第30話:大豆よ、永遠に
大豆たちは声を上げた後、全く動こうとはしなかった。そんな彼らを見ながら舞がぽつりと呟く。
「大豆がしゃべった。普通しゃべらないよね?」
「お前が言うと盛大なブーメランだな」
舞の呟きにノーフがすかさず突っ込む。その突っ込みで少し冷静になったのか各々が動き始めた。ホタルは興味深げに近寄っていき、司も首を伸ばして眺めていた。絵麻に掴まれた舞は動けずにいたが冷静に状況を観察していた。
「うーん、言葉は通じるのかな? えっとマメー!」
『マメー!』
「うわっ、返事したよ。すごいね、なんかちょっとかわいく思えてきた」
舞が楽しそうに体をプルプル揺らす。そんな舞の姿を見てホタルも大豆たちの前へと立った。
「楽しそうですね、では私も。マメー」
『……』
「舞、私はダメなようです。先立つ不孝をお許しください」
「いやいやいやいや」
大豆たちに完全に無視されたホタルが天へと召されようとするのを舞が魔法の手で止める。舞には冗談だともちろんわかっているが、天使の姿でそんなことをされるとさすがに止めざるを得なかった。
「マメー、ふむ。ダンジョンマスターである舞のみに反応するのか?」
ノーフも試してみたがホタルと同じように全く反応されず、腕を組みながら考え事を始めていた。司も同じように大豆に声をかけたが大豆たちは全く反応しなかった。
「絵麻さん。絵麻さんもどうぞ。危なくないですよ」
「う、うん。マ、マメー」
『マメー!』
「うひゃう!」
絵麻が声をかけると大豆たちが元気よく返事をした。舞の時よりも喜びを表すかのように体を跳ねさせる者までいた。予想外の出来事に絵麻は驚きのぞかせていた体を再び小さくして舞の後ろへと隠れた。
「絵麻さんの声にも反応するんですね。育ててくれた人ってわかるのかな?」
「そうなの?」
『マメー』
そうだそうだ、と言わんばかりに大豆たちが体を跳ねさせて反応する。意思の疎通が出来ていることがわかった絵麻が少し緊張を解き、舞の背中から出てきた。そして整然と並ぶ自分が育てて大豆たちを眺めた。
「うん、確かに可愛いかも」
『マメー』
「あっ、喜んでますね」
舞と絵麻が大豆たちの様子に和む。数が多く群れてくることを恐れていたことが嘘かのように整然と並びながら自分たちの言葉に反応してくれる大豆たちへの親近感が高まっていく。
しかしその時間は長くは続かなかった。
『マ、マメー……』
「あれっ、なんか苦しそう。どうしたの?」
「メー……」
「絵麻さん、わかる?」
「わからないよ、どうしたらいいの?」
苦しそうにぶるぶると悶えだす大豆たちに舞と絵麻が焦りの表情を浮かべる。しかし2人にはどうすることも出来なかった。ただ弱っていく大豆たちを見ることしか出来なかったのだ。
そして大豆たちが動きを止めそこには整然と並んだまま物言わぬ幾万もの屍が残された。
「大豆さん!」
「にーさん!」
「いや、お前ら良くわからんままに流されてるがこれが普通だからな。しかし本当なら刈り取って日陰で干して乾燥させるんだが、これは大丈夫なのか?」
2人の悲壮な姿を無視しながらノーフが落ちている大豆を一粒掴む。もちろんその大豆は以前のように動くことは無かった。それをしげしげと見つめていたノーフが指でそれを潰した。
「ふむ、程よく乾燥しているな」
「「あー!!」」
ノーフの行動に2人が抗議の声を上げる。
「ノーフさん、いくらなんでもそれは人としてダメだと思います」
「そうだよ、ノーフ。死んだ人は丁重に扱わないといけないんだよ」
「鬼、悪魔、農夫」
「あー、悪い悪い。って言うか俺は人じゃないし、死んだ人じゃなくて大豆だろ」
抗議する舞と絵麻の尻馬に乗ってホタルまで口を出したことにノーフは呆れながらも律儀に突っ込みを入れていた。そんな4人の様子を眺めながら、司はノーフの苦労に対して心の中で謝るのだった。
舞たちが少し落ち着いたところで落ちていた大豆の回収を終え、とりあえずはいつも通りの作業へと戻ることになった。収穫を終えた絵麻の畑はノーフによって引っこ抜かれた後炎で焼き尽くされていた。そしてその日はそれ以上の事件が起こることも無く終わった。
そして翌日。
舞とホタルの畑から同じように大豆たちが生まれそして死んでいった。予想通りというか2つの畑とも舞の言葉に反応し、また片方は世話をしたホタルの言うことを聞いていた。その翌日にはノーフが世話をしていた畑から生まれた大豆が同様の反応を見せ、またその翌日には司が育てていた大豆が同じような反応を見せた。
つまり大豆たちがモンスター化することと育ててくれた人に従うと言うことが証明されたわけだ。とは言え大豆たちは誰に危害を加えるわけでも無くただ親の後を追うひよこのようについてくるだけだった。だから問題はない。そう思い込んでいた。ただ1人を除いては。
「姉ちゃん、ノーフさん、ホタルさん。相談があるんだけど」
そんなことを司が言い出したのは、司の大豆を収穫した翌日の作業が終了し絵麻がダンジョンから帰って行った後だった。夕食の準備をしようと絵麻を抱えて外へ出ようとしていたホタルがその動きを止める。
「どうしたの?」
「いや、さっきたまたま気づいたんだけどさ俺レベルが上がってるんだ」
「へっ?」
司の告白に舞が間抜けな声を上げる。レベルアップというものがあると言うことは絵麻からあらかじめ聞いていた。しかしレベルアップするためにはダンジョンのモンスターを倒す必要があるためダンジョンの入り口が封鎖されている現在ではほとんどの住民のレベルは1のままのはずなのだ。
「ほらっ、見てくれよ。ステータス」
司が3人へと自分のステータスの画面を向ける。そこに乗っていたのはレベル3と言う数字だ。ここ以外のダンジョンに入ったことのない司のレベルは1レベルであるはずなのにと言う思いが舞の首をステータスから司へと向けた。司は驚きながらもどこか嬉しそうにそれを眺めていた。
「何で?」
「いや、あの大豆を収穫したこと以外にないだろう」
「確かにそうですね」
「だよな。俺もそう思ったんだよ」
若干テンションが高めの司をよそに舞は考えていた。確かに司のレベルが上がった原因として考えられるのはあの大豆たち以外に思いつかなかった。しかしそこまで考えて舞は悩み始める。
「うーん、これってまずくない?」
「何で。すごいことじゃん。だって危険も無くレベルが上がるんだよ」
舞の言葉に司はあまり反応しなかったが、ノーフとホタルは舞と同じように考え始めていた。
「問題は公表するか否かと言うことですね」
「いや、絵麻がいるんだ。遅かれ早かれ気づかれると思っておいた方が良い。ならば事前に情報を提供して取引材料にした方が良いだろう」
「うー……だよね」
「どういうこと?」
テンションの違う3人にやっと気づいた司が3人に聞いた。3人が目を見合わせ、そして舞が司へと目を向けた。
「確かに司の言う通り安全にレベルアップできるって言うのはすごいことだと思う」
「だよね」
「でも、それを知ったらここに押し入ろうとする人が増えるんじゃないかな。レベルアップしたいって言う人って多いんだよね?」
「あっ!」
その言葉で司も状況に気づいた。
ダンジョンの入り口は現在警察や絵馬たちのダンジョン局によって封鎖されてしまっており一般人が入ることは実質不可能になっている。もちろん入れたとしてもダンジョン内のモンスターを倒すのには危険が伴っている。しかしそれでもレベルを上げたいと言う需要はあるのだ。
入り口が封鎖される前にダンジョンへと入った人たちの中でレベルアップして生き残った人々の変化はネット上で虚偽の情報も含まれたうえで拡散していた。本当の事である力などが強くなると言ったものから、若返ると言った虚偽の物まで。政府も研究の成果を広報してはいるが封鎖されているからこそ広報されたもの以外にも秘密があるだろうと考える者は多いものだ。
そんな者達にこのダンジョンの事が知られたらどうなるのか?
もちろん警備は増やしてくれるだろうし、よほどの馬鹿でない限り問題は起こらないだろう。しかし下手をすれば放火などの手段で家を燃やしてしまおうとする者が出て来ても不思議ではない。それほどの価値を見出している者もいるはず、そう司は考え顔を青くした。
「どうする、姉ちゃん?」
「ふっふっふ。お姉ちゃんに任せなさい。と言う訳でノーフよろしくお願いします」
「やっぱり俺かよ。まあいいけどな。とりあえず明日佐藤と話そう。話はそれからだ」
即行で自分へと任せた舞の行動に呆れながら、それが舞が自分を信頼しているからこその行動と知っているノーフは小さく笑みを漏らしたのだった。
スローガンは 「大豆を育ててレベルアップ!」




