第20話:新しい畑
翌日、舞たちが朝食を食べ終え1階層の畑へと向かうと、ちょうど出入口からダンジョンを覗いていた絵麻と目が合った。絵麻が3人に向かって軽く手を振り軽快な足取りで梯子を降りてくる。どうやら昨日の心の傷は一晩寝たことで回復したらしい。
ダンジョンへと降り立った絵麻がタタタタっと3人の目の前まで小走りで駆け寄り、そして立ち止まり気をつけをしてからびしっと敬礼をする。
「おはようございます。今日からお世話になります。とりあえず何をしましょうか?」
「帰れ」
「はいぃ?」
ノーフの言葉に絵麻が大きく目を見開いて驚く。舞自身は挨拶をしたそうにノーフの後ろで密かに手を振っていたがノーフの大きな体に遮られて絵麻には全く通じていなかった。
「契約を結ぶからいったん帰ってカズマを呼んで来い」
「あっ、そういうことですか。わかりました!」
状況を理解した絵麻が梯子を上り、地上へと戻って行った。言外にお前じゃ意味がないとノーフは言っているようなものなのだがそんなことに気づいた様子もなく元気なものだ。
しばらくして絵麻が連れてきた佐藤とノーフにより契約内容の詳細の話し合いが始まった。そして既に佐藤から契約の関係に関しては戦力外通告を受けていた絵麻を連れて舞とホタルは1つの畑へとやって来ていた。
「というわけでここが絵麻さんの大豆畑です」
「あの、舞ちゃん。何が、というわけなのか聞いてもいい?」
「あれっ? ノーフが今日から絵麻さんはここで働くことになるって言ってたからてっきり。聞いてません?」
「佐藤さんからは舞ちゃんやホタルちゃんとの折衝役って聞いてたけど」
「「……」」
2人が顔を見合わせながら頭に?マークを浮かべて沈黙する。そして2人して話し合いを続けているノーフと佐藤を見る。視線に気づいたノーフが面倒くさそうにしっしっと手を振り、佐藤も2人の方を振り返りなぜか背筋が寒くなるような笑みを浮かべた。絵麻がトラウマを刺激されたのかガタガタと震えだす。
「昨日、佐藤は絵麻を自由にして良いと言っています。自由にして良いそうですよ」
「ホタルちゃん。なんでそんな手をわきわきさせながら近づいてくるのかな? 少しは表情を変えてよ。本気みたいで怖いんだけど」
「本気ですから安心してください」
「なおさら怖いよ!」
不穏な空気をまといながら無表情に近づくホタルに思わず絵麻が後ずさりする。そして脱兎のごとく逃げ出そうとした瞬間、舞の魔法の手が絵麻を掴んで止めた。
「大丈夫ですって。ほらホタルも笑ってますし」
「えっ、どこが?」
「ほら、口の端が3ミリくらい上がってるでしょ」
絵麻がまじまじとホタルの顔を見る。そう言われればそうかもしれないと思う程度の変化しか絵麻には感じられなかった。うんうんと舞が体を揺らしているがまだそちらの方が絵麻にとってはわかりやすい。しかしホタルと付き合いの長そうな舞がそう言うのであればそうなのだろうと絵麻は信じた。ふぅと軽く息を吐き、未だわきわきと手を動かしながら近づいてくるホタルの頭に軽くチョップする。
「わからないって」
「舞、見てください。これが人間の突っ込みなのですね。勉強になります」
「ノーフの突っ込みは大声とか暴力が多いしね」
「そうですね、絵麻に比べて美しさと配慮に欠けます」
うんうんとうなずき合っている舞とホタルの肩へとそっと手が置かれ、そしてそれがぎりぎりと万力のような力で2人の肩を握りつぶそうとする。絵麻の目にはいつの間にか2人の背後に現れたノーフが2人を持ち上げながら笑っているのが見えた。天使と豆腐を捕まえながら笑うその姿は正に悪魔だった。
「いつまで経っても動かねえから来てみれば、楽しそうに人の悪口言ってんじゃねえよ。と言うか俺が突っ込むのはお前らのせいだろうが!」
「えっ、私は別に変なことはした覚えは……いたたたた!」
「やはり暴力と大声ではないですか。これだからノーフは……あうううう!」
肩から頭へと持つ手の場所を変えたノーフによってギリギリと締め上げられて2人が体をバタバタ動かしながら悲鳴を上げる。そんな2人の事を見ながらああならなくて良かったと絵麻が1人で胸をなで下ろしていたところ、その肩をポンポンと優しく叩く者がいた。びくっと体を震わせた絵麻が恐る恐る後ろを振り返る。そこには満面の笑みを浮かべた佐藤がいた。瞬間絵麻の顔が青ざめ反射的に正対して気をつけの姿勢へと移行する。その体は細かく震えていた。
「何をしているのかな、立花君」
「いえ、私は何もしていません!」
自分は無実だとばかりに絵麻がフルフルと首を横に振る。しかしその言葉とその行為は佐藤の笑みをより一層暗く深くすることしか出来ていなかった。
「今は業務時間だよ。何もしていないと言うことは業務を放棄していると言うことかな。ダンジョン内だからとはいえ君は自分の仕事を……」
絵麻が自分の発言のまずさに気づいた時にはもう遅かった。佐藤による説教が始まる。それはノーフが2人のお仕置きを終え、佐藤へ契約の話へ戻ろうと伝えるまで延々と続いたのだった。
「ふぅ、えらい目に遭いました」
「うん、でも最近慣れてきた気がする」
「私は慣れないよ」
慣れのせいか、説教の時間が以前よりも短かったせいか比較的短時間で意識を取り戻した3人はノーフ達から離れた畑へと移動していた。場所的には舞の畑を挟んでホタルの畑の反対側である。ノーフ達からは100メートル以上離れた場所だ。
「とりあえず私はこの畑の世話をすればいいのね」
「はい。ダンジョンは眷属が繁栄するような行動をするとポイントがもらえるので大豆を育てるんです。ほらっ、私豆腐ですし」
「へぇー、ダンジョンってそう言う仕組みなんだね。でもポイントって何?」
ダンジョンについて軽く話しながら3人で一緒に畑へダイズ23号を植えていく。舞とホタルから聞くダンジョンの話は絵麻にとって新鮮な話だった。実際ダンジョンについてはほとんどわかっていないのが現状だ。なぜ人と対立するのか、中がどうなっているのか、そしてその目的さえも。2人は何気なく話しているが内心絵麻はこれって確実に報告書に書かないといけないことだよねと聞いたことを忘れないようにするのに忙しかった。しかし……
「舞ちゃん、ホタルちゃん。もう無理、腰が限界」
中腰で延々と大豆の種を植えていた絵麻の体が頭よりも先に悲鳴を上げた。
「貧弱ですね、絵麻」
「あぁ、そっか。人間って疲れるんですよね。忘れてました」
そう言いながら手を止めた2人を見ながら絵麻が立ち上がりぐぐぐっと腰を伸ばす。バキバキっと固まっていた骨が音を鳴らし思わず絵麻から声が漏れる。
「うあぁー」
「絵麻、お婆さんみたいですよ」
「こらっ、ホタル。しっ!」
不用意な発言に舞がホタルを叱る。しかし絵麻自身も今の行動はお婆さんっぽいなと思っていたので特に気にはしていなかった。
絵麻が背伸びした姿勢のまま辺りを見回す。広大な畑の中で1区画だけ用意された自分専用の畑。それは絵麻が舞やホタルたちに受け入れてもらったような証のように感じていた。この畑を世話することが今後の私の仕事になるんだろうなと何となく未来を予想しながら絵麻が笑みをこぼす。
ダンジョンに入ると聞いた時はどんなことになるのかと思った絵麻だったが、こうして舞やホタルと話しながらゆったりと畑の世話をするのも良いのかもしれないと今では考えていた。
そうしてふと隣の舞の畑を見た絵麻がそれに気付いた。
「あれっ、舞ちゃんの畑から芽が出てる」
「あっ、本当ですね。昨日種をまいたばっかりなんですけど」
絵麻の言葉に自分の畑を見た舞が小さな芽を出し始めている自分の畑を見ながら嬉しそうにプルプルと体を揺らした。ホタルも少し浮かび上がって自分の畑を確認し、同じように芽を出していることを知って少しだけ表情を緩める。
「ダンジョンでは植物等の育ちが良くなりますからそのせいでしょう」
「へー、そうなんだ。ダンジョンってすごいね」
のんきにそんな話をし始めた2人をよそに絵麻は冷や汗を流し始めていた。視線の先にある大豆の芽は目に見えるほどのスピードで少しずつだが着実にその葉の数と背を伸ばしていた。のんびり土いじり、そんな未来など来るはずがないと主張するかのように。
「おい、お前ら自分の畑に水やりをしろ。ダイズ23号はそっち方面は強くしてないからな。あと背丈が30センチくらいになったら摘心するから呼べ。やり方を教える」
「「はーい」」
やって来たノーフに返事をして舞とホタルが自分たちの畑へと向かって行った。そしてノーフも佐藤との話し合いへと戻って行く。1人取り残された絵麻はその場で立ち尽くしていた。
「もしかしてこれはまずい状況なんじゃ……」
ガラガラと未来予測が崩れる音を聞きながら呟いたそんな絵麻の言葉に応える者は誰もいなかった。
Q ダンジョンでのんびりスローライフは出来ますか?
A 寝言は寝てから言うことをおすすめします。
……ですよねー。
あっ、昨日ジャンル別日刊20位になっていました。ありがとうございます。12(とうふ)位目指して更新頑張ります。




