第10話:人との遭遇
そんな風に3人が和気あいあいとしたやり取りを繰り広げていると上の方から物音が聞こえ始めた。それに気づいた3人が誰からともなくその物音の響いてくる天井の穴へと目を向ける。音が聞こえなくなり、しばらくして恐る恐ると言った感じで衛生帽をかぶった男性が顔をのぞかせた。
舞の父親の修だ。
そのことに気づいた舞が魔法の手を思いっきりぶんぶんと大きく振った。
「おーい、お……」
舞が声をかけ終わる前に父親は顔を引っ込め物音が遠ざかっていく。振られていた手がゆっくりと止まり舞は背を丸くした。
「行っちゃった」
「まあ仕方がないだろう。ダンジョンを発見したとなれば当然の反応だ」
「うん」
ノーフの慰めの言葉にも舞は落ち込んだままだった。家族に会いたい。それが舞にとっての希望だったのだから仕方のないことである。
しかし一方でノーフは冷静に考えていた。ダンジョンであることはもちろんだが、頭から2本の曲がった角が生えた悪魔とわかるだろう自分と無表情のままぬかから取り出したきゅうりをポリポリと食べている白い翼をもった天使、さらには真四角の白い物体が透明な手にぬか床を持ちそれを振り回していれば近づきたいと思う者の方がどこかおかしいはずだと。
その事実をさすがのノーフも落ち込む舞には伝えることは出来なかった。
しばらく寂しそうに出入り口を見続けていた舞だったが顔をのぞかせるどころか物音さえしなくなってしまったので気持ちを切り替えた。どちらにせよここにダンジョンがある以上そのうちに会うことが出来るだろうと開き直ったのだ。
ノーフは既に畑へと向かってしまっているため今この場にはいない。残されているのは舞ときゅうりを食べ終えたホタルだけだ。
「よしっ、じゃあ私たちも始めよっか」
「そうですね」
2人はその場に置いてあった樽のようなものの先から2本の棒が飛び出した、タコと呼ばれる農機具を手に取る。2人に出来ることと言うことでノーフが置いていったものだ。
このタコはその樽の様な部分が重くなっており、2本の棒で持ち上げて地面にそれを叩きつけることで地面を硬くするという農機具である。舞とホタルの仕事はノーフが書いた畑と畑の間をこのタコを使って道として使用できるようにするというものだった。
2人がそれぞれタコを手に持ち地面をトントンと均していく。
「そういえば均しても元に戻っちゃうんじゃないの?」
先ほどまでの豆腐の壁の戻り具合を思い出しながら舞が疑問を口にする。聞かれたホタルといえば、タコでとんとんと地面を叩くのが面白いのかそれに合わせて羽根をピコピコと動かしていた。
「大丈夫です。現在この1階層は畑のフィールドです。ある程度の深さまではその機能は働きません。そうでなくては大豆も作れませんし畑と呼べませんから」
「確かに」
ホタルの説明に納得しつつ舞も作業に戻る。
トントン、トントン、トントン、トントン。
「なんか単調だけど、楽しいね」
「ええ、なぜでしょうか」
トントン、トントン、トントン、トントン。
「しかしなぜこれはタコというのでしょうか?」
「もっと大きい4本取っ手がある物もあるってノーフが言ってたし、逆さまにすると形が似ているからじゃない?」
トントン、トントン、トントン、トントン。
「……」
「……」
次第に2人は作業に集中し会話さえ交わさなくなった。タコを持ち上げ地面に叩きつける。ただそれだけを繰り返している。リズミカルに響くタコと地面の協奏曲が2人をさらなる高みへと連れ去ろうとしていた。
しかしそれは突然聞こえてきたサイレンの音によって遮られることになった。
「はっ! あれっ、私何してたんだっけ?」
舞が意識を取り戻しキョロキョロと辺りを見回し始めた。いわゆるタコハイからの回帰というやつである。ホタルも少しぼーっとしつつ手の中のタコをじっと見つめていた。
「あなたはどうやら危険な存在の様ですね」
ホタルが手に持ったタコをゆっくりと地面へと置く。トントンしたいという謎の衝動にホタルは首を傾げつつも舞の方へと寄って行った。
「舞、どうしましたか?」
「あっ、うん。パトカーのサイレンが聞こえてきたし、お巡りさんが来るかも。多分お父さんがダンジョンを見つけたって通報したんだと思う」
「そうですか。ではノーフを……来ましたね」
ホタルがノーフの方を見ると既にあと50メートルほどの所まで近づいてきており、こちらに向かって早足で歩いてきていた。その表情は少し強張っている。
「うるさいのが来たようだな。あの音は何だ?」
「パトカーって言う警察官が乗る車の音だね。多分もうすぐここに人が来ると思うけど攻撃しちゃだめだからね」
「俺は姿を見せんつもりだ。自分の姿が人に与える印象は知っているしな。もちろんお前もだめだ。俺と来てもらうぞ」
「えっ? ええー!!」
ノーフは驚いている舞をひょいっと抱えるとそのまますたすたとその場から離れていってしまう。ペタペタと動く舞のことなど全く構いもせずに。そのまま立ち去るかと思われたノーフだったが、歩く速度を落とすと立ち止まりそしてホタルへと振り返った。
「頼んだぞ」
「はい。わかっています」
「えっ、えっ。どういうこと?」
ノーフとホタルの2人の間だけ意味の通じる会話がなされ、頭に?マークを浮かべたままの舞を連れてノーフの姿は見えなくなった。そして1階層のだだっ広い畑の真ん中にホタルだけが取り残される。
「舞のように友好的だと良いのですが。いえ、こちらから友好的な態度を示した方が良いのでしょうか?」
そんなことを呟きながらホタルはじっと出入口を見続けていた。
しばらくして出入口の周囲が騒がしくなりそこから数名のヘルメットとゴーグルをつけた人が顔を覗かせる。そしてホタルと目を合わせるとぎょっとした顔をして戻って行った。
それからしばらくして出入口からロープが垂らされ、視線をホタルへと向けながら全身に防護服をつけた人が降りてきた。その1人を皮切りに6名の同じような人々が入って来るのをホタルはただ見守り続けていた。
6名は周囲を警戒しながらホタルへと近づいてくる。先頭の1人以外、その手には銃が握られていた。
トントン、トントン……