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第32話:豆腐の出来上がり

 午後6時、舞とホタルは絵麻を見送りに1階層へと来ていた。基本的に絵麻は朝の8時から午後6時までダンジョンで働いている。昼に1時間の食事休憩、そして午前と午後に30分ずつの小休憩を挟んでいるので実質8時間勤務になる。


「じゃあまた明日ね」

「バイバイ、絵麻さん」

「また明日です」


 絵麻が帰っていくのを見送ることが舞とホタルにとっては習慣になっていた。舞は絵麻に夜ご飯のお誘いもしているのだが報告もあるからと断られてしまっている。遠慮は必要ないんだけどなと思いつつも強引に誘うのも違うとわかっているので舞はお誘いに留めているのだ。

 東風家の夕食は一般家庭と比べると少し遅く午後8時近くに始まるのだ。これは夕食用の豆腐などを買いに来る人に合わせて午後7時半まで店を開けており、閉店作業をしおわって家族全員で食事を食べると言うことが習慣になっているからだった。


 少し残念そうにしながら舞が2階層へと向かおうとしたその時、帰って行ったはずの絵麻がひょっこりとダンジョンの出入り口から顔を覗かせた。その顔はちょっと焦っているようだった。


「舞ちゃん、舞ちゃん! なんかダンジョンの水の大豆が大きくなっているんだけど!」

「えっ、本当ですか?」

「行きましょう、舞」

「うん」


 ホタルに抱かれて舞がふよふよと出入口に向かって飛んでいく。そして台所に設置されているダイズ23号の入った3つのボウルを見た。地下水と水道水の2つはまだまだであったが、ダンジョンのため池の水を使用したダイズ23号が乾燥する前の大きさを取り戻していた。

 舞がその中から1粒ダイズ23号を取り出し、それを潰した。少しの弾力を感じさせながら潰れたダイズ23号に舞がほっと胸をなで下ろす。


「よかった。ちょうど良いくらい。絵麻さん、ありがとう。あともう少ししたら漬かり過ぎでつやのない灰色の豆腐になるところだったよ」

「しかし12時間程度かかるのではなかったのですか?」

「うーん、そのはずなんだけどね。まあそれは後で考えよっか。とりあえず豆腐を作っちゃおう」


 舞がボウルを持ち、台所に設置されているミキサーへと水ごとダイズ23号を入れていく。1度に入れると細かく滑らかにならないし、変に熱を加えられても風味が落ちるため数度に分けて投入し舞はミキサーを動かしていく。しばらくしてクリーム状になったダイズ23号が出来上がった。


「次は煮るよ。最初は強火で、焦がさないようにかき混ぜながら、でも泡はきれいにすくってね」

「わかりました」


 大きめの鍋に水を6カップ入れて沸騰させ、そこに先ほど作ったクリーム状のダイズ23号を投入する。クリーム状だったダイズ23号が水に溶け、色を薄めながら鍋に広がっていった。

 先ほどから舞の作業を覗き込んでいたホタルがやりたそうな顔をしていたので舞は指示を出すことにしてホタルに作業してもらうことにした。舞はホタルから絵麻へと渡されている。

 ホタルが真剣な表情で木のへらでかき混ぜながら丁寧に出てきた泡をすくっていった。


「わっ、舞! これ以上は無理です!」


 沸騰し急激に泡が鍋からあふれ出そうになるさまを見てホタルが助けを求める。舞は慌てずにコンロのスイッチへと操作して火を止めた。今にも溢れる直前だった泡がはじけて消えていく。そして泡が落ち着いたところで再び火を入れた。今度は弱火だ。


「今度は弱火で大体5~10分くらい混ぜるよ。焦げやすいから注意してね。匂いが変わったら大丈夫だから」

「わかりました」


 真剣な表情でホタルが再び木べらを使ってかき混ぜていく。その動きは正確でまるで機械が動いているようだった。8分程度そのまま煮ていると大豆特有の青臭さが薄くなり、豆腐の匂いに変わっていった。

 舞がざるとさらし袋を用意する。


「そろそろ大丈夫だから火を切ってこの袋の中に入れてね」

「わかりました」


 ホタルが慎重に鍋を持ち、舞が用意したさらし袋へと中身を入れていく。湯気を立ちのぼらせながら袋へと液体状のダイズ23号が消えていく。すべて入れ終えた後、舞が袋の口をしっかりと閉じ、魔法の手でぎゅっと絞ってしっかりとこし取り始めた。ぽたぽたと下に白い液体がボウルに溜まっていく。その様子を少し心配そうに絵麻が眺めていた。


「あの、舞ちゃん。熱くない?」

「はい、熱いですけど魔法の手なので和らいでいますし火傷もしませんし大丈夫ですよ」

「そ、そう」

「あっ、絵麻さんがする時は厚手のゴム手袋とかをしてくださいね。本当に熱いですから」


 そう言えば作り方を教えているんだったとかろうじて思い出した舞が慌てて付け加える。そんな舞の様子を苦笑しながら絵麻が見ていた。舞の心が豆腐作りへと向かってしまっていることを絵麻はちゃんと気づいていた。


「この出てきた液体が豆乳でこっちに残ったのがおからですね」

「へー」

「舞、これも食べられるのですか?」


 不思議そうにボロボロとした湯気を立てるおからを見つめていたホタルに舞が笑顔で応える。


「うん。あれっ、おからって食事に出して無かったっけ?」

「はい、記憶にありません」

「そっか、じゃあ今日はおからを使って何か作るね」


 そんな会話を交わしつつ舞は作業を進めていく。絞った豆乳を新しい鍋へと入れ温度計を突っ込んでその温度を測る。豆乳の温度は80℃。少し高めだった。


「えっとここでにがりを加えるんだけど温度が重要なので必ず温度計で測ってから入れてね。目安は70℃から75℃くらい。今80℃だから少し冷ましてから豆乳ににがりを投入するよ」

「あの、舞ちゃん……」

「絵麻、舞は気づいていません。そっとしておきましょう」

「んっ?」


 2人の優しい心で守られたことに気づかず舞は木べらで豆乳を軽くかき混ぜ温度を下げていく。そして73℃まで落とした段階で木べらを添わせるようにゆっくりと全体に均一になるようににがりを豆乳へと入れていきそっとそのにがりの混ざった豆乳を混ぜた。そして鍋に蓋をし、ほっと胸をなで下ろす。


「これで10分くらい待って、その後にふきんで包んで15分くらい重しを乗せて固めれば豆腐の出来上がりだね。せっかくですし絵麻さんも食べていきませんか?」

「そうだね。じゃあお願いしちゃおうかな」

「はい。じゃあ私は夕食の準備も始めちゃいますね。絵麻さんは座っていてください」

「ありがとう」


 ホタルに再び支えられながら舞が料理をする姿を絵麻は眺めていた。ここ数年はあまりなかった、しかし最近ではたびたびある皆で食事を囲むと言う温かさに笑顔を浮かべながら。





「と、言う訳でいつもよりちょっと早いけど完成です!」

「「わー」」

「なんかいつの間にか息ぴったりだよね、ホタルと絵麻さん。じゃあホタルはノーフと司を呼んで来てくれる? 絵麻さんは配膳を手伝ってもらえれば嬉しいです」

「わかりました」

「そのくらいのこと、喜んでするよ」


 ホタルが目で追えないほどの速さでダンジョンへと消えていくのを見送り、舞と絵麻が配膳していく。いつも通り豆腐関係の多い夕食ではあるが、何と言っても今日のメインはダイズ23号で作った手作り豆腐である。そのままの味を楽しむため切り分けるだけで今は何もかかっていない状態だ。もちろん舞とホタルが約束をしたおからもしっかりと用意されていた。


 しばらくしてノーフと司がホタルに連れられてやって来て、ちょうど店じまいした修も片づけは後回しにして食事を食べるためにやって来た。


「今日のメインはダイズ23号で作った手作り豆腐だよ」

「ほぅ」

「あれっ、姉ちゃん。仕込んだのって昼過ぎだったよね?」

「うん、なぜか1つだけ早く浸透しちゃったからさっそく作ってみました。じゃあ食べよう」

「いただきます」


 皆の声が合わさり、全員が最初にダイズ23号で作った手作り豆腐ふと手を伸ばしそれを食べた。そして時が止まった。

豆乳を投入……

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