第16話:マイ畑
豆腐ダンジョンが出来て7日が経過した。
舞とホタルの目の前には2ヘクタールの畑に少し横広の畝が作られていた。機械で測ったかのように均等な幅で作られたそれは作り手のこだわりを表しているようだった。そんな畑を見る2人の隣にはノーフが鍬を持ちながら少し誇らしげに立っている。
「ここがお前たちの畑だ」
「「おぉー」」
「通路もおおよそ形になってきたしな。大豆作りの基礎から教えていく」
舞とホタルがパチパチと拍手を贈るとノーフが満更でもなさそうに表情を緩めた。そしてどこからか大豆を入れた袋を取り出しそれを舞とホタルの2人へと渡した。
「この畝は2列種が蒔けるように作ってある。まず30センチの幅の正方形になるようにその角に人差し指の第一関節……じゃなくて2から3センチの穴を開ける」
言葉の途中でホタルを見たノーフが言い換えながら実際に4つの穴を開けた。それを舞とホタルがふんふんと興味深そうに覗き込んでいる。
「穴に入れるのは1か所につき3粒だ。入れたら上から土を被せる。上からパンパン叩いたりして土を固めるなよ」
「先生、水はやらなくて良いのですか?」
「誰が先生だ! 水はやらんでも良い。ここの土は適度に水分を含んでいるからな。あまり水分が多いと種が腐る」
「「えぇー」」
「不満げに言うな。手間が減ったのになんで残念そうなんだ」
さっさとやれというノーフの指示のもと舞とホタルが不満をあらわにしたまま種まきを始める。2人の共通のイメージとして畑に水をまくというのはあってしかるべき姿だったのだ。とは言え一度種まきを始めてしまえばその作業に集中して不満を忘れてしまう程度の不満ではあるのだが。
2人がせっせと穴を作っては種を入れていく。その作業をノーフがじっと見守っていた。
「違う、そこの幅が狭すぎる」
「なぜそんなにグネグネと曲がっているのだ」
「3粒だと言っただろうが。なぜ4粒入れた?」
「穴の深さが浅すぎる」
見守っているのだが事あるごとに注意が飛ぶので舞とホタルに少しずつではあるが着実にフラストレーションが溜まっていく。ノーフが指摘している内容は確かに正しい。しかし舞とホタルも注意しているし、普通に見れば誤差と言えるようなものなのだ。
しばらくは我慢していた2人だったが1列終えたところで顔を見合わせそしてうなずいた。
「ノーフ、やってきた嫁をいびる姑のようですよ」
「誰が姑だ!」
「自分では気づいていないかもしれないけれど私もそんな感じに思ったよ。小さなミスも見逃さないって感じ」
「な、なんだと……」
2人の言葉にノーフが驚愕する。ノーフとしては当たり前のことをただ普通に指摘していたつもりだったのだ。800年に及ぶ農夫としての歴史が彼の農業に対する基準をはるか彼方にまで押し上げていた弊害である。それは徐々に進行していたためノーフ自身も気づいていなかったが、800年の間に身も心も農夫として染め上げられてしまっていたのだ。そして2人に指摘されそのことに気づいた。
愕然としたまま立ち尽くして動きを止めてしまったノーフを置き去りにして舞とホタルは楽しそうに種まきを再開するのだった。
2人が種まきを終える程度の時間が過ぎてもノーフは立ち尽くしていた。さすがに心配になった2人がノーフの元へとやってくる。ノーフは重い空気をまといながらぶつぶつと何かを呟いていた。
「ノーフ、終わりました」
「えっとごめんね。姑発言がショックだったなら謝るよ。ノーフも私たちのことを思って言ってくれたんだし」
「……」
「んっ、何?」
舞とホタルがノーフの言葉を聞き取るためにさらに近寄る。そして次第にノーフが何を言っているのか聞き取れるようになった。
「神の野郎、絶対ぶっとばす。引きずり回して畑の肥料にして……」
「そんなものが肥料として入った作物を食べたくありません」
「いや、神様をそんなもの扱いはさすがにだめじゃない?」
暗黒面をさらけ出しているノーフとホタルを舞は見守ることしかできなかった。2人の怨念が畑に変な肥料として混ざらなければいいなあなどと考えながら。
2人で同調したことが良かったのかしばらくしてノーフとホタルが現実へと戻ってきた。この後のこともあるので内心少しだけ不安に思っていた舞も一安心だ。
「後はしばらく待ちだな。ダンジョン内だから鳥や虫の被害を考えなくて良いし楽なものだ。あれらは天敵だからな」
「そうですね」
「そうなんだ。あれっ、でもノーフって神の畑で農業していたんだよね。そこにも鳥とか虫とかがいるんだ。てっきりいないものだとばかり……」
舞の言葉にノーフが思い出すのも嫌といった感じで苦々しく表情を歪ませた。そして心を落ち着けるように一度大きく息を吐く。
「奴が気まぐれに邪魔をしてくるんだよ。鳥の大群だったり虫だったりな。収穫間際に嵐が来た時は殺してやろうかと思ったぞ」
「なんというか神様って……」
「はい、別れた身で省みるとしょうもない奴ですね。別にノーフへの罰というわけではなく何となく面白そうだからやったようですし」
「おい、ちょっと待て。それは初耳だぞ」
そうなんですか? と小首をかしげるホタルの姿にノーフが再び暗黒面へと引き込まれそうになっているのを舞が慌てて止める。
「まあまあ、神様のことはとりあえず置いておこう。今日は午後から人が来るんでしょ」
「ええ。午後の1時にこちらへとやってくるとのことです」
「いよいよだな」
3人が出入り口を見上げる。そこで監視している人の姿が見え、いきなり視線が集中したためか驚いた顔をしていた。とは言え監視の業務を怠るわけにもいかず目をたまにキョロキョロとさせながら3人の監視を続けていた。
今回の交渉には3人全員で望むつもりだった。ホタルが前回話した限りこちらを積極的に害しようとする意図は見えなかったし、監視され続けているため既に3人の存在もバレてしまっている。むしろ3人で出なかった時にどう思われるかを考えてのことだ。
「契約などの返事は俺がする。一応これでも悪魔だからな。そういった手合いは任せておけ」
「……頼むね」
「ああ」
「ノーフ、自分で一応と付けるのはどうかと……」
「ええっと!あの、そうだ!」
舞がホタルの言葉を慌てて遮る。舞自身、ノーフの一応悪魔発言には気づいていた。しかし指摘すると面倒なことになりそうな雰囲気だったのであえてスルーしたのだ。それを的確に拾ってくるホタルのフォロー力によって台無しになるところだったが。
「どうしましたか、舞?」
特に何の考えも浮かんでいなかった舞にはこてんと首をかしげながら聞いてくるホタルの方がノーフよりよほど悪魔に見えていた。舞が必死で頭を回転させなんとか話題をひねり出す。
「よしっ、料理を作ろう」
「はぁ!?」
「良い考えです、舞」
咄嗟に思いついたにしては中々な考えだと舞は思っていた。前回来た時もホタルが豆腐を食べさせていたのだからおもてなしとして料理を出すのはなんら不自然ではない。契約とか難しいことは舞にはよくわからなかったが美味しい料理を食べれば少しは雰囲気が和むのではないかと思ったのだ。
「同じ釜の飯を食べるって言うじゃない」
「ここには豆腐しかありませんよ、舞」
「いや、例えだろ。そのくらいわかってやれよ」
時刻はまだ10時半すぎ。料理を作るのには十分な時間だ。何を作ろうかと考えながら舞はノリノリのホタルと若干半眼でジトっとした目をしたノーフと一緒に調理道具の置いてある2階層へと向かうのだった。
舞のマイ畑。蛇足……