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「明日の夜、犯罪組織『犬小屋』を壊滅させる作戦を実行することになった。それが滞りなく終われば、私と貴女は結婚だそうだ」

「そう、ですか」

 フーラは16歳となり、秀麗な女性へと変貌を遂げていた。伸ばした栗色の髪は肩の半ばまであり、触れれば折れてしまいそうな体は、女性らしい柔らかさを得た。

 対する私も背丈が伸び、体格が随分良くなっていた。険しい顔はさらに険しく、よく「怒っているのか」と聞かれるようになった。


「…何か気になることでもあるのか?」

「いえ。何もありません」

 愁いを隠すのが下手になった。私はそう思った。取り繕えているようで、まるで取り繕えていない。

 何となく、その理由が分かるようだった。ノラ。いなくなった弟のことをフーラは気にしているのだろう。


「そうか」

 だがそれは思っていても口に出してはいけないことだ。私にとっても、フーラにとっても。ノラの名前は一つの禁忌となっていた。

 互いにその存在が大きいにも関わらず、だ。


「では私はもういくよ。明日の準備が色々あるんだ」

「分かりました」

 フーラは小さく頷いた。野良犬。その正体に私もフーラも薄々気づいていたのだ。だから言葉少なになるのだと。気が重いのだろうと。


 そう、思いこんでいた。


   *


「そうか。エクスが討伐隊のリーダーになったのか」

「あぁ。だがまさか君と共に戦うことになるとは思っていなかったな」

「私もさ」

 犯罪組織『犬小屋』の討伐部隊。その集合場所で私は思わぬ人物と会っていた。


 ミーラ・アンメルン。私の婚約者であるフーラ・アンメルンの双子の妹。姉とは違い武技を好んだ彼女は、王族を守る禁軍に所属していた。ならばなぜ禁軍の彼女がここにいるのか。それは彼女の隣にいる人物が理由だ。


「…」

 ほじほじと()()()をほじっている幼い少年。その名前はグランヘルム・ウァンティア・オウルファクト。王国の第一王子だ。そして凡愚と言われる王子でもある。

「くぁ…」

 王子はいかにも退屈とばかりにあくびをした。その様子にミーラは苦笑している。


「すまないな。王子が本物の戦いを見てみたいとの仰せで、この作戦に同行することになった」

「なるほど」

 私は王子に目線を向けた。王子はそれに構う必要はないとばかりに鼻くそをあらぬ方向に飛ばしている。そこに私は違和感を覚えた。まるで何かを偽っているような、鍛えた爪を隠しているような、そんな感覚だ。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。私は王国騎士団騎士団長補佐エクス・ナイツナイツと申します」

「ほぅ」

 寸の間、王子が私を見定めるような目で見た。その視線に私は鳥肌立つ。


「あなたは…」

「グランヘルム・ウァンティア・オウルファクトだ」

 子ども特有のかん高い声で王子は言った。詫びるようにミーラは苦笑する。


「すまないな。幾分気難しい性格で」

 ミーラは気づいていないのか。私はそう直感した。グランヘルム・ウァンティア・オウルファクトは決して凡愚などではない。彼はサギタ師やノラと同じ、いやそれ以上の才を持つ者だ。


「よろしくな」

 そう言って王子は先ほどまで鼻くそをほじっていた手を差し出した。総毛立つ。王子は私を試している。この方は己をさらけ出していい男かどうかを見極めようとしている。

「ちょ…王子」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 鼻くそをほじった手だ。困った様子のミーラをよそに、私は迷うことなく王子の手を握った。その手は子どもらしい柔らかさと、男らしい強さを備えていた。


「さすがはサギタの弟子だな。あいつが絶賛するのもよくわかる。俺のことを一発で見抜いたのはあいつに続いて二人目だ」

 私だけに聞こえるように言って獰猛な笑みを浮かべる。王子は8歳にしてすでに圧倒的な王威を放っていた。私は感動と共に息を飲む。


 これが以降、私が生涯仕えることとなる、グランヘルム・ウァンティア・オウルファクトとの出会いだった。


   *


 『犬小屋』討伐隊はグランヘルム様と彼を守る5人の禁軍兵士。精霊術士が5人に騎士が8人。それに兵士を加えた合計58名だ。討伐隊の隊長は私。王都警備の兵士たちがアジトの場所まで特定してくれてはいるが、責任は重い。


「いやはや、若い騎士が隊長としてと言うから不安でしたが、あなたのような人で安心しましたよ」

 どのようにアジトを攻略するか。その話し合いの最中、兵士たちを取りまとめていた男がそう言った。


「そうなのですか?」

「えぇえぇ。騎士や貴族が俺たちの努力を横からかっさらって、かき乱した挙句に作戦を失敗させるなんてことはざらですから…おっとすみません。あなたも騎士でしたね」

 齢を重ねた兵士が私に対して敬語を使ってくる。成人して間もない私に対してだ。


 騎士と兵士。家柄。指揮系統。あらゆる理由があるにせよ、年上の者から敬語を使われるのはどうにも居心地が悪い。

「構わない。そういう騎士や貴族がいることは承知している」

 騎士と言っても様々だ。私のように武技を極めたくて騎士になった者もいれば、家名に箔をつけたいがためになる者もいる。後者のような者が身勝手な考えで、兵士たちの努力を無為にしてしまうのだろう。


「あなたの意見を聞きたい。どう敵を殲滅する?」

「そうですね」

 私と兵士長の前にはアジトとその周辺の地図がある。『犬小屋』のアジトは大きな工房の廃墟を利用しているようで、大小様々な部屋がある。兵士長はその中の奥の一室を指さした。


「俺が『野良犬』なら、ここを自分の住処にします。この部屋はそれなりの広さがありますし、逃げるにも攻めるにもいい。折角精霊術士もいるんです。ここに敵を集めて一網打尽にするのがいいかと」

 元は倉庫だったのだろう。裏口に近く、出入り口も多い。広さがあるから戦いやすく、しかし障害物も多いから重装備の騎士や兵士は戦いにくい。

 私でもここを住処、ないしアジトの中枢とするだろう。


「今回の任務の最重要対象は『犬小屋』の頭目野良犬だ。とすればやつが逃げられないように、ここに確実にとどめておく必要がある」

 正直な話、『犬小屋』が警戒されているのは野良犬がいるからに他ならない。その他の構成員はチンピラの域を出ず、兵士のみでも無傷で制圧できるほどだ。


「アジトを外から焼き討ちしよう。いくら野良犬といえど炎に焼かれれば無傷では済むまい。逃げ出してきたなら弱ったところを叩く。中に留まるなら」

 私は槍をドンと突き立てて言った。

「私がこの槍で野良犬を倒そう」



「全く容赦のない作戦ですな」

 そして作戦が始まった。内容は簡単に言うと、精霊術士がアジトを焼き討ちし、構成員を中に追い込む。そこに騎士一人を含む精鋭のみを複数出入り口から突入させ、構成員を倒しながら住処と思わしき部屋に追いつめるというものだ。

 私は兵士長たちと共に燃えるアジトに突入した。


「騎士が出す意見とは思えません」

「私は最善策を出しただけさ」

「くく…」

 私の言葉に含み笑いをする者が一人。


「王子。なぜ笑っているのですか?」

 グランヘルム様だ。幼く、まだ足の遅い彼はミーラに背負われて私と同行していた。

「別に?」

 ミーラの問いにグランヘルム様は答えない。王子の考えは理解に及ばないが、私の行動が面白かったのかもしれない。


「ウジム エタナウ」

「あがっ!」

 アジトに突入して数分。目の前に飛び出してきた構成員を水で撃ち抜く。構成員は抵抗することすらできずに絶命する。


「さすがの腕前ですな」

「敵が弱いだけだ」

 兵士長の言葉に短く答える。まともに訓練を受けたことがないチンピラに遅れをとるようなことはない。

 大きな工房と言ってもしょせんは工房。極端に広くはない。すでに何人もの構成員と遭遇しているが、勝負にならない。


「死ぬぇ…」

「ふっ」

 また出てきた構成員を槍で突き殺す。不意打ちのつもりだったのだろうが、気配の殺し方一つをとっても未熟。バレバレだ。


「襲撃がばれているな」

「…そうか?」

 私の呟きにミーラが首を傾げる。

「なぜそう思う」

「敵の練度の低さと行動の速さが釣り合わない。この程度の練度なら不意打ちをする余裕もなく、殺されるだけの烏合の衆になってもおかしくはない」

「確かに、そうだな」


 アジトの外周部を焼き討ちにしたのだ。人は本能的に火を恐れる。突然住処を燃やされて動揺しない人間など滅多にいないのだ。

 動揺しないということは、知っていたということに他ならない。


「…」

 だがそれを含めても脆い。脆すぎる。これが野良犬…ノラの作った組織か?数を揃えることを優先したにしても、あまりに程度が低すぎる。ノラであれば、もっとましな組織を作れたはずだ。


 そもそもノラの目的は何だ?何を為したくてノラは『犬小屋』を作った?2年前、ノラが固有術式を使えたのはなぜだ?2年間、固有術式を使えるようになろうと奮起したからこそ分かる。固有術式は才能があるというだけで使えるようになるものではない。どこかで必ず誰かから薫陶を受けたはずなのだ。

 頭を取り巻く疑問は絶えない。けれど疑問に答えを出す時間は与えられない。


「そろそろ目的の場所に到着します」

 兵士長の言葉。プンと鼻につく臭いを感じた。

「臭うな…」

 グイランヘルム様の呟き。私も小さく頷く。


「臭うとは何がですか?」

「出るぞ」

 ミーラの疑問を流して、私たちは目的の住処へと足を踏み入れた。


   *


 私たちはアジトの表玄関から侵入した。そこは奥の倉庫から最も距離がある。なぜ我々がそこから侵入したかといえば、道が最も広く、討伐隊最強の私の実力を一番発揮できる環境だったからだ。

 それにアジトを突然襲われれば、人は普段使う入り口へ向かうのが常であるということもある。結果として敵は我々に不意打ちに対応できる程度には落ち着いていたが、多少の想定外はつきものだ。


 それに倉庫へ到着する時間にほとんど差はないだろうと思っていた。だがそのわずかな時間の差が致命的だったかもしれない。

 ノラがいるとされていた住処。そこは赤で満ちていた。血、血、血。そこそこ広い倉庫は赤い血で汚れ、床には切り裂かれた兵士や騎士の姿が転がっていた。


「な、なんだこれは…」

 ミーラが声を震わせながら呟いた。グランヘルム様も眉を顰めている。兵士長や他の禁兵に至っては、この異常な状況に腰を抜かしていた。

 到達に遅れた時間は一分にも満たないだろう。けれど、一分もあれば討伐隊の精鋭を殲滅するに十分だったらしい。


 古びた箱や木クズの散乱する倉庫の中央に立ちつくす男が一人。薄汚れたボロ布を目深にかぶり、血で赤く濡れた双剣を持った男。

 荒んだ目。荒んだ雰囲気。腰に大小さまざまな刃物を帯び、整っているはずの相貌を醜悪に歪めている。その姿はまさしく殺戮の現場にふさわしい。


「…ようやくかよ」

「やはりお前か野良犬…いやノラ」

 ボロ布の隙間から鋭い眼光を見せる。ノラは口元を歪ませて嗤う。

 野良犬の正体はノラ。分かり切っていた事実だったが、それが現実のものとなり、私は深い息をはいた。



   ***   ***



「なぜ、どうしてと問うてもいいだろうか」

 2年ぶりに再会したノラを前にして、まず聞きたいことがそれだった。


「あん?」

「なぜ『犬小屋』などという組織を作った。どうしてそれほどまでの力を手に入れることができた」

「あぁ、そういうことか」

 ノラの声はざらついていた。不遜な笑みを浮かべる。


「悪党には悪党なりの理由とコネがあるってことだよ。兄貴には分かんねぇことだろうけどな」

「そうか」

 しっかりした答えは返さない。ノラの目は奥の奥まで澱んでいた。悪しき闇を内包した邪な瞳。


 私はノラと決定的に道を違えたことを自覚した。


「お前…本当にノラなのか?」

 震える声で言うのはミーラだ。彼女は『野良犬』とノラを結び付けてはいなかったらしい。

「そうだよ。…愚鈍でトンマなミーラは下がってな」

 ノラはミーラを罵った。なぜだ。ノラとミーラは不仲ではなかった。なのになぜノラはミーラを嫌った風に言うのだ?


「貴様…」

「死にたくなけりゃぁな」

 ズルリと、ノラから汚泥のような悪意が噴出する。ミーラはその悪意に押されて後退る。


「くわしい事情は分かんねぇが、俺の助けはいるか?」

 グランヘルム様の言葉に私は首を横に振った。

「いえ、不要です。これは私の戦い。王子は後ろで見届けていてください」

「そうかい」


 そんなグランヘルムの態度に禁兵たちは少なからず驚いた様子だった。凡愚と蔑まれるグランヘルム様はノラの悪意を受けても、眉一つ動かさなかった。

「禁兵諸君。お前たちはまだ生きている兵と騎士を回収、治療しろ」

「な…え、は?」

「急げ!」

 普段とは全く雰囲気の異なるグランヘルム様に禁兵たちは驚きを隠せないようすだったが、その声に押されて立ち上がり生きている兵を探しに行く。ノラはそれを止めるでもなく、蔑みを浮かべて見ているだけだ。


「ふぅん。そいつが兄貴の騎士として仕えるべき主ってやつかい?」

「さて、な」

 グランヘルム様が願うのであれば、そうありたいものだが。


「あっそ。まぁいいや。ところで兄貴。俺には一つの夢があるんだ。知ってたか?」

「夢?」

「そう夢だ。ガキの頃から…今もガキだけどな。まぁ昔からの夢って奴。どうしても叶えたい願いがあんだよ」

 ヒュンと剣を振ってノラはついた血のりを落とす。ノラはその剣を私に向けてきた。


「あんたは俺のあこがれだった。あのくそったれな家の中で、あんただけは輝いて見えたんだ」

「…」

「環境が変わっても、成長しても、あんたは心の軸がぶれねぇ。変わらねぇ。すげぇって思ったよ。ずっとかっこいいって思ってた。あんたみたいになりてぇって」

「…」

「だから今日、今。俺はあんたを殺すよ。兄貴を殺して、俺は兄貴を超えるんだ」

「そうか」


 なんだ。私は昔から自分とノラは似ていないと思っていた。だがそれは大きな間違いだった。

 確かに顔の造りは違う。戦いの手段も、歩んだ道も、胸に秘める信念も違う。しかし。

「私もお前も、不器用だな」


 びっくりするくらいに、私もノラも不器用だ。生き方に、不器用だ。槍を振ることでしか生きられない私も、私を追うことでしか生きられないノラも、生き方を曲げられない不器用な男だ。

 これと決めた生き方に執着し、それ以外の道を許せない。折れず、曲がらず、どこまでも突き進む。


 やはり兄弟。根っこの部分で似ているのか。ならば。


「戦わなくては、刃を交えなければ分からないこともある、か」

 私もまた槍を構えた。師サギタからもらった名槍だ。頑丈で使いやすい、折れもしなければ曲がりもしない私とノラにそっくりの槍だ。


「私とお前の道は違えた。だがまだ間に合う」

「…」

「ノラ。私が邪道に堕ちたお前を正道に戻そう。私が折れず、曲がらぬお前を曲げてでも」

「はっ!」

 私の言葉をノラは鼻で笑った。


「そんなことできると思うのかよ。2年前のことを忘れたのか?」

「まさか。あの日のことはよく覚えている。だがお前こそ忘れていないか?あの日から2年だ。それだけの年月があれば人は大きく変わるぞ」

「…あぁ。そうだ。そうだろうなぁ」

 ノラは右手の剣を順手で、左手の剣を逆手に構えた。腰だめではなく棒立ちで、腰の刃物は抜いていない。だが必要とあらば使うのだろう。ノラの構えは今まで見たことのない構えだ。

 対する私は昔と変わらずノラの心臓に穂先を向けた構え。構えこそ同じだが、積んだ修練の量は膨大だ。


「行こうか」

「あぁ。あんたを殺して俺は…」

 遠くでパチパチと炎が燃える音が聞こえた。時間をかければこの場もすぐに火の海に包まれることだろう。

 廃墟の天井は穴が空き、上から夜空が覗いていた。満天の星々と大きな月が私たちを照らし、夜空に向かって二匹の蝶が飛んでいるのが分かった。


 私とノラ。戦いに開始の合図はいらない。だが私が一歩踏み出すのと、ノラが一歩踏み出すのは同時だった。

グランヘルム様は偉大なお方です。…鼻くそほじっておりますが、大層素晴らしいお方です。どれだけ彼が素晴らしいお方かは…シリーズの方から別の短篇に飛んでいただけるとよく分かります。(ひどいダイマ)

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