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第1話:豆腐屋の朝は早い

今日は10月2日(投稿日)。豆腐の日ですよ。

 まだ日も昇らない午前5時。トントントントンと足音を響かせながら1人の少女が家の階段を降りてくる。少し眠そうに目をこすりながら昨日の夜に用意しておいた真っ白な服へと着替えると既に電気がつき、機械音の響く部屋へと入っていく。


「お父さん、おはよー」

「うむ」


 衛生帽をかぶり黒いTシャツに白い前掛けのエプロンを着けた40がらみの渋い男性が少女へと短く挨拶を返す。しかしその視線が少女へと向かったのは一瞬ですぐにそれは目の前の機械の中へと入っている物へと戻ってしまった。少女もそんな父親のことは重々承知しているため特に何も言うことなく自分の仕事場へと向かう。


「木綿作っちゃうね」

「頼んだ」


 少女が四角い金属の箱に入った白い弾力のある物体を大きな泡だて器のような道具を使って細かく崩し、木綿布をかけた容器へとすくい入れて行く。容器いっぱいに入ったそれが均等な高さになっていることを確認し、少女はうんうんとうなずくとそこに蓋をしてその上に重しを置いた。重しの重さにより箱の隙間から水分が流れ出ていく。

 少女は何度かその作業を繰り返し3つの容器を完成させると、その場を離れて水分を吸った白い砂のようなものが入った箱へと向かいそれを袋へと詰めていく。

 町の小さな豆腐屋の娘、東風 舞(ひがしかぜ まい)の朝はこうして明けていくのだった。





 東風豆腐店(ひがしかぜとうふてん)の開店時間は早い。と言うのも昔なじみのお客さんが朝の散歩がてらに朝食用の豆腐や油あげなどを買いに来るからだ。それまでに定番の商品については作り終える必要があるため、舞の父は朝の4時には起きて作業を始めているし、1時間ほど遅れてだが舞も手伝っていた。

 母親はすでに亡くなっていて、弟もいるが朝がどうしても弱いため戦力外にされているので手伝えるのは舞だけなのだ。

 朝6時半店のシャッターを開けると舞の見知った顔がそこには並んでいた。


「おはようございます」

「おはよう、舞ちゃん。今日もお手伝い偉いねえ」

「本当、本当。うちの子も見習ってほしいもんだ」

「あんたの子はもう50超えているだろ。孫の話じゃないのかい?」


 2人のおばあさんと1人のおじいさんへ向けて舞が挨拶する。そんな舞を優しく見ながら老人たちが和気あいあいと話を弾ませていた。みな既に70を超えているが毎日開店時間まで並んで待っていてくれている舞の店の常連客だ。


「南のおばあちゃんは木綿と油揚げで山岸のおじいちゃんは絹ごしと厚揚げ、伊藤のおばあちゃんは木綿とおからでいいよね」

「あっ、今日は木綿じゃなくて絹ごしでお願いするわ」

「わかったー」


 舞は元気良く挨拶すると、事前に用意していた袋の1つから木綿豆腐を取り出して絹ごし豆腐を代わりに入れた。この3人が来ることはわかっているし購入する商品もほぼ変わらないので店を開ける前に用意してあるのだ。


「はい、どうぞ」

「じゃあお金ね」

「ありがとう。じゃあまた明日ね」


 注文は少し変わったがいつも通りぴったりの金額を受け取り帰っていく3人に舞が手を振って見送る。3人以外にも朝に来る常連の客はいるのだがそれはもう少し後のことだ。そのことを知っている舞は店を父親へと任せ台所へと朝食の用意に向かった。朝食の準備は舞の仕事である。とは言ってもご飯はタイマーで炊けているので、みそ汁と副菜を準備する程度なのだが。

 舞がエプロンを着けて朝食の準備をしていると階段から足音が響き、中学生くらいの少年が姿を現した。髪の毛が跳ねているがそんなことには気づいていないようで眠そうに頭をふらふら揺らしながら舞へと近づいてきた。


「ねーちゃん、おはよー」

「おはよー。もうすぐご飯出来るから(つかさ)も顔洗っておいでー」

「うーい」


 のろのろと洗面所へと向かう司の姿を見送りながら、ちょっと沸騰しそうになっていたみそ汁の火を慌てて舞は弱めるのだった。


「「いただきます」」


 朝食のテーブルに座っているのは舞と司だけだ。父親の(おさむ)は店番をしているため後で舞と代わってから1人で朝食をとることになっている。

 今日の朝食は白いご飯に豆腐、油揚げとねぎの入った味噌汁、そしておからの煮物である。豆腐屋なので商品の売れ残りなどを使ったこういった朝食が多いのだが2人とも慣れてしまっているので特にどうとも思っていなかった。


「司、食事中はスマホ見ない約束でしょ」

「うん、更新チェックしてるだけだから」


 朝食を食べる傍らスマートフォンを見ていた司へ舞から注意が飛ぶ。司が画面をスワイプさせ一通り確認が終わったのか食事に戻ったのを見て舞も司のスマートフォンの画面から目を離した。こっそりと小さくため息を吐きながら。

 朝食を食べ終え司が中学校へ行く準備をしに部屋へと戻り、舞も店へと行き父親に代わって店番をする。お客さんの相手をしている時は明るいいつもの舞だったが、店に1人きりになると浮かない表情でため息を吐いていた。そしてうーんと悩みだしたり突然ノートに何かを書き出したりとおかしな行動をしていたのだが、幸いにも誰にも気づかれることはなかった。


「じゃ、行ってくる」

「行ってきます」


 時間になったので舞と司が制服を着て家を出ていく。司は中学3年、舞は高校2年であるためしばらく一緒に歩いていたが300メートルほど先の交差点で別れることになった。


「司、歩きスマホは駄目だからね」

「わかってるって。じゃ俺、走っていくから」

「走ってもスマホは駄目だからね!」


 どんどん小さくなっていく司の姿が曲がり角で見えなくなるまで見送り、1つため息を吐くと舞自身も高校へと向かって歩き始めた。その表情は少し浮かない。と言うのも舞は最近司のことで悩んでいるからだ。別に司が非行に走っているとかそういったことではない。

 母親のいない家で舞は司の姉であり母親代わりでもあった。そんな環境で育ったせいか司は舞に良く懐いており何でも話してくれる間柄だったのだ。しかし最近司がスマートフォンを持ちネット小説にはまってしまった。暇があればネット小説を読んでいるのだ。


 舞自身、あまりそういったことに詳しくなかったこともあり、司との会話が激減してしまったことが舞を悩ませた。話を聞いても全くイメージが湧かないので共感できないのだ。そんな舞に司がネット小説について話すはずもなかった。

 そして悩みに悩んだ末、舞は行動を起こした。わからないなら自分もやってみればいいんだと。司の読んでいるネット小説のサイトにユーザー登録をし、その日に童話を書きあげて投稿した。内心ドキドキしていたが運よくポイントをもらえ、ランキングと言うのにも載ることが出来た。


 これで司との会話が増えるかもと喜んだ舞だったが司が読んでいるジャンルはファンタジーであり舞の書いた童話は目にも入っていなかった。そのことに気付いた舞はファンタジーを書き始めたのだが元々そう言ったことに興味がなかったため評価は芳しくなく、ランキングなど夢のまた夢。たまに書かれる感想にはひどいものもあり、書くのをやめてしまおうかと思うほどだった。

 もし司が自分の作品を読んでくれればそれをきっかけに昔みたいに話してくれるようになるかもしれないという希望だけでそれでも書き続けていたのだが成果は上がらない。


「才能無いんだよね」


 とぼとぼと通学路を歩く。舞自身もわかっている。有名なファンタジーの小説を読むと発想力だったり戦闘の臨場感だったりと自分にはない才能をその文章から感じるのだ。それを真似ようとしたこともあったけれど所詮は付け焼刃。応用が利かずボロが出る結果に終わってしまった。と言うより昨日もそのせいでひどい感想をもらっていた。


「やっぱりひどい感想をもらうと落ち込むなぁ。っとと、いけないいけない。豆腐メンタル、豆腐メンタルっと」


 舞が魔法のように豆腐メンタルと言う言葉を繰り返す。感想欄で舞が教えてもらった言葉だ。ひどい感想を受けてショックを受けて落ち込んでしまう人をそう言うらしい。そのことを知ってから舞は落ち込みそうになるとその言葉を唱えるようにしていた。そうすると少し心が楽になるのだ。


「うん、大丈夫。まだ書き始めて3か月なんだし何とかなる、ってえっ!!」


 そう言って空を見上げた舞だったがその次の瞬間弱い地震のような揺れを感じ、そして足元にあったはずの地面の感触が消えうせる。そして浮遊感と共に視界が低くなり、その視界に映るのは景色ではなく土の壁に変わった。数瞬のちに舞はお尻をしたたかに地面へと打ちつけた。声にならない悲鳴を舞があげる。


「痛たたたた。何、ここ?」


 舞が周囲を見回すが舞が立って歩けるほどの高さの土の通路が前後に延びているだけで奥は暗闇になっており何も見えなかった。舞が上を見る。直径2メートル、高さ5メートルほどの穴が開いておりそこから光が差し込んでいた。


「うわぁ、あそこから落ちたんだ。怪我しなくて良かったー。ええっととりあえず……誰かいませんかー!!」


 舞の声に反応したのか上からサラリーマン風の男が穴を覗き込み舞を発見した。そしてスマートフォンを取り出すとどこかへ向かって電話をかけ始める。それを見て舞はほっと胸を撫で下ろした。大変な目に遭ったがとりあえずは助かりそうだと。


「君、逃げろ!」


 ふぅと息を吐いていた舞にいきなり上から覗いて警察と話していた男から声がかかった。その表情は舞ではなくその背後へと向かっていた。舞が振り返る。その目に映ったのは自分の首筋へと迫りくる鋭い鎌とその向こうに見える緑の細い体躯を持った生物の触角と複眼だった。

 ヒュンという音が響き自分の首筋から何か温かいものが吹き出していくのを他人事のように舞は見ていた。声を出したいがそれさえ出来ず赤色に染まっていくその生き物を見ながら舞はどさりと地面に倒れこんだ。


 男が何か叫んでいるが舞には何も聞こえなかった。視界が暗くなっていき思考が出来なくなっていく。あぁ死ぬんだな。舞は自然とそう思った。薄れていく意識の中、司が読んでいるファンタジーのように生まれ変われるのならばまたお父さんと司と一緒にいたいなと舞は願った。そんなこと叶うはずがないとわかっていながらも。





 ダンジョンの発生とそれによる初の死亡者。東風 舞の名はその日のうちに世界中へと広がったのだった。





『ダンジョンによる初の死亡者を確認しました。再構成を開始いたします』

暗い展開は最初だけです。あとはほのぼの? 路線に向かう予定ですのでご安心ください。

本日18時半ごろに第2話投稿予定です。

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海の日記念の別作品です。次のリンクから読もうのページに行くことが出来ます。

「退職記念のメガヨットは異世界の海を今日もたゆたう」
https://ncode.syosetu.com/n4258ew/

少しでも気になった方は読んでみてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誤字報告は受け付けてないみたいなのでここで。 一話の最後辺りの文で、東方 舞になってますよ。
2020/04/15 21:02 退会済み
管理
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