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第34話:東風豆腐店の朝

 仕込みの時間が過ぎていることに気付いた修と舞が慌てていつも通りの豆腐を仕込み始める。しばらくぶりとは言え何年も一緒に豆腐を作ってきた2人だ。その手際は鮮やかなものでたちまちに遅れを取り戻していく。2人以外は邪魔になるのでという事でダンジョンやキッチン、自分の部屋などにそれぞれ戻っていった。

 久しぶりの父親との豆腐作りにワクワクしていた舞だったが作業している中で違和感に気づく。


「あれっ、お父さん。仕込みの量ちょっと減ってる?」


 そうなのだ。舞が生きていて仕込んでいた時に比べてその量が8割程度まで落ちていた。そう言われた修は少しだけ気まずそうに顔をしかめた。


「すまん。客が少し離れた」

「そんな、どうして……」

「……」


 舞の問いかけに修は答えず沈黙するだけだった。お父さんの豆腐の味は変わっていないのに何で、と舞が頭を巡らせそして気づいた。


「もしかして私のせい?」


 一瞬ではあるが修の顔が変わった。その顔を見て舞は確信する。自分のせいだと。

 舞がダンジョンで死んでしまったことで司が髪を染めてぐれてしまうほどのことになっていたのだ。店にも影響が出ないはずがない。それに今はダンジョンが家の中に出来てしまっている。父親の豆腐の味が落ちたわけではないことを考えれば理由は舞しかなかった。


「ごめん、ごめんね。お父さん。せっかくおいしい豆腐を作ってくれているのに私のせいで……」


 舞の全身からぽたぽたと液体が流れ始める。舞は知っていた。修がいかに豆腐作りに情熱を燃やしているかを。だからこそ舞はその手伝いがしたくて朝早く起きて一緒に豆腐作りを始め、修が作っていた食事の準備などを率先してするようになったのだから。

 涙を流し続ける舞をぎゅっと修が抱きしめる。


「気にするな。お前のせいじゃない。それにどんな形であれ失ってしまった子供が帰って来たんだ。それに比べれば客が減った程度大したことない」

「お父さん……」


 舞へと視線を合わせ、修が不器用な笑みを浮かべる。妻を亡くし男手1つで仕事をしながら舞と司を育てていた修にとって子供たちはかけがえのない宝だった。もう二度と会えないと思っていた舞に会えた、その奇跡に感謝しないはずがなかったのだ。


「それに舞のおかげで最高の豆腐を作ることが出来るかもしれん。しかもまだまだ新しい品種もあるのだろう?」

「うん、ノーフが作った物だけで100種類はあるからもしかしたらにーさん達よりも豆腐に向いている物もあるかも」

「楽しみだな」

「うん」

「とは言え今は来つづけてくれているお客さんのためにも商品を作るぞ」

「うん!」


 舞が元気よく返事をし、修が舞の頭を撫でて作業へと戻っていった。そんないつもと変わらぬ修の後姿を見ながら舞は改めて帰って来れて良かったと神に感謝するのだった。





 朝6時半、いつもの時間に東風豆腐店のシャッターが修によって開けられる。その様子を舞はこっそりと覗いていた。そしてシャッターの先にいたのは懐かしい3人の姿だった。


「おはようございます。南さん、山岸さん、伊藤さん」

「ああ、おはよう」

「今日もいつも通りでお願いするよ」

「私もね」

「わかりました」


 修が毎朝来ていた3人の相手をしている。声をかけて話したい衝動に駆られる舞だったがさすがに自分の姿は変わってしまっているし、自分のことを広めることの危険性もノーフに重々説明されているため我慢していた。


(みんなちょっと体調が悪そう?)


 いつも元気に挨拶をしていた舞だからこそ3人の違和感に気づいた。70を超えていても皆若々しかったのに今は年相応に老け込んでしまったかのように舞には感じられた。

 商品を手渡しお代をもらったところで修が3人へと声をかける。


「すみません、常連のお三方に新しい豆腐の試食をお願いしたいのですが」


 そう言って取り出したのはダイズ23号で作った豆腐だった。修と舞が徹夜して作り続けた中で最も出来の良かったものだ。いつもならあまり話しかけてこない修の突然の申し出に少し驚きながらも3人は笑顔で了承した。

 3人の口へと豆腐が運ばれていく。それを舞は瞬きすらしないで見つめていた。まあ目は無いのだが。


「なに、この豆腐は!?」

「うまい、それ以外の言葉が見つからん」

「これは売っているのかしら? そうなら買って帰りたいわ」


 3人の顔が驚きに包まれ、そして以前と同じような気力を取り戻したかのように明るくなる。そんな3人の姿に舞は満面の笑みを浮かべた。


「まだ販売はしていません。試作品はありますので1丁ずつ差し上げます」

「あらっ、悪いわね」

「もし販売されたら絶対に買うわ」


 盛り上がる女性陣2人をよそに山岸だけがじっと修の顔を眺めていた。そしてふっと笑った。


「店主も前に進んだか?」


 その言葉は呟くような声だったのにもかかわらず離れている舞にもしっかりと聞こえていた。修が山岸を見返しそして笑う。


「ええ。この豆腐は舞のおかげで作ることの出来た豆腐です。あの子の形見というわけではありませんがそれに恥じない物を作っていきたいと思っています」

「そうか。儂らもそうすべきかもしれんな。いつまでも落ち込んでいては舞ちゃんも心配するだろうし」

「そうね。きっと今の私たちを見たら体調が悪いの?って心配されそう」

「ふふっ、舞ちゃんならこれでも食べてくださいって豆腐料理を渡してくれるかもね」

「舞はそんなことをしていたんですか?」


 ちらっと舞のことを見て修が驚く。舞は体をぷるぷると震わせていた。

 確かに舞は体調が少し悪そうなときに昨日の晩御飯の残りをおすそ分けとして渡したことがあったがそれは片手で数えられるほどのことで舞自身も言われて初めて思い出した程度のことだった。逆に3人から旅行のお土産などをもらったりもしていたのでそのお返しのつもりでもあった。特に意識していたわけではないのでそんな風に思われていたと知って舞は少し恥ずかしかったのだ。


 そんな舞の感情などわかるはずもなく、3人が舞の思い出話に花を咲かしていく。修も知らなかった3人と舞の交流の話を聞き修も楽しそうに笑っていた。自分のことを明かすわけにはいかず、自分の話をされ続け身悶えする舞にはそれを止める手段などなかった。


 しばらくして3人は来た時とは全く違う良い笑顔で帰っていった。そんな姿を見送り舞も店から台所へと戻っていく。

 舞は自分が作った豆腐をお客さんに食べてもらうなら常連さんの3人しかいないと思っていた。ちょっとしたハプニングはあったもののそれを見ることが出来て舞は幸せな気分だった。





 それから数日は平穏な日々が続いた。まあ平穏と言っても舞と修は豆腐の研究にいそしんでいたし、それぞれがそれぞれの仕事をこなしていただけであるのだが。2階層でのサブローたちの収穫も終え、今度はサブローの豆腐の研究でも始めようかと舞と修は考えていた。


「ちょっといいかな、姉ちゃん」

「んっ、何?」

「あっ、ノーフさんとホタルさんもちょっと待ってもらってもいいですか?」

「なんですか、司?」

「どうした?」


 絵麻が夕食を食べて自分のアパートへと帰った後、司がダンジョンに戻ろうとする3人を呼び止めた。その表情はとても真剣で思わず3人が気構えするほどだった。


「今日、サブローたちを収穫してみてまたレベル上がったんだ」

「おめでとう」

「うん、それはそうなんだけどそうじゃなくて、普通レベルアップってレベルが上がるごとに経験値が多く必要になるだろ?」

「そうだな。レベルアップすれば能力が上がるんだ。より高い能力をさらに上げようとすれば多くの経験値が必要になる。当然だな」


 ノーフが腕組みしながらしたり顔で答える。それを聞いて司もうなずいた。その言葉は司が想像していたものだった。だからこそ司は再び口を開く。


「でも俺、今回前よりも多くレベルアップしたんだ。もしかしてだけど品種でもらえる経験値が変わるのかそれとも階層が1階層下がったからなのかわからないけど」

「ほぅ」

「誤差ではないのですか? 例えば前回レベルアップした時にギリギリ上がる直前まで経験値が溜まっていたとか?」


 ホタルの言葉に司が首を横に振る。


「今、俺は9レベルなんだけど、最初に上がったのが3レベルで今回上がったのが5レベルなんだ。前回がギリギリだったとしても今回の方が経験値は多いんだ」

「そっかー。ダンジョンって不思議だね。で、その顔はお願い事があるんでしょ?」


 司を見ながら舞が言う。長年一緒に住んでいた舞と司だ。今の司の顔は何かをお願いしたいときにする顔だと舞にはしっかりわかっていた。司が笑みを浮かべコクリとうなずく。


「もし品種じゃなくて階層で経験値が変わるならなるべく地下に畑を用意してほしいんだ。そこで俺はレベルを上げたい」

「どうしてですか? あぁ、農作業を早くするためですね」

「それもあるけど俺、このまま平和が続くとは思えないんだ。今でこそダンジョンの封鎖はうまくいっているけど種族の繁栄が目的ならいつかはダンジョンからモンスターが出てくると思うんだ。その時に大切な人を守れる力が俺は欲しい。だからノーフさんにも稽古をつけて欲しいんだ。ノーフさんは戦いの経験があるんだろ」

「まあな」


 ノーフが舞を見る。ノーフの視線は舞にすべての判断を任せると伝えていた。それに対して舞はうなずくと真剣な表情で司を見た。司は目をそらさずじっと舞を見返す。そこには一点の曇りもなかった。それを見て舞がため息を漏らす。


「わかった」

「ありがとう、姉ちゃん」

「でも、無茶はダメだからね。後、何かあってもちゃんと私たちやお父さんを頼ること。わかった?」

「うん」


 その後の検証の結果、階層によって経験値が増えることが判明し、豆腐ダンジョンの最下層である500階層に司用の畑が作られることになった。もちろんポイントが足らず人工太陽は設置できなかったためポイントで購入した発電機を使って照明をつけることで何とか育てることになった。ノーフとの訓練も始まり司はレベルアップのおかげもありぐんぐんと実力を伸ばしていく。

 これが後に救世主と呼ばれる司の伝説の始まりだとは誰も想像してもいなかった。そう、本人でさえも。

豆腐の勇者、見参!

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海の日記念の別作品です。次のリンクから読もうのページに行くことが出来ます。

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少しでも気になった方は読んでみてください。
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