第15話:豆腐ダンジョンの食事
1日の仕事も終え夕食時、3人は2階層へと移動し壁の豆腐を食べていた。舞は2階層の拡張の意味も込めての夕食である。ノーフによって目の前に運ばれる壁豆腐を口に入れるだけの作業だ。
舞は豆腐が嫌いではない。むしろ好きだ。しかし単品で美味しいとは言えない出来のしかも調理されていない壁豆腐を食べ続けるのには辟易としていた。お腹が減らないので食べなくても良いのだが、何か事情がなければ食事はみんなで食べるものと言う舞の信条と階層の拡張は必要という事情がマッチして食べることになっていたのだ。
「うーん、調理道具が欲しいな」
「どうしたんですか、舞?」
「んっ。さすがにずっとただの豆腐を食べ続けるのも飽きるなって思って」
「確かにな」
ノーフが渋い顔をしながらうなずく。実際ダンジョンを作ってから既に3日経っているがその間に舞たちが食べたのは壁豆腐、床豆腐、天井豆腐、そして落ちてきたぬか床に漬けられていたきゅうりだけである。ぬか床に入っていたのはきゅうりだけだったのでこれ以上の食材はここにはない。ぬか床だけは腐らせないように舞が毎日手入れをしているがさすがにぬかを食べるわけにもいかなかった。
その一方でホタルはといえばもぐもぐと壁から取り出した豆腐を口に運びながら首をこてんと倒していた。
「塩、砂糖、醤油、味噌とかの調味料はあるんだから最低限の調理器具とお皿さえあれば料理できるんだけど」
「料理すると美味しいのですか? このままでも美味しいと思いますが」
「お前、本気か?」
「なんのことですか?」
ホタルの言葉にノーフが驚きをあらわにする。しかしホタルにはその意味がわかっていなかった。生まれたばかりとも言えるホタルにとって食べるということ自体が珍しく、それを飽きるということがなかったからだ。むしろなんでノーフは食べるのが嫌なのかと疑問に思っているくらいだ。
「豆腐は料理するとまた違った味わいになって美味しいんだよ。元々の味が主張しすぎない柔らかい味だからどんな料理にも合うし」
「そうなのですか。ではさっそく調理道具を持ってきましょう」
「おい、ちょっと待て!」
いきなり飛び立とうとしたホタルの翼をノーフが何とか掴んで止めた。邪魔されたホタルが冷たい視線をノーフへと向ける。ホタル自身が無表情であるためその効果は抜群だ。とは言えノーフもその程度で怯むほどやわな神経をしている訳ではない。じと目でホタルを見返していた。
「お前、何するつもりだった?」
「外に取りに行くつもりですが、何か?」
「何か? じゃないだろ。出入り口は俺たちを24時間監視しているんだぞ。勝手にダンジョンから出て行って捕まったらどうするつもりだ?」
その言葉にホタルの羽がしゅんとする。出入り口からずっと監視されているということは全員が知っていた。とは言え監視されているだけで武器を向けられたりということは全くないため仕方がないことだと諦めて畑と通路作りをしていたのだ。
しかし攻撃されないのはこちらがあちらに対してそういった意思を全く見せていないからだけであり、もし不用意に近づけば何が起こるかは誰にもわからなかった。
「仕方ないよ。あと4日後にもう一度話し合いがあるんでしょ。その時にお願いしてみよう」
「そうですね……」
少々落ち込んだ様子だが調理道具を手に入れられる可能性を示されたホタルが食事を再開する。その様子を舞とノーフがホッとした様子で見ていた。そしてそのことにお互いが気づいた。
「ノーフって優しいよね」
「なっ、何を言っている。俺は悪魔だぞ。神への反逆者としてあちらの世界では……」
「舞、こういうのをツンデレと言うのですね」
「ああー、確かにそうだね。ノーフはツンデレ悪魔だね」
「何だ、そのツンデレとは? 意味はわからんが背中がぞわぞわする。やめろ」
「でもツンデレって言うよりは……」
ノーフの反論の言葉をことごとくスルーしながら舞とホタルが盛り上がっていく。それでも何度も抵抗を試みたノーフだったが、一向に相手にされないため仕方なく壁の豆腐を食べることにした。
そしてノーフは決意する。こんな状況に追い込んだ神を絶対に殴ってやろうと。
しばらくしてノーフの属性談義を終わらせた舞とホタルが再び食事へと戻ってくる。自分のことについてあーだこーだ言われ続けたノーフは既に食事を終えてここから逃げてしまっていた。
「しかし豆腐の味を変えるとは料理とは素晴らしいものなのですね」
「このままの豆腐に調味料をかけても味は変わるんだけどね。あっ、そうだ」
何かを思いついた舞が壁へと向かう。突然の舞の行動にホタルは少し驚きながら何をするのかとじっと見ていた。舞は豆腐の壁をくり抜くとそれを地面へと置いて何かをしはじめ、何度か失敗を繰り返しやっとのことで完成したそれをホタルの前へと持ってきた。
凹型に形を整えられた豆腐がでんっと置かれる。
「これはなんですか?」
「えっとね、豆腐の皿だよ。この上なら調味料を垂らしても問題ないかなって」
言うが早いか豆腐の皿の上に一掴みの床豆腐を入れ、そして部屋の隅に置かれている床下収納のボックスから舞が醤油を取り出してそこに少しかける。醤油が豆腐の持つ水分によって色を薄めながら広がっていった。
「食べてみて。あっ皿は食べちゃダメだよ」
「わかりました」
ホタルが躊躇なくそれを口に運ぶ。そしてもごもごと口を上下に動かした。ホタルの表情は変わらない。そんなホタルを舞はじっと眺めていた。
そしてホタルがごくりと豆腐を飲み込み、少しの沈黙が訪れる。舞も思わず唾を飲み込んだ。そしてホタルの口が開かれる。
「美味でした」
「良かったー。じゃあしばらくはこれで我慢してね。調理道具がもらえたらもっと美味しい料理を作るから」
「わかりました。しかし舞?」
「何?」
ホッと胸を撫で下ろしている舞にホタルがたまに豆腐を口に運びながら声をかける。舞が不思議そうにホタルを見返した。
「床も豆腐なのですからそもそもこの皿は必要ないのでは?」
「うっ」
「それに……」
「まだ何かあるの?」
「確か罠の中に皿が落ちてくる罠があったと思うのですが」
「えっ、うそ!」
慌てて舞がダンジョンコアを操作して罠の画面を探し始める。そしてしばらくしてホタルのいう項目を見つけた。『落下罠』というものだ。
舞はてっきり落とし穴のようなものかと思っていたのだが詳細を見ていくとそれが天井から物が落ちてくる罠だと判明したのだ。そしてその落下物の種類がとてつもなく多い。黒板消しといった小さなものから車などの大きなものまで多種多様だ。その中の項目に確かに皿と言う項目があった。そしてフライパンやお玉といった調理器具も。
「ポイントはなんとか足りるね」
料理に必要なものを探して計算していた舞の言葉にホタルが目を輝かせる。
「では……」
「あっ、やっぱりだめ。コンロが無かったよ」
豆腐料理のレパートリーの多い舞と言えど、豆腐以外には調味料しか無い状況で火も無しに作ることができる料理は限られていた。むしろその程度の料理ならば現状でも作れないことはないのだ。
期待が大きかっただけにホタルがどよーんとした重い空気をまとい始めた。その様子に舞は申し訳なく思いながら考えを巡らせる。
「コンロじゃなくても火があればいいんだけどな」
「……火ですか」
「えっ?」
独り言のつもりで話した言葉にホタルが反応したことに舞が驚く。そしてホタルを見ると先程までとは打って変わって目の輝きが戻っていた。
「舞、私に心当たりがあります」
心当たりがあるというホタルに火に関しては任せ、舞は罠を設置してはそれを踏んで落ちてきた皿や調理器具を確保していた。舞が買うことの出来る落下罠は1度限りの使い捨てであるため多少面倒ではあったが着々と用意が進んでいく。
そして舞の準備が全て完了するとほぼ同時にホタルがノーフと一緒に戻ってきた。しかしその手にはコンロどころか火が起こせそうなものさえ持っていなかった。それを見て舞が体を傾げる。
「あれっ、やっぱり無かった?」
そう聞いた舞に対してホタルかフルフルと首を横に振った。そしてノーフの背を叩いて真っ直ぐに舞を見る。
「舞、コンロです」
「誰がコンロだ!」
「あぁー、確かに」
「お前も納得すんな!」
ツッコミも虚しく、料理された豆腐を食べたいというホタルに押し切られる形で結局ノーフはコンロ代わりをすることになった。しかも調理中の火力について舞に細かく指示されながら。
「なぜ俺がこんなことせねばならんのだ」
「美味しいです、舞。ノーフ、いらないのであれば私がもらいますが」
「誰もいらんとは言ってないだろうが!」
騒がしくも美味しそうに豆腐田楽を頬張る2人を見ながら舞もパクリと頬張って笑うのだった。
ツンデレコンロ悪魔爆誕。しかも農夫。