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第13話:通路の作成

 舞は巨大な手から逃げ回っていた。先ほどから執拗に舞を追ってくるそれに捕まれば舞などどうなってしまうか明らかだった。だから舞は必死で逃げ続けた。しかしいつまでたっても彼我の距離は離れず、それどころか少しずつではあるがその距離が縮まっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、あっ!」


 後ろを振り返ったのが悪かったのか舞がつまづいて転んでしまう。一度止まってしまった舞は再び立ち上がることが出来なかった。その巨大な手に掴まれ舞の体が浮かんでいく。


「うっ、ううっ。離して、離して!」


 舞がプランプランと精一杯体を動かすが手の力は強くびくともしない。そのままなすすべもなく舞は宙を移動し、そして舞の眼下に星形の緑の物体と魚の姿が見えた。そして舞の目の前に巨大なもう1つの手が現れる。舞が恐怖に顔を歪ませた。


「やめてー!!」


 舞の悲鳴も意味はなく、その指が舞の体を貫いた。そして舞の体がぐちゃぐちゃに蹂躙されていく。もはや舞に声を上げることはできずただ自分が崩れていくさまを見続けるしか出来なかった。





「はっ!」


 舞が辺りを見回す。ノーフとホタルが心配そうに舞を覗き込んでいた。慌てて自分の体を見た舞だったがそこには依然と変わらぬ真っ白な豆腐ボディがあるだけだった。


「大丈夫ですか、舞? うなされていたようですが」

「あっ、うん。ちょっと夢見が悪くて。手で掴まれてお腹とかをぐしゃぐしゃにされて崩し豆腐として料理されちゃうところだったから。あれっ、何で私寝てたの? 確かホタルの様子をノーフと一緒に見ていたような……」

「気にするな。一応交渉はうまくいったようだぞ」


 舞が寝る前の事を考えようとした瞬間にノーフが華麗にカットインを決めてくる。その夢の原因は確実にノーフとホタルの行為によるものだからだ。さすがにそれを舞に知られるわけにはいかなかった。

 そのためノーフの額には油汗が流れているが幸いにもそのことに舞は気づかなかった。


「そうなの?」

「はい、このダンジョンとしては人類と共栄を望むという舞の希望を伝えておきました。あと1階層の広いフロアについて聞かれましたので大豆の畑にするつもりとも伝えてあります」

「そっか。反応はどうだった?」

「半信半疑といった所でしょうか。とりあえず持ち帰ると言うことで帰って行かれましたので後日また誰かが来ると思われます」

「わかった。ありがとうね、ホタル」


 舞がホタルをぎゅっと抱きしめる。ピコピコと動く翼がホタルの喜びを表していた。


「舞が豆腐で良かったです。乙女の尊厳が大変なことになるところでした」


 倒れながら液体を垂れ流す舞を見てそう言い放った、しかも舞がそうなった原因であるはずのホタルが普通に舞に感謝されるのを見てなんだかなーと思うノーフであった。





 侵入者のせいで一時中断になっていたが眷属を増やすためにも畑作りは急務であるためノーフは大豆畑を、舞とホタルは再び通路を作るためにタコを持ち出して地面トントンを再開した。


 トントン、トントン、トントン、トントン。


 2人は集中して作業を行う。舞は魔法の手を使っているので疲れると言うことは無いのだがそれでもやはり手動では効率が悪かった。1時間ずっとそれをし続けて5メートル幅の通路が5メートル出来ただけだ。


 トントン、トントン、トントン、トントン。


「ねえ、ホタル」

「なんですか、舞?」


 トントン、トントン、トントン、トントン。


「これ楽しいけれど、ちょっと終わりが見えないよね」

「そうですね。ノーフの設計では100メートルごとに碁盤目状に通路を作りますから縦横合わせて94本の通路が出来る予定です。今のペースですとおよそ91,800時間で完成します」

「えっ、そんなに!?」


 驚いた舞によってトントンのリズムが崩れる。ホタルが少し残念そうにしながらトントンするのをやめて舞へと向き直った。


「24時間ぶっ続けで行えば10年と少々で完成できます」

「いやさすがにちょっと無理だよ。今は楽しいけれど10年も続けたら絶対に飽きるし」

「そうでしょうか?」


 ホタルが無表情のまま首を傾げる。ホタルにとっては10年程度という感覚なのだが、人間であった舞からしてみれば24時間ずっと同じ作業をし続けて前の人生の半分以上、半日だとすると前の人生よりも長い時間ずっとトントンし続けるというのはもはや苦行以外の何物でもなかった。

 何か他に案は無いかと舞が頭をはたからせ、そして閃いた。


「そうだ、ダンジョンって罠があるよね。それでどうにかできないかな?」

「罠ですか。コアで探してみますか?」

「うん」


 舞がダンジョンコアを取り出し、罠と考えながらそれに触れる。するとダンジョンコアのディスプレイに罠の一覧が表示された。


「うわっ、やっぱり多いね」

「ダンジョンですから」


 舞が画面をスクロールしていくが何度もそれを繰り返してやっと終わりが見えた。数にして優に100は超えている。試しに落とし穴という罠を舞がクリックしてみるが、その落とし穴の中にも細かい項目があり、落ちる深さや落ちた先が剣山だったり毒の沼だったりと選択できるので実際の罠の数はいくつになるのか舞には想像もつかなかった。


「ホタル、お勧めってある?」

「落ちる天井などどうでしょうか? ポイントはギリギリ足りますし範囲が部屋単位ですのでいっぺんに整地できますよ」

「えー、天井は豆腐だから無理じゃない? それにノーフはもう畑を作りはじめちゃってるしそんなことをしたら怒りそうだよ」


 2人であーだこーだ言いながら最適な罠を探していく。舞の残りのポイントはほとんどないので大がかりな罠は選べない。というよりそもそも大がかりな罠は対人殺傷用の意味が強いものが多く今回の目的に合致するものは無いので関係ないのだが。

 しばらく色々と探していた2人にある罠が目に留まった。


「転がる石……か?」

「確かにこれならば2つ買うことが出来ますし重さで整地されて通路が出来るかもしれませんね」


 2人が見つけたのは『転がる石』という罠だ。その名の通り坂道などで巨大な石が背後から転がってきたりする定番の罠であるが、その中の項目で追跡機能をつけることが出来ると知ったのだ。とは言え追跡できるのは本来その通路や部屋の間だけという制約があるのだがワンフロアぶち抜きの1階層であればその制約の意味はない。


「じゃ購入しちゃおう」

「良いのですか?」

「うん、ノーフ1人に畑作りを任せるのも悪いし。早く通路を作って畑で大豆を育てればポイントももらえるはずだから」

「では購入したら私と舞を追跡対象へ設定します。無差別ではノーフを追ってしまう可能性がありますので」

「ありがと、ホタル」


 舞がディスプレイをタッチし『転がる石(追跡)』をポイントで購入する。これで完全に舞のポイントは0になった。これ以上何かしようとするのであれば壁の豆腐をノーフかホタルに食べてもらうしかない。ホタルは喜んで食べそうではあるが。

 ダンジョンコアから魔法陣が飛び舞の目の前の地面へと落ちるとそこに『転がる石(追跡)』が2つ現れた。


「あの……ホタルさん?」

「なんでしょう。追跡設定の途中なのですが」

「いや、これ大きすぎない?」


 舞の目の前に鎮座している転がる石は直径4メートルあろうかという巨大な岩の塊だった。丸いそのボディの中にずーん、という効果音が良く似合う重圧感を兼ね備えている。


「こんなものでは無いでしょうか」

「あのやっぱりやめようかなって……」

「何が言いましたか? あっ、設定が完了したようです」

「えっ?」


 転がる石がゆっくり前後にその巨体を揺り動かし始める。そしてついにその名の通り地面を転がり始めた。舞とホタルを追って。


「舞、頑張りましょう」


 ホタルが空中を飛んでゆうゆうと逃げていく。その様子をしばらく呆然と眺めていた舞だったが自分の足元に伸びている弧を描く影と真後ろに感じるゴゴゴゴッと言う圧倒的な気配に恐る恐る体をひねる。そこには今にも舞を押し潰さんばかりに近づく転がる石があった。


「ひっ!」


 舞が後ずさり、そして一目散に逃げていく。それをピッタリと追うようにゴロゴロと巨石が転がっていく。その距離は舞がどれだけ懸命に走っても離れることはなかった。


「なんで着いてくるのー!」

「『転がる石(追跡)』ですから」

「あっ、ホタル。ちょっとこれ止め……」


 舞の叫びに一瞬交錯したホタルが的確に答える。ホタルに止めてもらおうと思った舞だったがその時には既にホタルは転がる石を引き連れてはるか彼方へと飛んでいってしまっていた。

 そして舞は思い出す。何かに追われるこの状況に既視感があることを。


「まさか、正夢!? 崩し豆腐は嫌ー!!」


 舞がさらに速度を上げる。しかし転がる石もそれに合わせて速度を上げる。豆腐と石の追いかけっこは続いていくのだった。

 しかしそれも永遠には続かない。ダンジョンマスターの豆腐になり体力はほぼ無尽蔵になっている舞だったが集中力まではそうはいかなかった。


 8時間弱逃げ続け集中力を欠いた舞が地面の出っ張りにつまずいて転ぶ。転がる石が自分へと迫ってくるのが舞には妙にゆっくりに見えた。これが死の間際に時間がゆっくりに感じるってことかなと思いつつ舞が目をぎゅっと閉じる。


 来るはずの衝撃はいつまで経ってもやって来なかった。


「何をしてるんだ、お前らは?」


 呆れを多分に含んだその声に舞が恐る恐る目を開ける。そこには転がる石にもたれかかりながら転んだ舞を見下ろしているノーフがいた。

 舞が状況を理解する。潰されそうになった自分をノーフが助けてくれたんだろうと。


「ノーフ、ありが……」

「お疲れ様です、舞。今日は終わりですか?」

「あっ、ホタルも無事だったん……だね?」


 ホタルへと振り返った舞の言葉が途中から疑問符に変わる。転がる石を引き連れてゆっくりと歩いてくるホタルの姿を見たからだ。


「ノーフもお疲れ様です」

「ああ。しかし結局お前らは何をしていたんだ? その石に追いかけられていたようだが」

「手作業で通路を作るのは時間がかかりすぎますので罠を利用できないか試したのです」


 ノーフにホタルが経緯を説明していくが舞には聞こえていなかった。舞の思考はホタルの後ろで待てをする犬のように全く動かない転がる石へと注がれていた。


「あの、ホタル。なんで今その石は動いてないの?」

「追跡ですから私が止まれば止まりますよ」

「えっ?」

「そもそも人を殺すような罠はポイントが高くて今の舞では到底手に入りません」


 舞がその言葉にへなへなと崩れ落ちる。命の危機を感じつつ懸命に走った舞の8時間は何だったのかと自問自答を始めたのだ。そんな舞の姿を2人が生ぬるい目で見守るのだった。

話の切れ目がわかりにくかったので少し長くなりました。

トントンからゴロゴロヘ変わりました。次は何に変わりますかね?

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少しでも気になった方は読んでみてください。
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