第35話:豆腐ダンジョンの新しい風
燦々とした太陽の光が暴力的に照りつける中、その白い砂浜に舞とホタルが立ち、そして打ち寄せる波の音と磯の匂いに心を弾ませていた。
「うーみー!」
「これが海なのですね、舞。知識としては知っていましたが実際に見るのは初めてです」
ホタルが打ち寄せる波に足をつけ足元の砂が流れていく感覚を楽しみながら海を見つめる。
「そっかー。私も考えてみたらこんなにきれいな青い海って初めてかも」
その言葉の通り舞たちの目の前に広がるのはどこまでも青く透き通った美しい海だった。砂浜にはゴミどころか流木のたぐいさえ落ちていない。
舞がホタルの横へと近づいていき、同じように足元の砂が逃げていく感覚に笑った。
「お前ら、遊ぶために3階層を海にしたわけじゃないんだぞ」
駆け出した2人に置き去りにされたノーフがため息を吐き、やれやれと首を横に振りながら現れる。さくっ、さくっと言う砂を踏む足音を響かせながら。
そんなノーフの言葉は2人に聞こえていない訳では無かったがテンションの上がった2人に効果があるかと言えばそんなことはあるはずがなかった。
「あっ、絵麻さんや司も呼んでバーベキューしようよ」
「そういえば海には魚がいるのですよね。この海にもいるのでしょうか?」
じゅるりと音を立てながら海の様子をホタルがうかがう。完全に捕食者だ。そんなホタルの様子に舞も楽しそうに笑った。
「うーん、どうだろう。でも海鮮バーベキューもいいよね」
「海鮮バーベキューですか。良い響きです。ノーフ、ちょっと行って魚を獲ってきてください」
「お前らは、俺のいう事を聞け!」
「「NOOOOーーー!!」」
2人の悲鳴が美しい砂浜に響き渡った。
ダンジョンが誕生して早2週間が経とうとしていた。畑を耕し、大豆の育成に力を注いだ結果ポイントも貯まり、そして豆腐作りの研究も進んだのだがこれ以上の豆腐を作るためにはダンジョン産のにがりが必要と言う結論に修と舞はたどり着いた。
もちろん現状で作ることの出来る豆腐も今まで修が作ってきた努力の結晶である豆腐を軽々と抜き去ってしまうようなものではあるのだが、さらにその上を目指すことが出来るかもしれないと言う可能性を前に豆腐バカの2人が止まることなど出来るはずもなかった。
「そうか、海が出来たか」
「うん、これでにがりが採れるよ。山岸のおじいちゃんはOKしてくれたんだよね」
「うむ。舞の形見の豆腐のためなら老骨に鞭打つと言っていた」
「ふふっ、そっか。嬉しいような恥ずかしいような、よくわかんないね」
えへへっと笑う舞に修も柔らかな笑みを浮かべる。父親として舞のことをこんなにも思ってくれている人がいると言う事が嬉しかったのだ。舞も自分のために山岸が危ないと言われているダンジョンへとやってきてくれることがとても嬉しかった。ダンジョンへとやって来るのならばそのうち自然に会う事も出来るようになるはずだという想いもあった。
「そういえば姉ちゃん。今日からダンジョン省の人たちも来るんだろ。その対応はいいのか?」
「うん。1階層を貸し出すだけだしほとんどの対応はノーフと佐藤さんが中心にしてくれるって。私はいつも通り自分の畑の世話と豆腐の研究をするつもりだよ」
「じゃあ俺もいつも通りか」
「絵麻さんはどうかちょっとわからないけど、大体そんな感じかな」
「舞、おかわりです」
「うん」
差し出されたお茶碗を受け取り舞が白米をその上にのせてホタルへと渡す。海が出来たり人がダンジョンに入るようになると言うのに東風家の朝食風景は変わらない穏やかなものだった。
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その日ダンジョンへと向かう局員たちは緊張に包まれていた。いずれも経験豊富なえりすぐりの局員ばかりである。ダンジョンへ潜った経験もありモンスターと呼ばれる異形の生物との戦闘の経験もあるそんな局員たちだ。
実際、モンスターとの戦闘を経験し心に傷を負ってやめてしまう局員もいた。そんな経験をした上で命の危険がある現場にずっと居続けるのだから当たり前だ。ストレスがかからないはずがないのだ。
それを続けられるというだけでも残っている局員は強靭な精神をしていることがわかる。その中でも特に優秀と言われる者ばかりが集められたのだ。
彼ら10名に下された命令は信じられない物だった。人類に友好的なダンジョンが出現したと言う話はもちろん局員である彼ら全員が知っていた。しかし実際に他のダンジョンの現状を知っている彼らからすれば半信半疑だった。実際に同じ局員が特に危険もなく滞在していると言う報告が無ければ嘘だと思っていたかもしれない。
そんな中、呼び出され下されたのが件の友好的なダンジョンへ行き畑を耕せと言う信じられない命令だった。彼らはもちろん混乱した。そんな彼らへと説明がされる。そのダンジョンは豆腐がダンジョンマスターであり、ダンジョンで大豆を育てるとレベルが上がるのだと。
彼らには意味がわからなかった。どの局員も既にモンスターとの戦いを経験しているためレベルアップはしている。しかしそれは命の危険を犯して戦った結果だ。畑を耕すだけでレベルが上がるはずがない。そんな空気が説明会場に広がる。
「立花君、ステータスを表示させたまえ」
「はい。ステータス」
説明会に呼ばれていた絵麻のステータスを見てどよめきが起こった。そこに表示されていたレベルは15。この場に集まった局の中でも精鋭と言って良い彼らの中でさえ最もレベルが高いものはレベル13だった。若く、モンスターとの戦闘経験者特有の重みの感じられない絵麻のレベルがそれだけの高いと言う事実がその話がまぎれもない真実だと伝えていた。
その後も説明は続き、数多くの質問や議論が飛び交う白熱したものになった。質問の矢面にさらされた絵麻がヘロヘロになるほどのものだ。そしていくつかの講習などを受け精鋭たちは豆腐ダンジョンへとやって来ることになったのだ。
局員たちが台所の収納からダンジョンへと降り立つ。そこには一面の畑が広がっていた。そこに立っていた背の高い角の生えた男、ノーフと局員たちを引率してきた佐藤が握手を交わす。そして2人が局員たちの方へと向き直った。自然と局員たちは姿勢を正す。
「こちらがあなたたちのダンジョンでの世話をしてくださるノーフォリアさんです」
「ノーフォリア・キシュレハウザーだ。ノーフと呼ばれている。何かあったら呼べ」
ノーフの言葉に背をピンと伸ばしながら局員たちは頭の中には同じ疑問が浮かんでいた。ノーフってあの農夫と掛けているのか、と。もちろんそんなことを今ここで聞くような空気の読めない局員たちではない。彼らは精鋭なのだ。
「事前の説明通りあなたたちには大豆を育てていただきます。機械類はあちらの一角に用意してあります」
佐藤が指し示す方を見るとトラクターや水を撒くための散水機などが畑の一角に並んでいた。もちろん入り口からは入らない大きさなのでノーフの力で運び込んだものである。
「それでは作業を開始してください。あなたたちの働きに日本の未来がかかっています」
「はい!」
局員たちが敬礼し、そしてトラクターへと乗ると一斉に事前に決めてあった区画へと動いていく。きびきびとしたその姿はやはり精鋭であることを感じさせた。
事前の訓練のお陰もありまるで手足のようにトラクターを動かしていく局員たち。彼らはレベルアップのおかげで上がった能力を遺憾なく発揮していった。さすが精鋭である。
3日後、衝撃の収穫を終えステータスを見た局員たちはその効果に驚くことになるのだった。
そして彼らは今後同じように畑を耕す局員たちを指導する大豆畑の精鋭としてその名を轟かせることになるのだが、それはまた別の話である。
やったね、畑の精鋭に進化したぞ!




