であったという事が恥ずかしくてなりません」
「ふふっ、貴様も神を憎むか。ならば仲間に入れてやらんこともない」
「良いでしょう。本来ならば悪魔と組むなどありえませんが、今となっては同志です。一緒に奴に一矢報いてやりましょう」
舞の目の前でノーフと天使ががっしりと握手を交わす。とは言え身長差が大人と子供くらいあるため転んだ子供を助け起こすお父さんのように見えた。そんな光景を眺めながら舞は神様におっちょこちょいって言われたと落ち込んでいた。
「豆腐メンタル、豆腐メンタルだよ。ノーフだってこれからのことを考えたら良かったと思うし天使さんとも別れなくても済んだんだし」
いつもの言葉を唱えて舞が顔を上げる。舞のことをそっちのけで神の打倒計画を話し合っていた2人がそれに気づいて舞の元へとやって来た。どこから取り出したのか紙の束を天使が持っているところを見るとそれなりの話し合いがもたれたようだ。
「やっと戻って来たか。ではさっそくダンジョンを作るぞ」
「えっとその前に天使さんの名前を決めない?天使は嫌なんだよね」
「ええ、虫唾が走ります」
顔は無表情だが恐ろしいほどに感情のこもったその声に、二度と天使とは呼ばないでおこうと舞が心の中で誓った。
「じゃあどう呼べばいい?」
「舞に任せます」
「えっ、私?」
驚く舞に天使がこくりとうなずいて返した。無表情であるはずなのにそこはかとなく期待しているような視線に舞が考え込む。絶対に適当な名前は付けられない。
(天使だからエンジェル、エルは安直だよね。うーん、それに今は堕天使になるのかな。神様に反抗してるし。でも堕天使から名前をとるのもちょっと。変な名前はつけられないしいっそのこと全く別の名前をつける?)
「ってうわっ!」
「どうしましたか、舞?」
「いや、近いよ!」
舞が名前を考え込んでいる間にいつの間にか舞の目の前までやってきていた天使が至近距離で舞を見ていたのだ。舞に全く気付かれることなく。
驚いた舞が飛び上がって離れただけ天使が再び距離を詰める。名前が決まるまでこの距離から離れる気はないようだった。
「えっとえーっと、あっホタルなんてどう?」
「ホタルですか?」
「うん。さっき光の粒になって飛んでいる姿が蛍みたいで綺麗だったから。えっと……だめ?」
天使が何度も小さな声でホタルと呟いている様子を舞が息をのんで見守る。とっさに出た名前だったが、小ささと言い、光を受けて淡く輝く金髪と言いぴったりの名前ではないかと自分自身で少し驚いていた。
しばらくして天使がその顔を上げ、舞を見た。舞がごくりと唾を飲む。
「良い名前です。ホタルのように舞を照らす光であれと言う意味ですね」
「えっ、あっ、うん。そうそう」
「わかりました。微力ながら舞の行く先を照らす光となりましょう。私の名はホタルです」
ぎこちなく満足げな笑みを浮かべるホタルの姿に、とっさに思いついた名前で特に意味などなかったことは墓場まで持って行こうと密かに舞は決意するのだった。
「よし、終わったな。さあダンジョンとやらを作るぞ」
「そうですね。早速ダンジョンを作りましょう。舞はそうでなくても他のダンジョンより遅れているのですから」
「えっと説明は?」
「適宜入れていきますので問題ありません」
豆腐として生まれてからの怒涛の展開に説明でも受けながら少し休憩をと思っていた舞ががっくりと肩を落とす。しかしそんな舞の気持ちなどどこ吹く風の2人は、ホタルが取り出した50センチほどの透明な水晶を舞へと差し出した。その水晶は弱く明滅を繰り返している。
「舞、これがダンジョンコアと呼ばれるものです。これを使って作りたいダンジョンをイメージします」
「えっと具体的には?」
「そうですね。オーソドックスに立方体を思い浮かべてください。その中に四角い部屋とそれを繋ぐ通路を作る感じです。最初ですから部屋は4つほどでしょうか。ダンジョンの通路や形は普段見慣れているイメージしやすいものが良いですね」
「イメージしやすいものね」
舞が眉根を寄せながらダンジョンのイメージを膨らませていく。それに合わせるかのようにダンジョンコアの光が強く瞬いていく。
「良い感じです。後はイメージが完成したらこのコアを触ってクリエイトダンジョンと言うだけです。舞ならきっと出来ます」
「うん、わかった」
舞が恐る恐る魔法の手をダンジョンコアへと触れさせる。ダンジョンコアの光がひときわ明るく輝くのを期待した目でノーフとホタルが見ていた。すっと舞が息を吸い込む音が妙に大きく聞こえた。
「クリエイトダンジョン!」
ダンジョンコアから光があふれだし、舞たちを覆い隠していく。何もなかったはずの空間に真っ白な壁が突如として現れ、そしてそれが広がっていく。元々そういうものであったかのように。
しばらくしてダンジョンコアが元の弱弱しい光へと戻る。その光に照らし出されているのは一面真っ白な部屋だ。そのつるりとしたその表面には一点の曇りすらない。
「さすが舞です。1回で完璧に成功させるとは思いませんでした」
「あれっ、1回限りじゃないの?」
「いえっ、それなりに消耗はしますがやり直しは可能です。その分不利になりますが」
へー、と感心する舞をよそに、ノーフが嬉しそうに出来上がったダンジョンを見る。ノーフにとってダンジョンは神への反逆の足掛かりなのだ。ホタルにダンジョンの可能性を聞いた時からノーフはその誕生へ胸躍らせていたのだ。
「ふっ、ふはははは。これであのふざけた神へ一歩近づいたぞ」
ノーフがだんっと音が鳴りそうな勢いで足を一歩踏み締め、そのまま足は地面へとものすごい勢いで埋まっていった。片足の付け根まで地面に埋もれてしまったノーフが油の切れた機械のようにギギギギと音を鳴らさんばかりに舞の方を向く。
「舞、あなた何をイメージしましたか?」
「えっと四角って話だったから豆腐だけど……。一番身近でイメージしやすかったし」
「ちょっとお前、そこに直れ!」
「えー!!」
片足を埋もれさせたままの悪魔で使い魔のノーフにダンジョンマスターで絹ごし豆腐の舞が説教される。そしてそんな2人を無表情ながら呆れた雰囲気で小さな天使の姿のホタルが眺める。
ダンジョン史上初のやわらか豆腐ダンジョンが生まれた瞬間だった。
やわらか豆腐ダンジョン始動です。次回はダンジョンの詳細が判明?果たして絹ごしか木綿かはたまた全く別なのか。こうご期待。