第2話:生まれ変わり?
熱い。全身を熱湯に浸けられているような熱に舞が意識を取り戻す。周りは真っ暗で一筋の光さえ見えなかった。体も全く動かない、と言うよりは感覚さえ無かった。
混乱する頭を何とか使って目覚める前の記憶を必死に思い出す。確か変な穴に落ちてカマキリのお化けみたいな生き物に攻撃されてそれから……そこまで考えた舞の視界が急に明るくなりそこにはいつもの衛星帽をかぶった父親の姿があった。
(お父さん!?)
声を出そうとしてそれが全くできないことに舞が気付き動揺する。しかし父親はそんな舞のことを構いもせず抱き上げると舞に直接かからないように自分の手で一度クッションを置きながら水をかけ始めた。
(うわっ、なにするの? あっ、でも気持ちいいかも)
熱さが和らぎ、ぬるま湯をたゆたっているような心地よさに舞の思考が落ち着き始める。下から見上げる父親の姿は少しやつれているように見えた。
(心配だな)
そんなことを考えながらしばらく見上げていると父親が取り出した道具に舞は嫌な予感を覚えた。長方形の枠で父親が持っている一辺のみが太くなっているそれは舞が毎日手伝いをしている時に見ていた道具の1つであった。
(まさか……)
父親が舞の体に添わせるようにしてその道具を滑らしていく。壁と言うよりは型にくっついていた舞の体がそこから離れる。父親が道具を取りにそこから離れる姿を見ながら舞は混乱の極致に陥っていた。
父親が使った道具。それは絹ごし豆腐を固めた型から外すための道具だった。そして戻ってきた父親が持ってきた道具を見て舞が青ざめる。等間隔に板状のものがついたそれは舞をというより豆腐を1丁分の大きさにカットするための道具だった。
(私、豆腐になってる! えっ、何で? 待って待って。私だよ、舞だよ!)
そんな舞の言葉など聞こえるはずもなく無情にも舞の体(豆腐)へとその道具が振り下ろされようとしたその時、弱い地震が起きた。
「むっ?」
父親のそんな声が聞こえたと思った同時に舞の体が容器ごと斜めに滑り床へと落下した。衝撃が来るかと思った舞だったがそんなことはなく、周囲の光景もいつもの調理場から真っ白な空間へと変わっていた。
『再構成の成功を確認。疑似空間への移動を確認』
「えっ?」
舞の目の前には何もいなかった。ただ白い空間だけが広がりそしてどこから聞こえてくるのかわからない声が響いてくる。舞自身、自分が声を発することが出来ていることにも気づいていない。
『高レベルの知能を確認。知能ギフト破棄。映像再生します』
その言葉と共に舞の目の前に映画のスクリーンのようなものが現れそこに光の玉が映し出された。ふよふよと漂っていたそれは突然まばゆいばかりの光を放ち、思わず目を閉じた舞が再び目を開けたときにはそこには高学年の小学生くらいの少年が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「やあ、僕は神様だ。突然のことでびっくりしていると思うけど君たちに知恵を授けさせてもらった。僕の話が理解できるだろう?」
そう言った少年、神に舞がうなずく。それをまるで見ていたかのように満足そうに神はうなずくといたずらをしようとしている少年のような笑みを浮かべた。
「君たちにしてほしいことは自分の眷属を栄えさせることだ。今のこの星は人間だけが繁栄してしまってつまらないからね。ただ普通に知恵がある程度じゃあ無理だ。だから君たちには少し特別な力を与えておくよ。それをうまく使ってくれたまえ。人間と敵対するも共生するも君たちの自由だ。詳しくは使い魔を選んでそいつに聞いてくれれば良い。じゃあ君たちの奮闘を期待しているよ」
パシュンと昔のテレビを消すような音を立てて映像が消える。突然の神との邂逅、そして思ってもいなかった事態に舞の頭は熱を放ちそうなほどに混乱をきたしていた。
神様? 特別な力? 人間との敵対と共生? 使い魔?
色々な疑問がぐるぐると頭を回る中で舞にとって最も大きな疑問だったのは……
「えっと、豆腐の眷属って何?」
その疑問に答える者はここにはいなかった。
異常な事態であっても時がたてばある程度落ち着くもので舞も少しずつではあるが冷静な思考を取り戻してきていた。とは言っても疑問は全く解消されてはいないのだが。
舞が周囲を見渡す。何もない真っ白な空間だ。そして体を曲げて自分を見下ろす。一点の曇りも不純物もない真っ白な絹ごし豆腐ボディだ。
「やっぱりお父さんは違うなー。私が作るとたまに失敗しちゃうんだよね」
プルプルとした弾力、そして滑らかで光沢を放つ絹ごし豆腐ボディに舞が妙な感心をする。昔、舞が手作りで絹ごし豆腐を作ったときはにがりの量を見誤ってしまいこんな風にはならなかった。最近でも満足のいくものが毎回出来るわけではない。
気候や湿度、豆乳やにがりの質など毎回違う条件なのにいつも最高の絹ごし豆腐を作ることの出来る父親は舞のあこがれだった。
『対象の精神状態の安定を確認。状況説明、使い魔の選択フェイズへと移行します』
「うわっ、なになに!?」
いきなり舞の目の前に半透明のディスプレイが現れる。その画面の上部には(状況説明、使い魔選択)と表示されていた。その下に同じ言葉が縦に並んでおり、早く触れと言わんばかりに明滅を繰り返している。
『選択肢を選んでください』
「えっと腕が無いしほとんど動けないので触れないんだけど」
『……』
気まずい沈黙がその場を支配する。舞の絹ごし豆腐ボディから汗なのかそれともただの水なのかわからないが液体が流れ落ちる。
「もしかして詰んだとか?」
『……。知能ギフト破棄の代償として魔法の手、変身ギフトを申請。魔法の手、許可。変身、一部許可。魔法の手による操作が可能です。選択肢を選んでください』
「えっと、どうもありがとうございます」
良くわかっていないが困っている舞のためにこの声の主が何かをしてくれたらしいと理解し舞が感謝を述べる。それに対してその声の主が反応することはなかったが舞は気にせず先ほど聞いた魔法の手について考え始めた。
「魔法の手、魔法の手ね。透明な手があるって考えればいいのかな? えいっ!」
透明な手と考えて舞が最初に思いついたのは豆腐を作るときにいつもしている食品用の透明な手袋だった。それが自由自在に動くイメージを思い浮かべ、そして声を出して気合を入れてみた。
次の瞬間、舞の目の前にイメージした通りの食品用の透明な2つの手袋が意思を持っているかのようにふわふわと浮かんだ。
「うわわわわ。本当に出来ちゃった。うわぁ、これが魔法の手かぁ」
魔法の手は舞の思う通りに自由自在に宙を動いていく。重力などは全く関係無いようだ。だんだんと面白くなってきた舞が2つの手袋をダンスさせるように動かしたり、狐を作って小芝居をしてみたりと楽しみ始める。
『選択肢を選んでください』
「うわわわ、ごめんなさい」
そのことをすっかり忘れていた舞は声に含まれた怒りを敏感に察知し平謝りした。そしてすぐに状況説明の選択肢を魔法の手で選択する。
『状況説明が選択されました。質問をお願いします。ただし今後の目的、付与された力などの説明は使い魔がしますのでご注意ください』
「そこが聞きたいところなんだけど……」
『……』
声の主が答えてくれる気がないと理解した舞はふぅっとため息を吐き、そして気持ちを切り替えた。
「えっとさっきの男の子って神様って言っていたけど本当なの?」
『本当です』
「神様ってあの神様?」
『神は神です』
「それじゃああなたは?」
『あなたたちを導くように神に作られた存在です。あなたの記憶からですと天使と言う名称がふさわしいと考えます』
「はぁ、天使さんでしたか」
舞のイメージでは天使はふわふわな翼を持ち、頭に光る輪をつけてラッパを吹くような存在のはずなので、この声の主とはイメージが合わないのになぁと思っていた。むしろどちらかと言えばキャリアウーマンのお姉さんっぽいなと舞は考えていた。
『何か?』
「いえいえ、何でもありません」
その短い言葉に含まれた天使の怒気を敏感に察知した舞は慌てて魔法の手をぶんぶんと横に振って答える。そして変なことを考えるのはやめておこうと決意した。
『他に質問はありませんか?』
「他の質問かぁ……」
舞が迷う。舞が聞いてみたいと思っていることのほとんどは使い魔と言う存在に聞く内容だったからだ。しばらく何かないか考え、そして舞が魔法の手をポンと叩く。
「そうだ。なんで私は豆腐なんでしょうか?」
『豆腐だからです』
「いえ、それはそうなんですが私は元々人間でしたよね。何で豆腐に生まれ変わってるのかなと思って」
『あなたの願いを叶えたと神は言っています』
「私の願い……」
天使の言葉に舞が体をひねる。豆腐をうまく作りたいとは願ったことはあっても豆腐になりたいなんて言うお願いを神にした覚えはなかった。と言うよりそんな願いをするような奇天烈な思考回路をしている訳がなかった。多少家族や豆腐に関する思い入れは強いものの舞は常識人だったからだ。
「覚えがないんですけど」
『あなたがダンジョンで亡くなる直前の願いです。思い出せませんか?』
「うーん」
思い出すのは異形の生き物への恐怖。そしてだんだんと動かなくなっていく自分の体。死の実感。そして……
「あー!!」
『思い出されたようで幸いです』
司が読んでいるファンタジーのように生まれ変われるのならばまたお父さんと司と一緒にいたいなと舞は確かに願っていた。
「でもこれは違うと思う」
『……心中お察しします』
天使の声が少しだけ優しく聞こえた舞はちょっと悲しくなりその表面から透明な液体を流すのだった。
さっそくブクマいただきました。ありがとうございます。
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