第14話:新しい仲間(ペット)
「以上が東風豆腐店に現れた新しいダンジョンの概要になります」
「結構。今聞いてもらった通りわが国で初めてダンジョン内の存在とコンタクトが可能なダンジョンが現れた訳だ。話の通りであれば人間との共生を目指すEランクダンジョンと言えるが各々の意見を聞きたい」
首相の言葉に集まった閣僚が意見を述べていく。その多くは友好的なダンジョンということに懐疑的な物が多かった。今までどれだけの国民がダンジョンの被害に遭っているかを考えれば当然のことであったし、もし友好的なダンジョンと判断して発表してのちに誤りであったことが判明した場合政権にとって致命的なダメージであるだけでなく、その判断をした自身の政治生命にも直結するほどの失策になるからだ。
お茶を濁す同じような意見ばかりを言う閣僚の姿に首相はため息を漏らす。色々と修飾語をつけて話してはいるが、結局のところ今は様子見をして判断を後回しにすると言うものだったからだ。
「もし本当に友好的であればギフトを得られます。確か共生を目指す他の2か所のダンジョンでは共生を認める対価としてギフトの定期的な提供をすると言う契約を締結しているそうです。その前例を示し、契約を持ちかけてはどうでしょうか?」
初めて出た建設的な意見に首相が満足げにうなずく。意見を出したのはダンジョンが現れ始めて防衛省の直属組織として作られた特殊空間及び生物対策局、通称ダンジョン局のトップである局長の本間 雄一郎だった。彼は閣僚ではないがダンジョン関係の責任者として特別にこの会議に出席していた。
「可能かね?」
「はい。突入した局員の報告書を読む限り意思の疎通は可能です。若干常識が違う面が垣間見えますが許容範囲内だと考えます」
「しかし悪魔がいると言う第一発見者の証言もあるのだぞ。もしそれが悪魔の計略によるものだったとしたらどうするのだ!?」
閣僚の1人から反対意見が飛び出し、その尻馬に乗るように同じような意見が次々と投げかけられる。しかし本間はそれらの意見には一切動揺せず、自分をじっと見ている首相を見返していた。
意見が出尽くしたのを確認し、本間が再び口を開く。
「皆さんの意見は尤もです。しかし現状としては判断のしようがありません。ならばなおのこと将来に備えるためにもギフトを得る契約をすべきです。様子見して何も得られないまま裏切られると言うよりはましでしょう」
「君の意見はわかった。現状として放置するわけにもいかんが、拙速に動いて事態を悪くするわけにもいかん。しばらく監視を続けその間に契約に関する調査、そして契約書を作成。これを基本方針とする。期限は1週間だ」
「しかし、首相……」
「このことに関する責任は私が持つ。世界は変わったのだ。今までのようにだらだらと決断を伸ばすべきではない。この契約に国の未来がかかっているかもしれん」
首相の見せた決意に閣僚たちも沈黙し、そして同意を示した。そして三々五々部屋を出ていき、最後に首相と官房長官、そして本間だけが残された。
「本間君、君はこの決断がこの国を救うと思うかね?」
「わかりません。しかしベストではなくともベターな選択だとは思います。現状では国内は何とか抑えていますが一度崩れてしまえばそれを立て直すのは難しいでしょう。ギフト持ちは我々の局の中でも数人しかおりません。その数を増やすのはそういった場合の備えとして有効です」
「わかった。引き続き監視を頼む。何か異変があればすぐに報告をしてくれ」
「はい」
その言葉を最後に本間もその部屋を辞去した。官房長官と2人になった首相は疲れた顔で大きなため息を吐きながら天井を見上げる。
「ステータス」
首相の目の前に半透明なディスプレイが表示された。
「世界はダンジョンの登場と共に変わったのだ。従来通りのやり方では間に合わん。そのダンジョンが国を救う希望となれば良いのだがな」
「そうですね」
これから忙しくなりそうだと首相と官房長官は、今後とこの国の未来に思いを馳せるのだった。
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「おいで、コロン、ゴロン」
舞の後を転がる石(追跡)が大人しい犬のようについていく。ここ最近の舞の仕事であり日課ともいえる通路づくりの散歩だ。
転がる石(追跡)の罠が危険性のない物だとわかったときはそれなりの落ち込んだ舞だったが、いつもの豆腐メンタルの言葉を呟いてそれなりに短時間で元気を取り戻していた。
そして改めて転がる石(追跡)を見た。そして考える。
少々大きくはあるが自分に対して危害を加えるわけではない。自分の後にずっとついてくるし、待ても出来る。これはもはやペットと呼んでも良いのではないか。
「ノーフ、ホタル。この子たちに名前を付けようと思うんだけどいい案ある?」
「いきなりこの子たち呼ばわりだと? お前の中で何があったんだ?」
「スヴェトラーナ、ノフェスティーラではどうでしょうか?」
「お前もなにナチュラルに答えている! そしてこれのどこにその要素があるんだ!?」
ノーフの突っ込みを受けつつ舞とホタルが名前を出し合っていくが、決定打に欠けていた。舞が純日本的な名前を付けようとするのに対してホタルはいかにも外国人といった名前を押していたため意見が合わなかったとも言う。
そんな2人の様子をノーフがいらいらしながら見ていたのだが1時間ほどしても決まるそぶりも見せないのでついに堪忍袋の緒が切れた。
「いつまでやっているつもりだ。もうゴロンとかコロンとかでいいだろうが!」
「「ゴロン、コロン」」
ノーフの言葉に2人が顔を見合わせる。そしてコクリとうなずいた。
「良い名前だね。じゃあ君がコロンで君がゴロンね」
「ネーミングセンスの無いことに定評のあるノーフにしては良い名です。その才能を自分のあだ名にも生かすべきでしたね」
「俺のあだ名はあいつが勝手に……もう良い。勝手にしろ。俺は寝る」
ノーフがふて寝した後、舞とホタルによってどちらの方がよりコロン、ゴロンと言う名にふさわしいかで一悶着あったのだが幸いにもそれをノーフが知ることはなかった。
舞の後をコロンとゴロンが転がりながらついていく。その様子を時々眺めながら舞はご機嫌だった。舞はずっとペットを飼いたかったのだ。しかし商店街の一角にある舞の家では犬などのペットを飼うようなスペースはなかったし、豆腐店と言う食品を扱う店である以上衛生的にも生き物を飼う事ははばかられた。たまに友人の家で触らせてもらう犬や猫たちが舞の癒しだったのだ。
「ちょっと走ろっか?」
鳴き声はないが、舞が速度を上げると転がる石たちも同じく速度を上げる。転がる石は基本的に球状なのだが全く同じという訳ではない。コロンが滑らかな球であるのに比べ、ゴロンは少し角ばったところがあった。とは言えその違いもノーフに言わせれば「良くわからんと言うか興味がない」と言う程度の違いだが。
舞のイメージでは今の舞たちは海岸線を走りながら戯れるご主人様とペットの犬だ。まあ実際は作りかけの大豆畑の真ん中で豆腐が大きな石2つに追いかけられているというシュールな光景なわけだが舞自身には見えないので関係ない。
「舞、散歩お疲れ様です」
「ホタルもお疲れさま。こんにちは、コロリン」
途中でホタルに遭遇した舞が新規購入した転がる石(追跡)を連れたホタルと挨拶を交わす。1か所が少し凹んでいることが特徴のコロリンもしっかりと待てが出来ていた。
ポイントで新たな大豆を買おうとするノーフを説得し、ホタルが余計に豆腐を食べて増やしたポイントでコロリンは購入されたのでコロリンはホタルのペットということになっていた。その方が懐くだろうしと舞も納得している。
「じゃあお仕事頑張ろう」
「はい」
しばし歓談した舞とホタルが再び散歩へと戻っていく。畑を耕していたノーフはそんな2人の様子を横目で見ながら、やはりこの世界の常識は俺には理解出来んかもしれんと頭を悩ませていた。
ペットが仲間になりました。従順でなにより強い。大人気間違いなしです。